きみこえ

帝亜有花

文字の大きさ
74 / 117

お正月 if モー烈大パニック!?

しおりを挟む
    元旦の日、ほのかと陽太と冬真の三人は神社に初詣に来ていた。
    時間は午後だというのにまだかなり混み合っていたが、なんとか参拝をする事は出来た。
    その帰り際、ほのかはじっと御守り等が売られている社務所を見詰めていた。

「月島さん、何か気になるものでもあるの?」

    声を掛けたのは陽太だった。
    ほのかは木で出来た八角柱の筒を指さし【おみくじを引きたい】と書いてみせた。
    お正月、神社に来たら毎回おみくじを引くのをほのかは楽しみにしていた。

「おみくじか、女子はそういうの好きだよな」

    非科学的な物を信用していない冬真は興味無さそうにそう言った。

「いいじゃん、面白そうだから皆で引こう!」

    三人とも運試しにと三百円ずつ社務所の人に支払い、おみくじを引いた。

「お! 俺大吉だ!」

    くじの紙を受け取った陽太は満面の笑顔で嬉しそうに言った。

「ふん、大吉なんて誰でも出るだろう」

    冬真は大吉のくじを見せながら言った。

「周りを見れば大吉が出た人多そうだし、ここは元々大吉が多いんじゃないか?」

    ほのか達と同様にくじを引いた人は皆大吉を引き喜んでいる様子だった。

「言われてみればそうだな。月島さんはどうだった?
やっぱり大吉?」

    陽太がそう尋ねるとほのかは青い顔で震えだした。

「え、なんかこの世の終わりみたいな顔してるけど、まさか・・・・・・」

【超絶大凶だった】

    今にも泣きそうになりながらほのかはスケッチブックにそう書いた。

「超絶大凶? そんなふざけた大凶があるのか?」

    訝しげに冬真がそう言うとほのかは引いたくじを冬真に差し出した。

「超絶大凶・・・・・・」

    そこにはほのかの言う通り、確かにそう文字が刻まれていた。
    興味本位から陽太もそのくじを覗き込んだ。

「げ! 本当に超絶って書いてある! そんなのあるんだなー」

    陽太は呑気に笑っていたがほのかは全く笑えない心境だった。
    普通の大凶ですら不吉なのにそれを超越する『超絶大凶』がどれだけ不吉なのかほのかには想像出来なかった。

「内容はどう書いてあるんだ?」

    陽太がそう聞くと冬真はそのくじを読み上げた。

「今年の大切なものが消える」

「大切なもの? 今年の? っていうかそれだけ?」

「ああ。普通は商売がどうとか、学問がどうとか書いてある筈なんだがな・・・・・・」

    ほのかは陽太達の引いたくじと自分の引いたくじを見比べた。
    確かに明らかに手抜きと言っていい程書いてある内容に差があった。

「まあ、所詮は占いだろ、深く気にしない事だ」

    冬真はそう言ってほのかにくじを返した。
    ほのかは自分のくじに違和感を覚えながらも冬真の言葉に頷きくじをしまった。
    きっと何も起きない。
    そう願ったが異変が起き始めたのは神社を出てからだった。



    三人が道を歩いていると自販機で大量に飲み物を買っている夏輝と遭遇した。

「ちっ! なんだよこれ! これもかよ、一体どうなってるんだ・・・・・・」

    ほのかは飲み物を抱えながら自販機を悔しそうに叩き、項垂れる夏輝の背を指で突いた。

「おわっ、なんだお前か」

【どうしたんですか?】

「おお、見てくれよこれ!」

    夏輝は飲み物の山から一本を取り出しをほのかに差し出した。
    それはいつも夏輝が良く買っている『オ・レのカフェ・オ・レ 俺のスペシャル!!』だったが、商品名が『ただのコーヒー』になっていた。

「それ、飲んでみろよ」

    ほのかは夏輝に言われるまま飲んでみると明らかに味がいつもと違い、コーヒーに砂糖は入っていたがいつもの濃いミルク感が全くなくなっていた。

【いつもと違う!】

「だろ! お前もそう思うだろ? しかもこれ、オーレくんが居ないんだぜ!」

    悲哀に満ちた顔で言う夏輝の『オーレくん』とはこのカフェ・オ・レのシリーズに必ず描かれている闘牛士の衣装やらフラメンコ衣装やらを着た牛のマスコットキャラクターだった。

