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離婚するメリットを提示する
しおりを挟む「そうだな。お前は母さんに教えを乞うて高坂家のしきたりを覚えようと一生懸命やってくれたんだよな。骨惜しみせず働くいい嫁だって、あの頃母さんはお前のこと褒めてたんだ」
「……あの、本題に入りたいんだけど、いいかしら」
過去、義母に褒められたことなど一度もないが言いたくなったが、反論するのも面倒なので、彼の話を遮った。
「本題? だからほのかのことは本当にお前の誤解なんだ。大切な人であることには変わりないが、今はただの友達で、誓って浮気なんてしていない。古い友人が困っていると知って放っておけなくて、色々手助けをしていただけなんだ」
「初恋の人で、今でも彼女だけを愛しているなら友人じゃないと思うけど。まあでも浮気かどうかなんてもう関係ないの。私が言いたいのは……」
「それももう過去の話だ。本当にほのかとは純粋な友人で後ろめたいことは何もない。でもお前が本気で怒るのを見て、ようやく俺が間違っていると気づいたんだ。ただの友人と言われても、妻からしたら愛する夫が他の女としょっちゅう会っていたらいい気はしないよな。お前の気持ちを考えず話も聞かずにいて悪かった。これからはもっと夫婦の時間を大切にするつもりだ」
長いセリフを言いきって、満足したような笑みを向けてくる紘一に寒気がする。
まったく見当違いだし、なにより菜緒の話を聞く気もなく用意したであろうセリフを述べられても全く響かない。第一なにより、愛していない。
菜緒の態度が変わった原因が、夫に放っておかれて拗ねているだけだと思っているようだ。だからちょっと態度を改め妻に寄り添う言葉をかけてやれば機嫌が直るとでもおもっているのだろう。見当違いもいいところだ。
圧倒的に話し合いが足りなかったとはいえ、この人は本当に妻である菜緒に興味が欠片もないのだなと分かってしまう。
どこから訂正すべきか考えあぐねたが、なんだかバカバカしくなって結論から言うことにした。
「最初から私たちは夫婦として破綻していたし、あなたも元々不本意な結婚だったのだから、これ以上一緒にいてもこじれるだけでお互い歩み寄れないと思うの。離婚して全部白紙に戻しましょうよ」
離婚の二文字に紘一は目を丸くしている。彼としてはこれ以上ないほど譲歩して下手に出たのだから、これで解決だと思っていたのだろう。予想していた反応でなかったからか、紘一は怒りを滲ませる。
「はあ? どうして離婚なんて話になるんだ! これからはちゃんと夫婦の時間も大切にすると言っているだろう! これ以上何をどうしろと言うんだ! 俺はちゃんと夫としての務めを果たしていたのに、ちょっと女友達を手助けしただけで離婚なんて言い出すなんてどうかしている!」
「彼女のことはこの際どうでもいいの。私があなたと一緒にいるのが苦痛なの。この結婚がどれだけ嫌だったのか知らないけれど、あなたは最初から、私をひどい扱いしていたわよね? 大嫌いって態度でアピールされ続けて、私ももうすっかりあなたが嫌になったの。嫌い合う相手と一緒にい続けたくないの。だから離婚しようって言ってるのよ」
結婚して二年近く。
菜緒は夫婦になろうと努力はしてきた。だが夫のほうはずっと妻に背を向けてその手を振り払い続けたのだから、歩み寄れるはずがない。
それでも思考を停止して諾々と理不尽に従っていたが、望と再会して現状を客観視できるようになった今ではもうこんな男と一生一緒に居続けるなんて絶対無理だ。
「それは……見合いなんだから恋愛結婚のようにいかないのは仕方ないだろ。別にお前を嫌っていたわけじゃないし、俺は夫としてちゃんと務めを果たしていたのに、そんな言い方をされるのは心外だ」
「嫌っていたわけじゃなくても、私のことがどうでもいい存在だったことは確かよね。あなたは私の名前すら憶えていないんじゃない?」
「そ、んなわけないだろう!」
「へえ、そう。でも私の名前は『お前』じゃないんだけど、正しい名前覚えてる?」
「………………なお、だろ。それくらい覚えている」
五秒ほど時間を要して、紘一は妻の名を記憶の奥底から引っ張り出してきたらしい。名前を思い出さなければいけないほど忘れられていたのだと思うとおかしくて、あははと乾いた笑い声を立ててしまった。
すぐに妻の名が出て来なくて、さすがに夫も気まずそうに目を逸らしている。
「これでわかったでしょ? 私たちは夫婦じゃないのよ最初から。書類だけの関係なんだから、さっさと終わりにしましょうよ。あなたもバツイチになれば彼女さんと再婚できるかもしれないわよ」
「いや、だから彼女とは……」
「両親に反対されて別れたって言ってたけど、今度は先に子どもを作ってしまえば、確実に孫が生める証明になって彼女との結婚も受け入れてくれるんじゃないかしら」
「子ども……?」
夫の目がきらりと光った。
昔は家格が違うという理由で彼女との交際を反対されたらしいが、離婚となれば紘一もバツイチになって瑕疵がつく。再婚のハードルは高くなり見合いでは条件を下げる必要が出てくる。
どうしても跡取りが欲しい義両親は子が産める女性であることを絶対条件にするだろうが、何の問題もなくても子ができない場合もあると菜緒が証明してしまっている。
それならば、子どもができたと言えば出来婚の不名誉よりもようやく孫ができる喜びが上回って彼女との結婚も許してくれるだろう。
初恋の彼女との結婚は、紘一がなにより渇望している未来のはず。
離婚するメリットが自分にあると気づかせれば、紘一はきっとそれに飛びつく。
そう考えた結果、話し合いでこの提案をすると決めていた。
「いつまで経っても子どもができない私よりも、出産経験のある彼女さんのほうが確実に子どもを産めるしお義母さんも喜ぶわよ。だからさっさと離婚届けを出してしまいましょう」
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