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帰り道 『 ハナの場合 』
しおりを挟む「え!?
何してるの?」
美容室の前で、めっちゃタイプの男のトキオが、お母さんの自転車に乗ってわたしを見ている。
「僕が運転しますよ。お姉ちゃん。
後ろに乗って下さい」
めっちゃタイプの男が、自転車の荷台をポンポンと叩く。
「いや、あなた・・・無理よね?」
「何がです?」
「だって自転車、乗れないでしょ?」
「え!?そうなんですか?」
めっちゃタイプの男が驚く。
「そ、そうよ。
わたしが、あなたを後ろに乗せてたのよ」
「そうなんですね」
「そうよ。
それに2人乗りは違反よ」
「そうか、違反か・・・
あ、でも、僕を後ろに乗せてたんですよね?」
「それは、緊急だったからよ」
「そうですか。
わかりました」
めっちゃタイプの男が、自転車から降りる。
「歩いて、帰るわよ。
自転車は、あなたが押して帰って」
「はい」
わたし達はしばらくの間、無言で歩く。
夕焼けが濃くなり街灯が灯りはじめる。
「あの、お姉ちゃん」
めっちゃタイプの男が、わたしに話しかけてくる。
な、何よ。
さっきから、お姉ちゃん、お姉ちゃんって・・・
ま、昔は弟が欲しいなんて思ってた時期もあったわよ。
でも、これは何か違うわよ。
何なのよこれ。
「何?」
わたしは素っ気なく答える。
「お姉ちゃんは、僕のこと嫌いですか?」
え?
な、何よ急に。
「ど、どうして?」
「いや、何となく・・・
ユイちゃんや、ナジミちゃんとは、何か距離感が違うなぁと思いまして」
確かに、トキオが家に帰って来て、わたしとは会話をほとんどしていない。
なぜなら、片付けに手一杯でそれどころではなかったからだ。
トキオが話しを続ける。
「それにお姉ちゃんは、僕の名前を一度も呼んでくれないし・・・」
「まぁ・・・いろいろと、あったから・・・」
わたしは話しをにごす。
が、色々あったことは間違いない。
「そ、そうですか。
僕、何も覚えていないから、どう言えばいいのか分からないのですが、
以前に、僕が何かお姉ちゃんにひどい事をしていたのなら謝ります。
ごめんなさい・・・」
「・・・・・」
「僕と話しをするのが嫌ならそれでもいいです。
無視してもいいです。
でも僕、挨拶ぐらいしてもいいですか?」
「無視なんかしないわ」
「え?」
「挨拶だけじゃなくて、分かんないことがあったら聞けばいいじゃない。
これでも一応・・・家族なんだから」
「あ、ありがとう・・・おねえちゃ・・・ウッ!」
トキオの足が止まる。
「どうしたの?」
わたしがトキオを見ると、ハンドルを握る両手が震えて歯を食いしばっている。
「う・・・う・・・」
トキオが両手で、こめかみを押さえしゃがみ込む。
ガシャン!
トキオの両手から離れた自転車が倒れる。
「ちょ!ちょっと!
大丈夫!?」
わたしが近寄るとトキオの頭が小さくブルブルっと震え、わたしを見上げる。
え?何?
わたしはトキオの目に異様な違和感を覚える。
「ハ!ハナちゃんッ!助けて!!」
「え!?」
「呪いだ!オレ!やっぱり呪われてるんだ!」
「え!?」
何?どういう事?
あっ!もしかしてコイツ!記憶が戻った!?
「ハ!ハナちゃん!時間がない!
夜が!夜が来る!」
「な!何!?
あなた!
記憶が戻ったの!?」
「ち!違うんだ!ハナちゃん!
オレの中に、昼と夜があるんだ!
だ!・・・・ダメだ!アイツが、夜が、来る!
ぐッ!・・・ううう・・・うう」
トキオが再び、両手でこめかみを押さえて苦しみだす。
「なに!?
一体どうしたの!?相田くん!」
トキオの頭が小さくブルブルっと震える。
歯を食いしばっていた表情が一瞬にして穏やかになる。
そしてゆっくりと顔を上げ、ほほ笑む。
「やぁ、ハナ。
やっと会えたね」
自信に満ち溢れた、めっちゃタイプの男がわたしを見つめる。
へ?
あなた・・・誰?
て、言うか、
「な・・・なんなの?
