きみこえ

帝亜有花

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X'mas if 中編 聖夜の祝福を求めて

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「月島さん、この先を歩いてみて」

    冬真に言われほのかは頷いて通りを歩いた。
    暫く歩いていると急に場面が反転したかの様な違和感があり、気がつくと冬真の正面に戻って来てしまっていた。

「やっぱり月島さんも駄目か。せめて月島さんだけでも帰れればと思ったけど」

    通りの通行人は冬真とほのか以外は平然と歩き進む事が出来ていた。

【なんだかフシギ! 面白い!】

    ほのかは境い目となる場所で行き来をして遊んでいた。
    冬真はその様子を見て、周りにはその場でくるくると回っているだけに見えるという事が分かった。

「取り敢えず、何とかする方法を考えないと・・・・・・」

【あの男の人が祝福を探せって言ってた】

「祝福・・・・・・か。祝福ってなんなんだろうな?」

    あの男の言葉を真に受けるのはしゃくだったが、現状を打破する手がかりは今の所これしかなかった。
    今までろくなクリスマスを過ごした事のない冬真は祝福がどんな物なのかさっぱり見当がつかないでいた。

【プレゼントとか?】

    ほのかはシンプルに、クリスマスと言えばプレゼントだと考えた。

「プレゼントか・・・・・・、通りに転がってるとも思えないが・・・・・・」

【いい所がある】

    ほのかは自信ありげな顔で言うと足早に歩き出した。
    冬真は取り敢えずほのかの後をついていくことにした。



「こ、これは・・・・・・」

    冬真は目の前の光景に息を飲んだ。
    辿り着いたのは町で一番大きなショッピングモールの中にあるおもちゃ屋さんだった。
    その店のレイアウトはなかなか凝っていて、大きなツリーを中心にプレゼントの箱が敷き詰められ、その周りを様々なおもちゃの山積みが囲み、そこだけまるでファンタジーの世界にでも迷い込んだかの様な演出がされていた。
    その店の雰囲気にほのかは目を輝かせて棚に置かれたおもちゃをあちこちと眺めていた。

「まるで子供だな」

    そんな様子のほのかを見て冬真はクスリと笑った。

【欲しい物はあった?】

「いや、子供の頃ならこういったミニカーとか、飛行機とかヒーローの人形とかに憧れたけど・・・・・・、この歳にもなると欲しいとは思わないものだな」

    冬真は展示されていたミニカーをレールに乗せた。
    ミニカーは冬真の手を離れ真っ直ぐに走っていった。
    冬真の横顔は幼少期の情景でも思い出しているのか、どこか寂しげで瞳には憂いの色を帯びていた。

【じゃあ今はどんなのが欲しいの?】

「そうだな・・・・・・実用的な物とかかな」

【じゃあノート一年分とか】

「それはトラウマだからやめてくれ」

    まるで、さっきの男との会話を聞いていたかのような言葉に冬真は顔を青くさせた。



    二人はおもちゃ屋を出た後、町のマップの境界線に行き、外に出られるか試してみたが何も変わらずだった。
    二人はショッピングモールに戻ると、祝福を探すという名目でショッピングモール内の色んな店を見て回り、その後休憩がてら映画を見る事にした。
    選んだ映画はファミリー向けのクリスマス映画だった。
    ほのか曰く【祝福についてのヒントがあるかも】との事だった。
    勿論、ほのかは耳が聞こえない為字幕版を選択した。
    内容は簡単に言うと、悪党がサンタクロースのおもちゃ工場を乗っ取ろうと企てているのを家出中の勇敢な子供達が戦い、皆のクリスマスを守るというようなありがちな内容だった。
    冬真は内容はともかく、英語の勉強になるなと思いながら見ていた。
    ふと、冬真が隣りのほのかの様子を見ると必死に字幕を追いかけながら食い入る様に映画に見入っていた。
    笑えるところで笑顔になり、泣けるところで涙ぐむというコロコロと変わる表情を観察して楽しんでいると冬真はほのかと目が合い、暫し見詰め合う形になった。
    ほのかは見られている事に恥ずかしさを感じ、スケッチブックに何かを書こうとしたが、暗闇で文字を書いても見えないかもしれない為躊躇ちゅうちょし、手を宙で彷徨さまよわせながら顔を赤くさせて困り顔をしていると、冬真がにやりと笑いながら口をパクパクとさせているのに気が付いた。

『百面相してるの、可愛い』

    冬真は映画館で声を出す事なくほのかにだけ分かるようにそう口を動かした。
    すると、ほのかは更に自分の顔が熱くなるのを感じすぐに視線を映画のスクリーンに戻した。
    そんな様子のほのかを見て冬真は喉を鳴らすようにして笑った。
    からかわれた、ほのかはそう気付き、ドキドキしてしまったのを悔しく思った。



    映画館の後、ゲームセンター、ボーリング場、水族館と色んな所をまわった。
    各場所に行った後にはその都度境界線越えに挑戦したが、全て失敗に終わった。

「というか、なんかもうただ遊んでるだけだな俺達。水族館とかボーリング場なんかに祝福があるとは思えないな」

【!!】

    ほのかはチキンを食べようとした手を止めスケッチブックに大きくそんな記号を書いた。
    ほのかは楽しくてつい本来の目的を忘れていた。
    二人は今ファーストフード店、ワックワクバーガーに来ていた。
    夕飯好きな物を奢ると冬真が提案したのだが、ほのかが選んだのがここだった。
「もっと高い所でも大丈夫だけど?」と冬真が言うとほのかは【こういう所、誰かと来てみたかった】と嬉しそうにしていたので、冬真はまあいいかと思った。

「このまま、ずっとこの町から帰れなかったらどうする?」

    ふと、冬真はそんな質問をしてみた。
    外はすでに暗くなり、本来ならばそろそろ家に帰るべき時間だった。
    ほのかは少し考えると【それは困るけど、一人じゃないなら平気】と書いた。

「ずっと一緒に居るのが俺でも良いのか?」

    冬真はほのかの目をじっと見て言った。
    ほのかはそんな視線の矢に射抜かれたかの様に動けなくなった。
    その眼鏡の奥の真っ直ぐな瞳に、ほのかはまた顔が熱くなるのを感じ、たまらなくなって顔の下半分をスケッチブックで隠した。

「ふっ、冗談だ」

    冬真が伏し目がちにそう言うと、ほのかは勢いよく席を立った。

【大丈夫! 必ずこの町から出る方法をいっしょに見つけよう!】

    ほのかは笑って冬真に手を差し伸べた。
    転校したての時はいつもどこかオドオドしていたほのかが、今はどこか頼もしく見え、冬真はその笑顔が少しばかり眩しく思えた。
    それはクリスマスという特別な日がそうさせているのかもしれない、そう思いつつ冬真はほのかの手を取った。
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