きみこえ

帝亜有花

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声の行方

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「悪いが少し用事がある。二人は先に行っててくれ」

    冬真は陽太とほのかにそう言って教室を出た。
    今日ほのか達は校舎案内も兼ねて部活探しをする予定だった。

「ああ、先にグラウンドから見てみるからーー」

    陽太は冬真の背中にそう声を掛けた。

「じゃあ行こっか」

    そう陽太が言うとほのかは頷いた。




    冬真が向かった先は保健室だった。
    軽くノックし、冬真は扉を開けた。

「失礼します」

「ん? やあ、お世話係の氷室君じゃないか。怪我? それとも病気かい?」

    時雨はいそいそと救急箱を取ったり体温計を用意したりした。

「いえ、違います。月島さんの事で聞きたい事があって」

「うーん、何かな? ほのかちゃんの好きなタイプとかなら教えてあげられないけど」

    茶目っ気タップリに時雨が言うと冬真は少し苛っとしたが、表には出さず、冷静に言った。

「いえ、そんなんじゃありません。ずっと気になってたんですが、月島さんは耳は聞こえなくても声は出せるんじゃないですか? なぜいつも筆談をしているんですか?」

    冬真がそう言うと、時雨の表情はいつもの笑顔から真面目な顔に変わった。

「やはり、君は鋭いね。いつかは聞かれると思っていたけれど、案外早かったね。君の言う通り、ほのかちゃんはちゃんと声は出せるよ。耳が聞こえなくなってからも最初の内は声を出していたからね」

「じゃあ、今はなんで?」

    時雨はデスクのイスに足を組んで腰掛けた。

「まあ、色々あったのもあるんだろうけどね・・・・・・、音の聞こえない世界を想像して欲しい」

「音の無い世界・・・・・・?」

    冬真は言われるまま、そんな世界を想像した。
    今まで聞こえる事が当たり前だと思っていた。
    突如、音を失い、相手が何を言っているのかも分からなければ、グラウンドから生徒が声を上げながら走る音も、吹奏楽部が練習する音も、何も聞こえない。
    そんな世界がほのかの世界なのだと冬真は考えた。
    だが、それは全てではなかった。

「ほのかちゃんにはね、自分の発する声も聞こえないんだ。だからね、ちゃんと間違えずに言葉を話しているのか、どの位の声量で話しているのか、変な声を出していないか、正しい発音なのか、何も分からない」

    そこで冬真はハッとした顔をして時雨を見た。
    冬真は自分の想像が足りていない事に気が付いた。
    ほのかの事はまだ出会ったばかりだが、一日見ていてどんな性格なのかは大体分かってきていた。

「だから・・・・・・」

「うん、段々と自信を無くしていってね。僕の前ではどれだけ言い間違えたって、奇怪な声だって構わないと言ったけれど聞かなくってね。あ、ほのかちゃんはちゃんと可愛い声だから勘違いしないでね」

    時雨が百八十度イスを回すと部活を見学しているほのかと陽太の姿が目に入った。
    楽しそうに笑っているほのかをとても愛おしそうな表情で時雨は見つめていた。

「だからと言ってスケッチブックとは僕も驚いたけどね」

    そう言って時雨は苦笑した。

「でもね、君達には期待しているんだよ。いつか、君達ならほのかちゃんのあの可愛らしい声を引き出してくれるんじゃないかってね」

「なんで俺達が? 先生の方が仲が良いんじゃないですか?」

    昨日の二人の様子からも普通の従兄妹以上に仲睦まじく見えた。

「それはダメだよ。僕だって出来ることならそうしたいさ。でもね、どうしても越えられない壁ってやつがあってね・・・・・・。さ、もういいだろ? これからあそこでコケた野球部の子が保健室に来そうだし」

    冬真は時雨が指さした先を見ると生徒が腕を盛大に擦りむいているのが見えた。

「はい・・・・・・。でも先生・・・・・・いや、なんでもないです。失礼しました」

    そう言って冬真は保健室を後にした。
    冬真は廊下を歩きながら考えた。
    未だに時雨がなぜ自分達にそんなに期待するのかが分からなかった。
    そもそも、社交的で人気者の陽太ならともかく、自分に力になってやれる事があるのか、自信が無かった。
    だけれど――。
    冬真の脳裏にほのかの笑顔がチラついた。

「出来るだけ・・・・・・やれる事をやるだけだな」

    そう一人呟くと冬真は二人の待つグラウンドに向かった。
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