きみこえ

帝亜有花

文字の大きさ
35 / 117

Dust Devil

しおりを挟む
    四時限目の終わりを告げるチャイムの音と共に、教室は授業から解放され一気に騒がしくなった。
    そんな喧騒も、ほのかにとっては無に等しかった。

「今日昼どうする?」

    冬真はいつも通り陽太達の席の前に集まり、食事をする場所についての相談を始めた。

「うーん、そうだなー。購買がおにぎりフェアでいつもより二十円安いって聞いたから、買って適当な所で食べようかな」

「へえ、購買でそんなのやってるのか。じゃあ俺も購買に行ってみようかな」

    購買ではパンの他、おにぎり、サンドイッチ、飲み物等もあり、小さなコンビニ並に種類も色々とあるのでとても人気だった。

「月島さんはどうする?」

    陽太がほのかの方に向き直って言うと、ほのかはスケッチブックに文字を書き出した。

【今日はお弁当持ってきた】

    毎日ではなかったが、ほのかは時雨から夕飯のおかずをお裾分すそわけで貰っていた。
    その余りを今日はお弁当にして持ってきていた。

「そっか、それじゃあ教室で待ってて。すぐ買ってくるからさ」

  陽太がそう言うのを見てほのかはにこりと笑って頷いた。
  その様子を教室のドアからこっそりと覗く者が居たが、存在感の薄さ故、誰一人として気に留めるものは居なかった。
  勿論、その者は常日頃忍びの如く三寒四温を付け回し、隠し撮り写真を取る写真部員の女子、陰山 厘子かげやま りんこに他ならなかった。
    その厘子が行く先はただ一つ、愛華の所だった。
    厘子はまさに忍者の様に愛華の背後に近づくと、先程見聞きした事を耳打ちした。

「ふーん、これは使えそうね。ありがとう。でもあなた、相変わらず気配も無く急に話されるとドキッとするじゃない・・・・・・」

    愛華が後ろを振り向くと、そこには既に厘子の姿は無かった。

「って、もう居ないし!」





    陽太達が購買に辿り着いた時、そこには無数の生徒達が集まり、店に入り切らない程の人だかりが出来ていた。

「あー、これは出遅れたな」

   陽太は目の前の光景に項垂うなだれながら言った。

「この様子だと買って戻るまで時間が掛かりそうだな」

「あ、二人ともー、これからお昼?」

    愛華はさりげなく二人に近づき得意の笑顔を浮かべて言った。

「五十嵐さんもお昼買いに来たの?」

    陽太がそう聞くと愛華は手持ちのビニール袋を見せた。

「あたしは朝コンビニでパン買ってきたから。それよりすごい人混みだねー。この調子だと買って教室戻ったら食べる時間があまり無さそう」

「・・・・・・確かにな。陽太、今日は諦めて食堂にするか? 月島さんも待たせているだろ」

    大盛況な店を前に冬真は溜め息をついた。

「うーん、そうだなあ・・・・・・」

「あ、いい事思いついた! 教室まで戻ってたら時間は無いけど、買った後、隣の食堂で食べれば時間はありそうじゃない? あたしが月島さんを呼んでくるから!」

    そう言って愛華は二人に手を振ってほのかの居る今日に向かって走っていった。

「あー、五十嵐さん行っちゃったな。ああ言ってくれてるし、もう少し並んでみるか。俺の鶏マヨおにぎり残ってるかなーー」

    陽太は楽観的にそう言ったが冬真は何か考え事でもしているのか押し黙っていた。




    ほのかが教室でお弁当も広げずに待っていると、愛華がやって来た。
    何事かと思い、ほのかは愛華の方を見た。

「あ、月島さん、陽太君達からの伝言なんだけどー、購買がめちゃくちゃ混んでてー、間に合いそうにないから先に食べてて欲しいって」

【分かった】

    ほのかはそこまで混んでいる購買に驚きつつもスケッチブックに返事をそう書いた。

「じゃあ、あたしは戻るからまたねー」

    愛華はそう言い残してほのかに手を振った。
    ほのかはお弁当の包みを広げようとして、ふと手を止めた。
    急に、あの独りだという感覚が押し寄せほのかは不安と焦燥を感じた。
    教室の周りは皆殆どご飯を食べ終わりつつある様子で、途中から仲間に入れて貰いたいと言うのが恥ずかしかった。
    自分で友達を作らねばとは思ってはいたが、ほのかにとってはそれが怖かった。
    どう動けば良いのか分からない、こうして一人で居るのも変に見られているんじゃないかと思うと体が勝手に震えた。
    所詮、自分はあの二人が居なければ一人なのだと思い知らされた。
    ほのかはお弁当の入ったバッグを引っつかむと教室を出て一人になれる場所を探した。




    行き着いた場所は屋上だった。
    誰も居ない屋上の隅に腰掛けると、ほのかはお弁当を広げた。
    勘違いをしていた。
    自分は何も変わっていない。
    そう考えていると目にじわりと涙が浮かんだ。




    一方、その屋上の塔屋の上で食事をしていた夏輝はほのかの姿をみつけ、口にくわえていたパンを落とした。

「あれは・・・・・・スケブ女? また幻影・・・・・・なのか?」

    もっと近くで見ようと塔屋から下に飛び降り確認すると、どう見ても本人にしか見えなかった。
    何度も目を擦り、夢でも見ているのかと頬まで抓った。

「夢じゃないよな・・・・・・」

    更に近づくとほのかも夏輝の姿に気がついた。
    ほのかと目が合い、そのハッとした顔に夏輝はそっくりさんでもなく、双子でもなく、幻影でもなく、本人だと確信した。
    二人はただ見詰め合った。
    屋上に熱のこもった風が吹き、あの夏の日の様な太陽が二人を照りつけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...