初恋の泥沼

エイ

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ちゃんとした夫婦に※

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 にこりと微笑みかける。当然良い反応が返ってくると思っていたのに、夫は何故か驚いた顔をして固まっている。

「……お前、もしかして、俺のために……俺の幸せを願って身を引くつもりだったのか?」
「は?」

 返ってきたのは全く予想外の言葉だった。

「そうか……そうだよな。お前、子ができないことをずっと負い目に感じていたんだな。母さんはああいう人だし、早く孫の顔を見せろってプレッシャーがすごかったからな。庇ってやれなくて悪かった」
「え? え……いや、まあプレッシャーはあったけど……別にもう今更だし、それはもうどうでもよくて」

 跡取りとなる子どもは絶対必要なのに、未だに妊娠しない菜緒を義母は事あるごとに責めてきた。実家で罵られていても紘一は無視していたのに、離婚の話になって罪悪感をだされても迷惑でしかない。

 そんな謝罪はどうでもいいから、早く離婚の手続きを進めたい。
 菜緒は離婚届の証人を誰にするかなど具体的な話をしたいのに、紘一のほうが思い出話などを始めてしまって会話がかみ合わない。

「いや、昨日母さんと話をしてお前に対する誤解があったってようやく気付いたんだ。てっきりお前は母さんが俺を監視するためによこした女だと思い込んでいたんだ」
「……はあ? 何を言っているの? スパイ映画でも見たの?」
「いや、だってお前は何もかも母さんの言いなりだったから……夜のことも報告されているかと思ったら、どうしてもお前とする気になれなくて」
「何それ、そんなわけないじゃない。ていうか、月一回しかしないとか親に報告されたかったの?」
「いや、その、そうじゃなく。両親から子どもは絶対作れとプレッシャーをかけられていたから、排卵日にだけはなんとか頑張っていたんだ」
「頑張っていたって……そんなことだったら私だってしたくなかったわよ」
「すまん、お前には嫌な思いをさせた」

 夫はここへきて、ようやく月一回だけのセックスの理由を突然告白してきた。
 母親の言いなりだったからとこちらを責める言い方をするが、むしろ夫が逐一義母に菜緒のことを報告していたはずだ。監視されている気がしていたのはこちらのほうだと言いたい。

「昨日両親と話していて知ったんだが、お前との結婚を決めたのは父のほうで、母さんは反対していたらしいんだ。母さんが俺に執着しすぎるから、子離れさせるために相手を探してきたんだと。全部誤解だと気づいて愕然としたよ」

 菜緒が義母の手先だと思い込んでいたのに、実は違ったと気づいたらしい。初めて殊勝な態度で謝罪の言葉を口にしたが、だからと言ってあれだけの仕打ちを受けたのに夫婦を続けていこうとなるわけがない。

「もういい、だったらセックスしたくなる相手と再婚してよ。そうしたら子どももすぐできるんじゃない?」
「いいや、もっと早く腹を割って打ち明ければよかったんだ。そうすればお前にこんな決断をさせずに済んだのに。お前はもっと打算的で利己的な考えをする奴だと誤解していたんだ。でも自分不利益を被っても俺の幸せを優先してくれるなんて」
「何を言っているの? 私はただこの結婚生活が嫌になったから別れたいだけ。あなただってそうでしょう?」
「ああ、分かっている。もうそんな強がらなくていいんだ。俺が悪かった。お前の気持ちも知らずに……」
「私の気持ち?」

 かみ合わない話をよくよく聞いてみると、どうやら菜緒が『子どもができないことを負い目に感じて』、紘一の幸せを考えて身を引く選択をした……と誤解しているようだった。

 菜緒が夫を愛するがゆえに身を引く健気な妻だと思って感動したのか、菜緒に対する評価が変わったせいか、夫は今まで見たこともないような熱っぽい瞳で菜緒を見つめてくる。

「違うってば。ただ私はあなたにも離婚するメリットがあるって言いたかっただけで……」
「そうだな、いつもお前は夫の俺を立ててくれる女だった。そういうのにどうしてもっと早く気づいてやれなかったんだろうな……」


 なんだか嫌な予感がする……と後退りすると、突然ガバッと抱き着かれた。

「ひっ!」
「ごめんな、お前に辛い決断をさせて悪かった。でも俺だって本当は妻とちゃんとした夫婦になりたかったんだよ」
「っ、だから! 私は……んむっ!」

 反論しかけた菜緒の口を夫がふさぐ。
 キスされた! と驚愕していると、口の中に舌をねじ込まれ、猛烈に嫌悪感が湧き上がる。
 紘一とはほとんどキスをしたことがなかった。結婚式に申し訳程度に口を合わせただけで、月一回のセックス時にも頑なに拒んでいるように見えた。
 潔癖症だからキスは苦手なんだろうと納得していたのに、突然歯の裏まで舐めまわされている。
 ディープキスというものをしたことがなかった菜緒は、夫が狂ってしまったんじゃないかと恐怖し、精一杯腕をつっぱり背中を叩いたりして離そうとするが、元々体格差があるため、抱え込まれてほとんど身動きが取れない。
 口の中を舐めまわされ、ぴちゃぴちゃという水音がやけに耳に響く。

「はあっ……ん、んちゅ……」
「いや、やっ、やめ……っ、んっ」
「はあっ、ベッドへ行こう。俺はもう大丈夫だから、今度こそちゃんとお前を愛してやれる」

 紘一は口を合わせたまま菜緒を持ち上げベッドへと運んで行く。膨らんだ股間をぐりぐりと押し付けてこられて、ぞわっと鳥肌が立つ。

「なんで急に!? 訳がわからない! 今日は排卵日じゃないわよ!」

 ジタバタと抵抗するが、紘一は全く意に介さずキスをしながら菜緒の服を脱がしにかかる。顔や首を舐めまわし、腰を押し付けてくる紘一は発情しきった様子で、今まで見たことない顔をする夫が恐ろしくて、涙で視界がぼやける。

「今まではお前が母さんのコピー品に見えていたから、まともにできなかっただけだ。でも今はちゃんとお前の顔が見えている」
「こ、コピー品って、私はお義母さんの親戚でもないし、最初から似ても似つかなかったでしょ!」
「うん、そうだな。こんなに健気で可愛いのに、どうしてお前が母さんに見えていたんだろう」
「んうっ! ちょっと……! ちゃんと話をして!」

 ジタバタと抵抗すると紘一は顔を歪めて菜緒の両肩をぎゅうっと押さえつけた。

「でもお前も悪いんだぞ。お前は母さんと全く同じ味の料理を出すし、服装も若い頃の母さんと似たような恰好をしていたじゃないか。どんどん似てくるお前を見て、俺がどれだけ気持ち悪く感じていたか、お前は知らないだろ」
「な、何よそれ……」

 料理の味もインテリアの趣味も全部実家の母親と同じというが、それは花嫁修業として義母から高坂家のしきたりとやらを叩き込まれたせいだ。
 紘一が不自由しないように実家と全く同じでなければいけないと言われて、婚約期間に義実家に住み込んでみっちり仕込まれた。
 服装だって紘一の妻として恥ずかしくない装いをするように言われ、義母のお眼鏡に叶ったものを着ていただけなのに理不尽極まりない。
 それよりも、てっきり紘一はマザコンだと思っていたのに実は嫌悪していただなんて想像もしていなかった。

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