悪夢買います! 〜夢見の巫女〜

帝亜有花

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交渉

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 エルリィスが生き延びる方法を考える為に、これからの段取りを相談しようとした矢先、アルフとエルリィスは誰かが近付いてくる足音に気が付いた。
 塔に居る者は全員眠らせた。幻術が解けるにはまだ早すぎる。
 アルフは奇怪に思いながらも警戒し、腰の短刀に手を掛けた。
「あー、僕怪しい者ではないので、その武器から手を離してもらえると助かります。流石に痛いのは嫌ですし」
 廊下に子供の声が響いた。
 エルリィスには聞いた事のあるあの声だった。
「誰だっ!?」
 段々と足音との距離が近くなり、松明の光の下にまで来るとその少年の姿ははっきりと現れた。
 それは王族の様な豪奢な服を纏った少年で、『怪しい者ではない』と言う言葉など全く説得力の欠片も感じさせない出で立ちだった。
「どうもこんばんは。お兄さんとは初めましてでしたね」
 アルフは少年の言う事など気に止めもせず、腰から短刀を抜き、その刃先を少年に向けた。
「わわわ、ちょ、ちょっと待って下さい。僕怪しい者じゃないって言いましたけど聞いてなかったですか? 」
「ふん、怪しい奴は皆自分で怪しくないとか言うもんだ。どうやってここまで来た?」
 アルフはこんなところに何故派手な格好をした子供が居るのか、睡眠薬が蔓延した塔をどうやって登ってきたのか不思議でならなかった。そんな事をやってのけるのは間違いなく只者ではない、恐らく天啓使いの可能性があると警戒を強めた。
「ええええー、そんなあ、この世界では皆そうなんですかねぇ。普通はそう言っとけば大丈夫だってマナが言ってたのにおかしいなぁ。ここまでは普通に歩いて来ました。睡眠薬があちこちに散漫していたけれど、眠りは僕の専売特許なので効きませんよって、うわわ、刃物を持ってにじり寄らないで下さいよ~」
「アルフ、やめて! 彼は危害を加えるつもりはない筈よ・・・・・・多分」
 二人の様子を伺っていたエルリィスは自信無さげに最後に小さな声で『多分』と付け加えた。
「そ、そうですよー、危害なんて加えません! むしろ味方だと思って欲しいところです」
「ちっ」
 アルフは少年の言う事がまだ信用出来ていなかったが、エルリィスがそう言うので渋々得物を鞘に収めた。エルリィスの人を見極める感性は信頼に値するとアルフはそう考えていた。
「うわー、今舌打ちされちゃいました。まあいいや、僕の名前はトレインと言います。宜しくお願い致します」
「・・・・・・」
 トレインは自分の名前を書かれた紙切れ、もとい名刺をアルフに差し出すも、アルフの警戒心が強く、受け取ろうとしない様子を見てトレインは笑顔を張り付かせながらもすごすごと名刺をしまった。
「それで? こいつに用があったんだろう?」
「ええ、今日はエルリィスさんと商談がしたくて参りました」
 エルリィスは以前トレインが言っていた事を思い出した。
「確か、夢を売って欲しいとか・・・・・・」
「あ、覚えててくれたんですね!」
「でも、それは断った筈だけど」
「そうなんですけれど、僕どうしても諦めきれなくて。エルリィスさんの夢は非常に価値があるんです。だから、僕に夢を売っていただけないでしょうか?」
 夢、それはエルリィスにとって毎日なくてはならないものだった。
 夢そのものだけがエルリィスの命を繋ぎ止めていた。
 だが、今はどうだろうか? どの道、死の運命に晒されているのならば売ったところで何も困る事がないのかもしれないと、エルリィスは考えた。
 エルリィスはアルフの意見も聞きたくなり、姿は見えなかったがアルフが居るであろう方向に顔を向けた。
 そして、それに気が付いたアルフはトレインを真っ直ぐ見据え、口を開いた。
「お前、いくつか俺の質問に答えろ」
「はい、何でもどうぞ」
「その格好は何だ?」
「あー、まずそれですか。まあ、気になりますよね。こんな格好をしてますが、王子でもなんでもないんです」
 トレインは以前エルリィスに言った事と同じ様に言った。
「僕もこれを着るのは恥ずかしいんですが、潜入用にこれを着ていけば目立たないだろうと課長が言ってたんです。と言うか、ほぼ課長の趣味です・・・・・・」
 遠い目をしながらトレインは言った。
「いや、その格好逆に目立つだろう。お前は何者だ? ただのガキがこんな所に居る訳がないからな」
「子供に対してまるで極悪人でも見るかの様な目付きをされて、泣く泣くしまった先程の名刺を受け取って貰えたら話は早かったんですけど・・・・・・まあいいや。僕は夢界メルカディアの悪夢課から来ました。どうせ聞かれると思うので先に言うと夢界はこの世界とはまた別の世界、つまり、僕は異世界人という事です」
