悪夢買います! 〜夢見の巫女〜

帝亜有花

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歯車

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 エルリィスは鳥の鳴き声で目が覚めた。ああ、また今日が始まるんだ・・・・・・と、ぼんやり考えた。だが、すぐに自分に起きた異常事態に気が付いた。
「夢? 夢、夢・・・・・・駄目、何も思い出せない。違う、何も夢を見なかった?」
 つい先日も同じ事があったのをエルリィスは思い出した。
 すぐに兵士が牢屋に来る時間になる。エルリィスはまた気絶してみようかと考えたが、オルディンには同じ手は通用しないだろうと、その考えを打ち消した。
「どうしよう、考えなきゃ、考えなきゃ・・・・・・」
 エルリィスは自分が取るべき行動を必死に頭を高速回転させ考えた。
「時間だ、外に出ろ」
 思いもしない突然の声にエルリィスは心臓が止まるかと思う程驚いた。何故ならいつもならする兵士の足音が一切聞こえなかったからだ。
 しかし、すぐに足音がしなかった事や、声も変えているつもりでも、どこか聞き覚えのある声だった事から、こんな芸当が出来るのはたった一人しかいないと気が付いた。
「まさか・・・・・・、アルフなの?」
    エルリィスは声の聞こえる鉄格子の方へ近づいた。
「ふん、他の兵共を騙せてもお前にだけはすぐバレるようだな」
 アルフはまた兵士から服を奪い、前回とはまた違う人物に見えるよう変装したつもりだったが、あっさりエルリィスに分かってしまい少し悔しく思った。
「どうして? もう、ここには来ないと思ったのに」
 昨日の夜アルフにああ言われた事をエルリィスは気にしていた。そして、もう会えないと思っていただけに、また声を聞けただけでも嬉しく思った。
「俺はここには別件の仕事で来ただけだ。お前を助けに来た訳では無い」
「そう・・・・・・、でも、助けてもらうまでもなく、私は今日殺されてもおかしくないみたい」
 エルリィスは何も解決策を思いつかず、涙を堪えながらアルフにそう言った。
「何があった?」
「今日、夢を見る事が出来なかった。オルディンに今日起こる事を伝えられなければ私の信用は落ちてきっと殺されるわ」
「天啓の力が使えなかったと言うのか?」
「分からない・・・・・・。最近変なの。前にも同じ事があって、その時は咄嗟とっさに気絶して切り抜けたけれど、同じ方法はもう使えない」
「天啓の力が失われるとは考えられないが、今はこの状況を打開するのが優先のようだな」
 アルフは顎に触れ、考える素振りをすると、何か思い付いたのかにやりと笑ってエルリィスに言った。
「死にたくなければ俺の言う通りに行動し、今から言う事を一言一句漏らさず覚えろ」

 いつもの様に、エルリィスは身支度を整え終わるとオルディンの居る謁見の間へと通された。
 オルディンを前にして、姿は見えずとも、その存在感と威圧感は体が震える程強く感じた。
 エルリィスがオルディンの前に立つと唐突にエルリィスは脇腹から殴られた。
「かはっ」
 オルディンの力強い拳にエルリィスは横に吹っ飛ばされ、床に転がると痛みに悶え苦しんだ。
「夢見の巫女よ、三分の遅刻だ」
「も、申し訳ありません・・・・・・」
 エルリィスはアルフと話していた為、いつもより部屋に着くのが遅くなってしまっていた。それでも、なるべく早く身支度をしたつもりだったが間に合わせる事が出来なかった。
 そして、アルフは部屋の隅で他の兵士に紛れ、その光景を顔色一つ変えずに見ていた。内心でははらわたが煮えくりかえる様に怒りを覚えていた。今すぐにオルディンに殴り掛かりたかった。そして、時間に遅れた責任が自分にある事を悔やんでもいた。アルフは今自分の内にある衝動を抑え込む様に歯を食いしばった。
「一度あれで許したら気でも緩んだのか? まあ良い、時間が惜しい。夢見の巫女よ、見た夢を話すがいい」
 エルリィスはなんとか体を起こし、オルディンの前に平伏した。必死に平常心を保つ様、心に言い聞かせたが、指先は冷たく、体は小刻みに震えた。このままではオルディンに勘づかれてしまうと思ったエルリィスは拳に力を入れ、掌に爪を立てて普段通りを装った。
 エルリィスの話す事は時に天災についてや、経済の動向、他国の動き等も含むが、今日は勝手が違う。一呼吸置いて、エルリィスはアルフに言われた事を一言一句たがわず話し始めた。
「陛下、単刀直入に申し上げます。今日、午後の乗馬の時間、矢に撃たれて陛下は命を落とされます」
 それを聞いたオルディンは目を見開き、口元を醜く歪めた。
「ほう、またどこぞの命知らずが儂の命を狙おうと言うのか。ククク、実に面白い、詳しく話せ」
「その矢は南西の方角よりから放たれます。矢には毒が仕込まれていました」
「毒矢か、 儂を狙ったのはどんな奴だ?」
「それは・・・・・・」
 エルリィスは言い淀んだ。このままアルフに言われた通り伝えてしまって大丈夫なのかが不安だった。だが、エルリィスはアルフを信じる事にした。
「その者はあの舞踏会の夜、陛下のお命を狙った男に間違いありません」
 そう言った途端、オルディンは目に焔を宿したかのように目付きが変わり、笑いだした。
「クハハハハッ、これは傑作だ。またあの小僧が性懲りも無く儂を殺そうとしておるとはな。今度こそ返り討ちにしてやるわ! 儂の全兵力を駆使してでもな!」
 エルリィスは、あの時討ち損ねた男が再びオルディンの前に現れるとそう言えば、オルディンが躍起になる事は分かりきっていた。例え、相手がたった一人だろうとオルディンは五十万の兵を動かす事も平気でするだろう。そうなれば、いくらアルフでも命の保証は無い。
 エルリィスはその後もオルディンに事細かに男の事を聞かれたが、アルフに教えられた事以外は知らぬ存ぜぬを通した。途中で目が覚めてしまったと言って誤魔化し、特に咎められる事はなかった。今のオルディンは暗殺者をどう殺してやろうかという事で頭をいっぱいにさせているのだろう。
 そして、その様子をアルフは間近で見ていて、どうオルディンが出るのかを盤の上を動く駒を予測するかの様に状況を楽しんでいた。
 また、エルリィスは自身の運命の歯車が大きく回り出した事をこの時はまだ知りもしなかった。
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