きみこえ

帝亜有花

文字の大きさ
34 / 117

Summer Phantom

しおりを挟む
    翌日の朝、少女は最後に海にやって来た。
    朝の海は初めて会った日と同じ紺碧の色をしていて、力強く波がうねっていた。

【昨日はありがとう】

「ああ」

【それから、夏休みの間とても楽しかった】

「ああ」

    夏輝は寂しげな表情をして立ちつくし、気の抜けた返事を繰り返していた。
    これから言われる事を夏輝は覚悟していた。
    だけれども、最後に足掻いてみたくなった。
    夏輝は砂浜に落ちた棒切れを手に取ると砂に字を書いた。
    少女の読唇術は段々と上手くなってきていたが、これだけは間違って解釈されたくなかった。

【また来年も会えるか?】

    その問いに少女はうつむいた。
    少女が考えている間の時間、それはとてつもなく長く、永遠にも感じられた。

【分からない】

    悠久の時とも思える程長い時間を使って出した少女の答えはそれだった。

【何で?】

    夏輝はもう一歩少女の言葉に踏み込んだ。
    だが、少女は震える手で砂に字を書こうとして両目から涙が流れた。

「えっ?」

    そして少女は手早く砂浜に文字を残すと後ろを振り返る事なく走り去って行った。

「あっ、お、おい!」

    いくら声を掛けようと、少女には届かない。
    夏輝は砂浜に残された文字を見た。
    そこには【さよなら】とだけ書かれていた。
    夏輝は砂浜に生気が抜けた様に腰を下ろした。
    少女が最後に残した言葉とあの涙の真意が夏輝には分からなかった。
    それは強い拒絶にも思えたし、やはりもう会えないという意味なのかもしれなかった。

「くそっ」

    夏輝は砂に拳を振り下ろした。
    少女の残した文字はやがて波で跡形もなく消えていった。
    まるで少女と過ごしたこの夏の思い出さえ、泡沫うたかたの夢みたいに思えた。





「ふうん、それで夏輝は落ち込んでいるという訳ですね?」

    翠は夏輝の話を最後まで聞くと悪戯心から夏輝の事をいじりたくなった。

「まあ、無理もありませんね。失恋・・ですもんねえ」

「ななな、失恋とかじゃねえし!」

    夏輝は翠の言葉に敏感に反応すると全力で否定した。

「ええ? でもあなた、好きとか言ってませんでした?」

「あれは! 友達としてのだ!」

「へー」

    翠は疑いの眼差しで夏輝を見た。
    翠の顔には『全く信じられない』と書いてあり、夏輝は翠から目を逸らした。

「それで? その子の事、まだ諦めていないのでしょう?」

「べ、別に、それに、あいつとはもう会えるかどうかも分からねぇし・・・・・・」

「・・・・・・はあ?」

    翠はその少女の正体には察しがついていた。
    それもかなり序盤の話でだ。
    夏輝から聞いた少女の容姿、そして耳が聞こえないという特徴と、何よりも肩から下げたスケッチブック! こんな特徴的な人物が世界に二人と居る訳がない。
    夏輝が出会ったという少女、可愛い後輩である月島 ほのかに他ならない。

「だけど最近、俺おかしいみたいなんだ。まだあいつの事、頭の中で考え過ぎてるのか、たまに学校で幻影が見えるんだ」

「幻影?」

「ああ、窓の外見てると体育の授業であいつとそっくりな奴がグラウンド走ってたり、遠くの廊下であいつが歩いてる様な気がしたり・・・・・・。一度や二度じゃないんだ!」

    翠は笑いをこらえるので必死だった。
    元々ポーカーフェイスは得意な方だったが、今回は流石に表情に出さないようにするのが辛いとさえ思えた。

「そ、それで? その少女の名前はなんというのです?」

「え?」

「え?」

    夏輝がこんな簡単な質問を聞き返したので翠は更に聞き返してしまった。

「まさか、知らないとでも言うんじゃないですよね?」

「それが・・・・・・聞きそびれて」

「連絡先とかも?」

「ああ・・・・・・」

「はあ? あれだけ海でイチャコラして、お祭りではキャッキャウフフをしておきながら?」

    翠は笑顔だったが夏輝はその笑顔が怖いと感じた。
    それは夏輝の思い出話に対しての妬みと、心の底からの呆れも含まれていたからだった。

「おい、翠、お前若干キャラ崩れてないか? そんな事言う奴だったか?」

「黙らっしゃい! 好きな子の名前も連絡先も聞いてない大間抜けのくせに!」

「だ、だからそんなんじゃ!」

「はあ、やれやれ、その少女の事、なんて呼んでたんです?」

「えーと、『おい』とか、『お前』とか、あと『スケブ女』とか・・・・・・」

「はあ、本当にあなたという方は・・・・・・。せっかく教えてあげようかと思ったけど・・・・・・。夏輝はその幻影でもずっと追いかけてて下さい」

「な、何だよそれ!」

    翠は夏輝が後ろで何か吠えているのも構わず教室を出た。
    今言わずとも、馬鹿な夏輝でもその幻影が幻影でない事に遅かれ早かれ気が付くだろう。
    それまでは、思い切りからかってやろうと翠は思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...