きみこえ

帝亜有花

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Summer Refrain

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    眼前に広がるは、踏めばサラサラと音がしそうな白い砂浜と地平線の向こうまで続く蒼い海。
    真夏の太陽の光を受け、波間はきらめく。
    こんな美しい海を見れば誰もが夏のバカンスを楽しむ所だが、この海には人が殆ど居なかった。
    そんな海を見ながら通行人が噂話をしていた。

「ねえ、この海、なんでこんなに空いてるの?」

「なんか遊泳禁止なんだって、ほら見てこの看板」

「何これ『遊泳禁止、夏鬼出没注意』?」

「夏になると鬼が出るんだって、赤鬼? 黒鬼だったかな・・・・・・? 兎に角凄い形相をした鬼が海を縄張りにしててマナーの悪い人が居ると殺されるとかなんとか・・・・・・」

「うっそ、超こわーい! こんなとこ居ないで早く行こっ!」

    この海はそんな噂でもちきりになり、夏場になっても穴場となっていた。
    そして、海にはそんな通行人の話も耳に入らず砂浜を走る少女と、空いている事を良い事に海を独占し満喫している男だけが居た。


    海の水面に泡を吹き出し、夏輝はそこから勢い良く顔を出した。

「ぷはっ、はあーー、サイコーに気持ちいいーーー!」

    夏輝は誰も居ない海を一人、サーフィンをして楽しんでいた。
    学校のすぐ近くにも海はあったが、ここの海はいつも空いていてサーフィンの練習にはもってこいだった。
    次の波を待とうとした時、ふと砂浜の方で声が聞こえてきた。
    それは人気ひとけの無いこの海では珍しい事だと思った。

「ねえ、いいじゃん、俺達と遊ぼうよ」

「ここ危ないって聞くからさ、俺達と居た方が安全だって」

    聞き耳を立てるつもりは無かったが、夏輝の地獄耳にはそんな会話が聞こえてきた。
    なんだ、ただのナンパか? そう思い砂浜の方を見てみると、大学生位の二人の男が、高校生か、ひょっとしたら中学生位に見える背の低い少女に迫っているのが見えた。

「ねえ、なんで黙ってんの?」

「聞こえてるー? まあいいや、まずは食事でも行こーよ、奢るしさ」

    男が少女の手を掴み、それに驚いた少女は咄嗟に手を振り払った。

「ちっ、何だよ! 生意気だな。ちょっと可愛いからってさ」

「大人に逆らうとどうなるか、教えないといけないね?」

    男達は少女ににじり寄った。
    少女は首を横に振り、体を震わせ、男達を怯えた目で見た。
    だが、それは男達の狩猟本能を更に掻き立てさせていた。

「あー、胸クソ悪りぃ・・・・・・」

    夏輝はそう呟いた。
    海辺では良くある展開だが、無駄に正義感の強い夏輝にはその無理矢理というのが我慢ならなかった。

「ちっ、ヤんなら人の目に入らない所でヤれってんだ!」

    気が付けば体は勝手に動き、海から飛び出し、全速力で砂を蹴っていた。

「ほら、早くこっちに来いって・・・・・・」

    男が再び少女の手を掴もうとした時、違和感を覚え、その先の言葉を言う事が出来なかった。
    今まで無かった自分の影に、大きな影が覆いかぶさっていたからだった。

「てめぇら・・・・・・そいつ嫌がってんじゃねえかよ」

    夏輝は威嚇のつもりで指をベキボキと音を鳴らした。
    勿論、相手が殴りかかって来ようとも、勝てるだけの自信はあった。
    威嚇だけで済むのならそれに越した事はなかったが、相手から来るなら正当防衛を主張出来るのを夏輝は心得ていた。
    無駄に職質されて培った経験から上手く言い逃れをする方法を常に考えていた。
    面倒事を起こして退学になるのだけは御免だった。
    さあ、相手がどう出るかと鬼の様な形相で睨み付けていると男達は夏輝の期待を裏切らない行動を取った。

「ひっ、ひぃいいいいいーー、出たーーーーー!!」

「なっ、夏鬼だーーー、どうか命だけはーーー!」

    夏輝は男達の目には赤い肌をした鋭い目付きの今にも牙をむきそうな大きな鬼に見えていた。

「おいっ! 誰が鬼だ、こらっ!!」

    実際、夏輝の肌が赤いのは日焼けをしただけで、暫くすると黒くもなり、目付きが悪いのは父親譲りの生まれつきで、筋トレが趣味で体格も良かった。
    こんな風に夏になると迷惑な人間に注意して回っているうちに、海に人はめっきりと減った。
    これが夏鬼の正体だった。

「まったく、失礼な奴らだ。おい、あんた大丈夫か?」

    後ろを振り返るとそこにはふわふわした髪を後ろで一つに縛り、キャップを被り、ノースリーブにミニのキュロットを穿いた少女が砂浜にへたり込んでいた。

「おい、本当に大丈夫か? 何かされてないか?」

    声が聞こえてるのかも良く分からなかったが、少女の顔を覗き込むと夏輝はドキリとした。
    震えていて今にも泣きそうな顔をしていた。
    幼さの残る顔だったが、軟派な男どもが放っておかないのも妙に納得のいく顔立ちだった。
    その少女に、夏輝は魅入っていた。
    少女はパクパクと何か言いたげに口を開いたが、すっくと立ち上がると一目散に海から走り去ってしまった。
    夏輝はそんなパターンには慣れっ子だった。
    今まで似た様な事はあったが、皆例外無く逃げ出してしまった。
    だけれど今日はその胸に、何かトゲでも刺さったかの様な痛みを感じた。

「なんだよ・・・・・・、くそっ」
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