あなた、大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
めっちゃタイプの男がわたしを見つめたまま微笑む。
そして、倒れている自転車を起こす。
わたしたちは、ゆっくりと歩き出す。
一体なんなのよ、この男・・・
今までと雰囲気が全然違う。
てか何で呼び捨て?
「ねぇ、
あなた、どうなってんの?」
「簡単に言うと、さっきのヤツと入れ替わったんだ」
「だ!だから!さっきの奴ってどういうことなの!?」
「昼間のヤツは、過去を遮断してるんだよ」
「は?」
「で、夜の俺は心の全てを知っている存在なんだ」
「は?」
なに?
なに言ってんの・・・こいつ。
「もっと分かりやすく言うと、
別の人格が入れ替わってるんだよ」
人格が入れ替わる?
「二重人格ってこと?」
「そう、昔の言葉で言うとね。
今は、解離性同一性障害って言うんだけどね」
そんな事はどうでもいいのよ。
「演技って事じゃ・・・」
「ないね」
「そう・・・
それで、治るの?」
「ん?」
「その状態は元通りになるの?」
「さぁ、たぶん、ね」
「どっちなの?」
「昼のヤツが過去を受け入れれば、たぶん、ね」
「どうやるの?」
「さぁ、分からない」
めっちゃタイプの男は、あっけらかんと言う。
「ねぇ、なんかよくわかんないだけど・・・」
「うん?」
「昼と夜で人格が入れ替わるって事なの?」
「そう」
「で、昼のトキオ?は、記憶が無い」
「うん」
「それで、夜のトキオのあなたは、記憶がある」
「そう。
ただ、入れ替わる間だけは、記憶が無いけどね」
じゃあ、それが、さっきの・・・助けを求めてきたトキオって事?
夕方のトキオが、今までのトキオって事?
あー!もう!
なんか面倒くさいわ!
「それじゃ、あなたは今、夜のトキオって事なのね?」
「そう」
「で、夜のトキオは、覚えてるの?」
「何を?」
「記憶よ。これまでの事」
「覚えてるよ。全部」
「わたしとあなたの事も?」
夜のトキオがゆっくりとわたしを見つめる。
「俺がハナを好きって事?」
「・・・・・」
わたしがうつむく。
「俺、一目ぼれなんだ。
1年の時にハナを見かけて」
「・・・・・」
「それで、学校ではハナをいつも探してた。
ずっと片思いなんだって思ってたら、
こんな事になって」
何よコイツ!
よく、そんな恥ずかしい事、スラスラと言えるわね!
てか、そんな事より、
「ど、どうするの?」
「どうするって何が?」
「ユイの事よ・・・」
「分かんない」
「え?
分かんないって」
「だって昼のヤツは、ユイを恋人だって思ってるから」
「ねぇ、昼のトキオは、夜のトキオの記憶は無いの?」
「無いね。
あいつ、今、記憶を遮断してるから」
「だったら、約束して!」
「何を?」
「もし、あなた、夜のトキオとユイが会った時は、昼のトキオのふりをして!」
「どうして?」
「昼と夜で言ってる事が違ったら変でしょ!
ユイ、おかしくなっちゃうじゃない!」
「そうか、昼はユイと恋人で、夜はハナが好きって事だもんな」
「そ、そうよ!
面倒でしょ!
とにかく今は、夜の間も記憶が無い事にして!
いい?分かった?」
「ああ、ハナ、分かったよ」
「だから呼び捨てもヤメテ!」
「分かったよ・・・お姉ちゃん」
そうだ。
これでいい。
今はまだ、この状態を維持することだ。
これ以上、問題を増やすことはない。
ガチャン。
家に到着し、玄関に自転車を置いていると足音が近づく。
「お帰り!トキオくん。ハナちゃん」
ユイが出迎える。
後ろにナジミもいる。
「た、ただいま。
ユイ、来てたんだ」
「うん。トキオくんの帰りを待ってたの。
というかトキオくん!すごいサッパリしたね!
見違えた!すごく似合ってる!」
「ありがとう、ユイちゃん」
夜のトキオが、昼のトキオを演じる。
「それじゃ、トキオくん!私、帰るね。
ハナちゃん、ナジミちゃん!また明日!」
「うん。また明日」
ユイが帰って行く。
「どうしたの?ナジミ?」
わたしが、トキオをにらみつけているナジミに聞く。
ナジミがトキオをにらみながら、ゆっくりと顔を近づける。
「ハナ先輩・・・」
ナジミが、トキオの鼻先まで顔を近づけつぶやく。
「なに?」
「こいつ、トキオじゃないっス」
え?
もうバレたの?
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