【本当だ!】

    ほのかはまさかと思い、そのカフェ・オ・レのいつも隣に当然の様に売っているイチゴ・オ・レを買ってみた。
    ストローで一口飲んでみると、商品名『ただのイチゴ』と書かれた通りいつものミルクの味がせずほのかは絶望した。

【いつものやつじゃない・・・・・・】

「えーと、二人とも自販機の商品切り替えなんて良くある事だし、他の所には売ってるんじゃないかな」

「なるほど!」

【なるほど!】

    陽太の言葉に二人は納得し、落ち着きを取り戻した。

「・・・・・・自販機のコーヒーがブラックばかりなのは気のせい・・・・・・か?」

    冬真は一人そう呟いたが、ほのか達はそれに気がつく事もなくその場を後にした。




    夏輝を含めた四人が暫く歩いていると、今度はスーパーから出て来た時雨と出会った。
    その時雨の様子と言えば、溜息をつき、どこか疲れた様子だった。

【時雨兄、どうかしたの?】

「ああ、ほのかちゃん。それが変なんだ。夕飯の支度をしていたら冷蔵庫の中の牛肉や牛乳やバター、チーズなんかが消えててね、スーパーに買いに来たらどれも売り切れで・・・・・・、コンビニとかも含めてかなり探したんだけどなぁ」

【それは残念】

「その他いつも売っているクッキーやパンとか色んな物が無くなってたかな」

「へー、そんな事ってあるんだなー。誰か買いだめでもしたのかな?」

「牛肉に乳製品・・・・・・」

    ほのかと陽太は能天気な感想を漏らしていたが、冬真はさっきから何かが引っかかっていた。
    そして、それはある物を探した時に確信に近づいた。

「おい、俺の財布が消えたんだが・・・・・・」

    服のポケットも、鞄の中も隅なく探したがどこにも見つからなかった。

「えー! 冬真、人混みの中でスリにあったとか落としたとかじゃないのか?」

「だったらまだ説明がつくんだが・・・・・・これ」

    冬真が見せたのは小銭やお札、カード類、財布の中身そのものだった。

「さっきからおかしくないか? 牛肉や乳製品、そして俺の財布は牛革製、あまり考えたくはなかったが・・・・・・何かの異変が起きているのかもしれない」

    そこでほのかはひらめいた。

【世間から牛が消えているとか?】

「あははは、まさか! あー、でもそれが本当だったらヤバいな・・・・・・って、あ、あれ!」

    能天気な事を言っていた陽太はある店の看板を指さした。
    それはいつも陽太が利用していた牛丼屋のチェーン店『牛屋』だったが、『豚屋』に変わっていた。

「昨日まではちゃんと牛丼屋だったのに・・・・・・一日で豚丼屋に変わるとか流石にないよな・・・・・・」

「ああ、段々頭が痛くなってきた・・・・・・もうこの話はやめよう。悪い夢か何かだろう」

    非科学的な事から目を逸らしたくなった冬真は頭を掻きながらそう言った。
    だが、その異変は段々と世界を蝕んでいっていた。
    それが現実だと思い知らされたのは一行が翠と本屋の店先で出会った時だった。
    その翠は必死に本を捲り、顔はどこか焦りの色があった。

「あれ、先輩どうしたんですか?」

「ああ、皆さん。実は・・・・・・お恥ずかしい事に書き初めをしようとしたのですが、今年の干支の漢字をど忘れしてしまいまして。家のどの辞書にも載っていなくて、こうして本屋にまで来て調べようと思ったのですがやはりどこにも書かれていないのですよ」

「翠、お前馬鹿だなぁ、俺にだって漢字くらい書けるぜ、おい、スケブ女、スケブ貸せよ」

    ほのかからスケッチブックとペンを借りると夏輝は意気揚々と文字を書こうとした。
    だが、その白い紙のど真ん中に黒い点を書いた後、夏輝は手を震わせ、そこから先一ミリもペンを動かす事が出来なかった。