「異世界人・・・・・・ね。お前、妙な力を持っているようだな」
 実際にトレインが力を使う所は見ていなかったが、ここまで普通に来れた事からもトレインには何かしらの力があるとアルフは感じていた。
「そうですね、主に悪夢を集めるのが僕の仕事で眠りに関する力と言うべきでしょうか? 僕もこの世界の事を色々学ばせて頂きまして、この世界で言う天啓の力とはまた違うかもしれませんが、天啓の一種だとでも思って下さい」
「随分と曖昧な物言いだな」
 天啓を持つ者は世界に居る数の比率こそ少ないが、種類は非常に多く、まさに星の数程あるとルドが言っていたのをアルフは思い出していた。だが、トレインからは天啓とも魔術とも違う何かを感じ取っていた。
「こいつの悪夢を買いたいと言っていたが、どういう事だ?」
 アルフは全てを聞き出していては時間が足りないだろうと判断し、本題に移った。
「はい、僕達の世界では夢にエネルギーがありまして、それを集めているんです。普通の夢よりも悪夢の方が強いエネルギーを持っています。悪夢を売ってしまうと持ち主からその夢の記憶は消えてしまいます。残るのは夢を見たという事実のみ。その対価として我々は夢具をお渡ししています」
「夢具?」
 初めて聞く単語にアルフは眉をしかめた。
「一言で言うと不思議アイテムってところでしょうか? 何が出るかは分かりませんが、エルリィスさんの悪夢ならSランク、いえSSランク級の夢具が出ると思います!」
「・・・・・・お前の言っている事が良く分からんが、俺達はお前の遊びに付き合っている暇はない。そんな事をして得があるとも思えない」
「そう言うと思って、今度は交渉材料を持ってきました!」
 トレインはにこりと笑ってそう言った。
「交渉だと?」
 アルフはいぶかしげな表情を浮かべた。
「はい、エルリィスさんの事情等、こちらでもある程度調べて把握しています。なので、もし夢を売って頂けるのならば特別に特典をお付けします! 不思議な事に、どこかの世界では特典だとか、限定だとかの言葉を付けると驚く程売れるって聞きまして! あ、買うのは僕ですけどね」
 そう言ってトレインはあははと無邪気に笑ったが、アルフの苛立ちは募る一方だった。
「なあ・・・・・・、そろそろ斬っていいか? いいよな? なぁ?」
 アルフは研ぎ澄まされた刃物の様に目を光らせ腰の短刀に再び手を掛けた。エルリィスにはそんなアルフの様子は目に映らずとも、状況を察し、口を開いた。
「ああ、あの、えっと・・・・・・、で、その特典って何なの?」
「一つはあなた方の目標達成の為に、万全なサービスの提供、そして、もう一つは情報です」
「情報・・・・・・? 何の情報だ? これ以上勿体ぶると斬る。子供だろうと容赦はしない」
「おっと、それは怖いですね」
 そう言いながらもトレインの表情には恐怖の『き』の字すら無い余裕の笑みを浮かべていた。
「エルリィスさんの呪具を解く鍵のありか・・・・・・知りたくはないですか?」
 トレインから『鍵』という言葉が出ると、アルフは目を大きく見開いた。
「なんだと! 何故お前がそんな情報を知っているんだ」
 アルフはルドと呪具を解く鍵または核の手掛かりを散々探したが、見つかることはなかった。そんな情報をこんな子供が知っているとはとても信じられず、それが本当だとしても威信に関わる事だった。
「うーん、何故かと言うとですねぇ、ズバリ企業秘密なので言えません! でも僕の言う事は本当ですよ。嘘なんかつきません」
 トレインは人差し指を立てて言った。その茶目っ気たっぷりのトレインにアルフは斬りかかりたい衝動を抑えるので必死だった。
「・・・・・・エルリィス、お前の問題だ。お前がどうするか決めるがいい。ただし、時間は無い。この場で決めろ」
 エルリィスはいきなり決断を迫られ考え込んだ。トレインの情報が本当なら、ここから脱出するのに役立つ事は間違いなかった。ただ、それが本当の情報なのかは分からない。しかし、人の声質から人を見極める術を身につけていたエルリィスはトレインの声の調子をずっと聞いていて、虚偽や悪意と言ったものは感じなかった。それならばと、エルリィスは心を決めた。
「少しでも生き延びる確率が上がるのならば、私はそれに賭けてみたい。だから、売るわ! 私の夢!」
「交渉、成立ですね」
 そう言ってトレインは笑顔の表情を崩し、三日月の様にさせていた瞳を開いた。その顔は子供とは思えない程大人びていて、真摯な顔付きをしていた。
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