きみこえ

帝亜有花

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二人の夕飯

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    ほのかは陽太達と別れた後、家の近くで買い物を済ませ、一人暮らしをしているマンションに帰って来た。
    辺りはすっかり暗くなり、夏の頃より大分日が落ちるのが早くなったとほのかは思った。
    ほのかは自分の部屋の前で誰かが立っている事に気が付いた。

「おかえり、ほのかちゃん」

    部屋の前で立っていたのは時雨だった。
    ほのかは両手に持っていたビニール袋をドアノブに引っ掛けるとスケッチブックに【ただいま】と書いた。

「初登校のお祝いにケーキを買ってきたんだ。一緒に食べない?」

    ほのかはケーキと言う言葉を聞き目を輝かせた。
    だが、ほのかはすぐに返事をする事もせず躊躇ためらっていた。

【でも】

「たまには大丈夫だよ。お夕飯は軽い物にすれば・・・・・・だからご飯もどうかな? 一緒に、ね?」

    ほのかはケーキの他に時雨のご飯まで付いてくると聞いて顔を明るくさせ、コクリと頷いた。




    ほのかは夕ご飯が出来るまでの間、時雨の家のリビングで宿題をしながら待っていた。
    時雨の家は丁度ほのかの部屋の隣だった。
    一人暮らしを決めた際にも時雨が保護者役を買って出てくれ、こうして様子を見に来たりしてくれていた。
    リビングで待っている間、時雨の作る料理のいい香りがし、ほのかはどんな料理なのかが気になり落ち着かなかった。
    時雨の様子を見るとピンク色のエプロンを着け鍋をき回していた。
    ほのかは忍び足で時雨の後ろに近づいた。

「ん? どうしたの? もうちょっとで出来るからね」

    ほのかはあっさりと時雨に見つかってしまい、鍋の中はふたがしてあり中をのぞく事は出来なかった。

【なにか手伝う事ある?】

    言葉に困ってそう書いて見せると時雨は「ありがとう、今日はほのかちゃんのお祝いだから座って待ってて」と笑顔で言った。
    ほのかは頷くとまたリビングに戻った。
    時雨の家はとても落ち着いていたが、物が異様に少なかった。
    周りを見渡しても趣味趣向が分かるものが何も無かった。
    今思い返すとほのかは何度も時雨の家に来ていたのに、いつも勉強を教わったり読唇術の訓練をしたりで他の話題をした事が無い事に気が付いた。
    急に時雨が近くに居るのに遠い人の様に感じられ、ほのかはこのままではダメだと思った。
    そして、キリリとした顔で立ち上がるとほのかは忍び足で時雨の部屋へと向かった。
    時雨の部屋を見れば好きな物等が分かるかもしれないと思ったからだった。
    忍び足でと言ってもほのかには自分の足音が聞こえなかったが、最大限ゆっくりと廊下を歩いた。
    人の部屋を勝手に覗くのはいけない事だと分かっていたが、時雨ならきっと許してくれるのではないかと、ほのかは安直に考えていた。
    ほのかはドアノブに手を掛けた。
    だが、扉は開く事が無かった。
    目の前が大きな影で覆われ、自分の背よりも上の方から扉を抑えている手にほのかは気が付いた。
    振り返るとそこに居たのは勿論時雨だった。
    ほのかは怒られるだろうかと身構えた。

「ごめんね、その部屋には入らないで欲しい」

    ほのかには時雨がどんな声でそう言ったのかは分からなかった。
    怒っている調子なのか、呆れた調子なのか・・・・・・。
    だが、時雨の表情から読み取れたのは、怒りでもなく、いつもの笑顔でもなく、悲しそうで、どこか切なそうな顔だった。

【ごめんなさい、もうしないから許して】

    ほのかが泣きそうになりながらそう書いて見せると時雨は手をドアからほのかの頭に移動させ撫でた。

「そんな顔しないで、脅かすつもりはなかったんだけど・・・・・・。さ、ご飯にしよう」




    ほのかはテーブルの上に並べられた料理を見て、先程まで曇っていた顔が一気に晴れ晴れとした顔になった。

「ほのかちゃん、ロールキャベツ好きだったよね」

    ほのかにとって、ロールキャベツはいちご牛乳の次に好きな物だった。

【いただきます】

    黄金色をしたスープに浮かぶロールキャベツを一つ箸で掴み口に運ぶ。
    一口頬張ほおばると口いっぱいにコンソメスープが良くしみた肉汁とキャベツと玉ねぎの甘みが広がった。

【スーパーデリシャス!!】

「はい、ほのかちゃんのスーパーデリシャス頂きました」

    時雨は笑いながらそう言った。
    美味しそうに食事をするほのかを見て作った甲斐かいがあったと時雨は思った。
    ほのかは食事を堪能たんのうしていると時雨と目が合った。

「ほのかちゃん、なんであの部屋に入ろうとしたの?」

    ほのかはロールキャベツですっかり忘れていた事を思い出し、箸の手を止めた。

【言わなきゃダメ?】

「だーめ、勝手に入ろうとした罰だよ」

    時雨はいたずらっぽく笑ってそう言った。

【時雨先生ともっと仲良くなりたくて、もっと知りたいと思ったから】

    ほのかはモジモジしながらゆっくりとスケッチブックにそう書いて見せた。
    ほのかは恥ずかしさでスケッチブックの後ろに顔を隠した。

「ふーん・・・・・・」

    時雨の反応が気になり、ほのかは恐る恐るスケッチブックからチラリと時雨を見ると時雨はいつの間にかほのかの目の前に居た。
    その距離は時雨の吐息が感じ取れそうなほどで、あまりの近さにほのかは驚き、思い切り椅子ごと後ずさった。
   そして勢い余って壁に頭を打ちつけてしまった。

「ああああっ、ほのかちゃん! 大丈夫かい?」

    時雨が慌てて声をかけるとほのかは涙目になり、後頭部をさすりながら頷いた。

「ごめんね、あまりに可愛いからつい・・・・・・。あと、家でなら時雨兄でいいよ。その方が慣れているだろう?」

    時雨はそう言ってにこりと笑ってみせた。
    その笑顔につられてほのかも笑い、スケッチブックにサラサラと書き始めた。

「ん?」

【学校では時雨先生が居て、家の隣には時雨兄が居て、私は幸せだよ】

「ああ、そう言って貰えて嬉しいよ」





    その後、ケーキを食べながらほのかは満足するまで時雨に色々と質問をした。
    なかには上手くはぐらかされてしまい、答えてくれない質問もあったが、時雨の趣味が料理だと分かっただけでもほのかにとっては大きな収穫だった。
    ケーキを食べ終え、夕飯の食器と一緒に洗い物を終えた時雨はリビングに向かった。
    ソファではお腹いっぱいになったせいなのかほのかがうたた寝をしていた。
    時雨はほのかに近づくと、ほのかの頭をそっと撫でた。
   そして、【時雨先生ともっと仲良くなりたくて、もっと知りたいと思ったから】と書かれたスケッチブックを思い出していた。

「あんまり可愛い事言わないで欲しいな・・・・・・。いい先生でいられる自信が無くなっちゃうから・・・・・・」

    時雨はそう言ってほのかの髪を優しくかきあげると頬にキスを落とした。
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