「な、なんだこれ、どういう事だよ・・・・・・字が思い出せない」

「そんな・・・・・・他の皆さんもどうですか?」

    それからその場に居る全員がスケッチブックに字を書こうとしたが『丑』はおろか『牛』の字まで書く事が出来なかった。

「皆さんまで書けなくなるとは・・・・・・、どうしていきなり」

「それだけじゃなく町から乳製品や牛肉なんかも消えてるからねえ、このままだと、牛という概念そのものまで消えそうだね」

    時雨はいつになく真面目な顔でそう言った。
    ほのかはこのまま牛が消えたらどうなるかを考えた。
    もしそうなら、ある国では闘牛士が失業し、牛のキャラクターも消え、星座では牡牛座という名前が消え、そして牛乳を使ったお菓子も飲み物もなくなり、勿論牛肉料理もなくなる。

【〇がなくなるなんて嫌、元に戻したい!】

    ほのかは牛の漢字が書けず、伏字になってしまった。
    それでもほのかは段々と牛そのものを忘れていきそうになるのを必死に堪えた。
    全ての人が忘れてしまって、自分まで忘れてしまったら、このまま元に戻したいという気持ちすら消えてしまう、そう感じた。

「なあ冬真、こうなったのって神社を出てからじゃないか?」

「ああ、それは俺も考えていた」

「神社・・・・・・もしかしたらおみくじを引かれましたか?」

    翠の言葉にほのかはハッとした。

【もしかして、これ?】

    ほのかはポケットにしまっていたあの『超絶大凶』のくじを見せた。

「ああ、やはりですか。まずはその神社に戻りましょう。話はそれからです」



    ほのか達は神社に戻ってきた。

「この神社、たまに物凄く当たるおみくじが出るんです。五千枚に一枚くらいしか混ぜてないみたいですけれど。ただ、作ってる人が変わり者で内容もかなりふざけたものが多くて・・・・・・」

「ええっ、そんな事あるんですか!?」

「考えたくはないが、今はその可能性を考えるしかない様だな。それで、どうしたらいいんですか?」

「はい、境内にある御神木におみくじを結べば大丈夫な筈です」

【分かりました】

    ほのかは早速背伸びをし、世界が元に戻る事を祈りながら枝におみくじを結んだ。
    すると、少しずつ、自分の中に牛の概念が戻ってきたように感じた。
    ほのかはスケッチブックに文字を書くと【牛】とちゃんと書く事が出来るようになった。

「おおっ! 元に戻った!」

「はい、私も干支の漢字を思い出す事が出来ました」

    陽太や翠達が喜んでいるのをよそに、ほのかはもう一度おみくじを引き直そうと考えた。

「あれ、月島さんは?」

「あいつならおみくじ引こうとしてるみたいだぞ?」

    夏輝は社務所に居るほのかを指さした。

「なんか俺、嫌な予感がするんだけど・・・・・・」

    陽太はそう思いながらほのかの傍に近づくと、ほのかはすでにくじを引いた後だった。

「月島さん、くじどうだった?」

    ほのかはワクワクした様子で顔でくじを開いて見せた。
    すると、そこには『ミラクル大吉』と書かれており、そこにはたった一言だけ書いてあった。
    そこには『都合の悪い事は全てのなかった事に』と書いてあり、それを読んだ瞬間、世界はグニャリと歪んだ。
    気持ちが悪いくらいに視界がグルグルとかき混ぜられて渦を描き、最終的に全てが黒に収束していったと思った時、ほのかは瞳を開いた。
    気が付くと、そこには夏輝も翠も時雨も居らず、陽太と冬真の三人で神社に参拝している所だった。
    今まで長い奇妙な夢を見ていた気もしたが、内容がどうしても思い出せなかった。
    そして、ふとおみくじを売っている社務所が目に入った。

「月島さん、何か気になるものでもあるの?」

    声を掛けたのは陽太だった。
    お正月、初詣に来たらおみくじを引くのがほのかの楽しみだった。
    だが、ほのかはふるふると横に首を振った。

【今年はモー大丈夫!】

    おみくじを引かなくても、今年はとっても良い一年になりそうだとほのかは思った。
    何故なら、今という時がこんなにも楽しくて嬉しくて、輝いて見えるからだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...