初恋の泥沼

エイ

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望の過去

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 無造作に買い物袋を渡して望は台所へ入っていく。
 なにげなく袋の中をのぞくと、痛み止めの飲み薬まで買ってきてある。そして紙袋のなかにはなんと生理用品とデリケートゾーン用の軟膏まで入っていた。
 あの望が、どんな顔をして女性用品を買って来たのかと想像するとおかしくて思わず笑ってしまう。そして同時に涙が込み上げてきた。

「どうしてこんなに……優しいの……」

 こんなに誰かに気遣ってもらったことがあっただろうか。
 夫は菜緒が風邪を引いたって「大丈夫か?」の一言だってくれなかった。顔色が悪くても一度も気づいてくれたことはない。
 実家の両親も基本的に家のことはハウスキーパーに任せきりで、具合が悪くても親に言えないことが多く、いつしか自分でなんとかするのが当たり前になっていた。
 こんな風に、当たり前のように心配されて、気にかけてもらったことなど、今までなかった。
 時々言われる厳しい言葉も、菜緒のためだったと今なら分かる。望はずっと菜緒に優しかった。

「おい、どうした? どっか痛いのか?」

 俯く菜緒の前に、心配そうな表情の望が皿を持って立っていた。

「ううん、違うの。このデリケート用軟膏とかどうやって買って来たのかなって想像すると笑っちゃって。女性用品コーナーで商品探すの、嫌じゃなかった?」
「笑ってんじゃねえ。そんなもん店員に丸投げしたに決まってんだろ。俺は選んでもらったもんを買って来ただけだ」
「店員さんに訊ねるのも結構ハードル高かっただろうなって」
「うるせーよ。もう黙れ。いいから飯にするぞ。なんも食ってないんだろ?」

 そう言って皿に入った雑炊を菜緒の前に差し出してくる。
 
「ありがとう。すごい、美味しそう」
「レトルトだわ。すごくねえ」

 匙を受け取って、有難く雑炊をいただく。
 空腹なんて感じていなかったのに、一口食べるとものすごく美味しくてあっという間に食べきってしまった。
 温かいお茶を渡してくれて、望はコーヒーカップを持って菜緒の前に座った。

「全部食べられたか。口ん中は切れてなかったみたいだな。ったく、なんでこんな腫れるほど殴られてんだよ」
「平手だから殴られたわけじゃないよ。グーだったらもっとひどいことになってただろうし」
「だからって、手加減してもらったとか思うんじゃねーぞ。あのさあ、その体のアザだって、旦那は怪我させた自覚ないっつっても、自分より非力で小さな女を力ずくで押さえたら危ないって分かるはずだ」
「そうなのかなあ。でもあの人、私が痛がっても、気持ちいいと勘違いしてたから本当に怪我させたなんて気づいてないと思うよ。むしろ噛みついた私に対してすごく怒ってそう……」
「なんだその勘違い。AV見過ぎた童貞かよ。ずっと思ってたけどお前の旦那って、女叩きする童貞拗らせた奴みたいなこと言うよな」
「前の彼女さんと別れさせられて、なんか拗らせてるのかもしれないけど、童貞みたいっていうのは私には分からないよ」
「ああ、菜緒もその拗らせ旦那が初めての相手だもんな。彼氏とかいたことあれば、あの旦那のおかしさに最初から気づけたんだろうけどな。無知さ故の敗北だな」
「そりゃあ男性と付き合ったことないけど……なんか言葉にとげがあるなあ」

 望の悪口に軽く笑って聞き流す。
 紘一は以前結婚まで考えた彼女がいたのだから女性経験はあるはずだが、あの人以外に彼女がいた話は聞いたことがなかった。
 結婚するまで実家暮らしで、あの義母に私生活まで全部管理されていたようだから女性と遊ぶ機会がなかったのかもしれない。
 菜緒は恋愛経験もないままお見合い結婚したから、夫の言うことが全て正しいと思い込んでいたし、夫のおかしさを指摘してくれるような友人もいなかった。
 何かがおかしいと思いながらも、実の母からも義母からも妻は夫に従うべきと教え込まれ、諾々と従った結果がこれだ。
 もし、菜緒に彼氏や男性経験があれば、紘一のおかしさにもっと早く気づけただろうか。気づいていれば、こんなことにならなかったのだろうか。
 無知で馬鹿な自分が情けない。

「望くんは……どうなのよ? 彼女とか……その、いたことあるの?」

 そういえば望の女性関係を全然知らないと気づき、ふと訊ねてみた。
 恋人がいるようには見えなかったが、これだけ顔がよくて有能なら女性のほうが放っておかないはずだ。
 
「はあ? 俺? ああ、童貞かどうかって?」
「いや、望くんは女性慣れしてそうだなって。優しいから彼女や奥さんができたらすごく大切にするんだろうね」
「いや、童貞ではないけど、誰かと付き合ったことはないな」
「えっ、それって、体だけの関係の人がいるってこと?」
「そうだな。藤鶴の養子だった頃、義母にヤられてたからな。経験だけは死ぬほどある」
「…………えっ?」

 突然衝撃的な言葉を言われて、一瞬理解が及ばない。
 何も言えず唖然として望の顔を見つめるが、彼は今日の天気の話題でもしたかのように普通の表情をしている。

「小五の頃だったかな。夜中に母親が部屋に入ってきて、俺の上に乗っかってきたんだ。んで、訳も分からないままヤられてさあ。それまで一応母親だと思ってた女が、発情して腰を振りたくる姿はなかなかのホラーだったよ。箍が外れたのか、それからはもうやりたい放題でさあ。薬やおもちゃを使って散々弄ばれたな」

 望の口から出てきたのは、地獄のような過去だった。
 小学五年生から、中学三年まで五年近く、望は藤鶴の家の母から性虐待されていた。全くの初耳で予想もしていなかった事実の告白に、ぶわっと冷や汗が噴き出してくる。
 
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