前世アラサー独身、異世界では王太子の教育係として「恋愛感情」を教えています

cotonoha garden

文字の大きさ
15 / 44

第15話 席のない私に届いた招待状

しおりを挟む


 明日の夜、レオンの隣に並ぶ椅子は、もう全部決まっている。
 そのどこにも私の名前が刻まれていないことも、とっくに決まっていた。

 ◇◇◇

 冬至祭と祝賀の前日、王宮はほとんど戦場だった。
 飾り付けの最終確認、料理の仕込み、楽師たちのリハーサル。
 誰もが走り回り、誰の顔にも少しずつ疲れが滲んでいる。

 私の役目は、その合間を縫って「抜け漏れがないか」をチェックすることだった。
 ――恋愛レッスン担当のはずが、気づけばすっかり裏方の進行管理だ。

 (前世で培った段取り力が、こんなところで役に立つとはね)

 自嘲気味に笑いながら、大広間の隅で席次表をもう一度眺める。

 王族席、公爵家、侯爵家。
 その少し後ろには、花嫁候補たちの名が綺麗に並んでいた。

 「カトリーヌ・フォン・リヴェール」
 「アデール・ラングドン」

 読み上げるまでもなく、目に飛び込んでくる名前たち。

 端から端までざっと視線を滑らせても、
 やっぱり「ミサ・ハルヴィア」の文字はどこにもない。

 (まあ、そうよね。私は“席を用意される側”じゃない)

 いて当たり前の人たちのために、
 見えないところを整える係。

 前世とあまり変わらない立ち位置に、
 思わず少しだけ苦笑がこぼれた。

 ◇◇◇

 「ミサ」

 大広間の中央を見渡していると、背後から名前を呼ばれた。

 振り向くと、レオンが礼服の仮縫いのまま立っていた。
 まだ肩回りが少しぎこちないが、
 そこに未来の王の片鱗が見え隠れしている。

 「準備は順調ですか?」

 前世の癖で、ついプロジェクトマネージャーみたいな質問をしてしまう。
 レオンは小さく笑った。

 「僕より、ミサの方がずっと順調を気にしている顔をしています」

 「そりゃそうです。
  殿下の“初舞踏”は、この国全体の記憶に残るイベントですから」

 「ミサの記憶にも、残りますか」

 不意打ちのような問いに、一瞬返事が詰まった。

 「……ええ。
  台本を書いた人間としては、最後まで目を離せませんからね」

 冗談めかして返すと、
 レオンは少しだけ表情を曇らせた。

 「“台本通り”に進めばいいのかどうか、
  最近、少し分からなくなってきました」

 「殿下?」

 「僕の隣の席も、踊る相手も、
  王としての“正解”は皆が教えてくれる。
  でも、僕自身の心がどこを向いているのかは、
  誰も教えてくれません」

 胸の奥が、ぐっと締め付けられる。

 (そうだ、この子はまだ十六歳なんだ)

 政略と責務の渦の中で、
 自分の感情の置き場所を探している途中の少年。

 「……台本は、あくまで“たたき台”です」

 私は、ゆっくりと言葉を選んだ。

 「本番で何を選ぶかは、殿下次第。
  たとえ書かれた通りに進まなくても、
  その瞬間に殿下が心から選んだ言葉なら、
  きっとそれが一番の“正解”になります」

 レオンは、少し驚いたような顔をした。

 「ミサは、自分で書いた台本が変えられても、怒りませんか」

 「前世の私は、徹夜で作った企画書を
  上司に勝手に書き換えられてよく怒っていましたけどね」

 思わず本音が漏れ、二人で小さく笑う。

 「でも今は違います。
  ここに書いているのは“私の物語”ではなく、殿下の物語ですから」

 「……僕の物語」

 「ええ。
  教育係の仕事は、“選択肢の言葉”を増やすことまで。
  どの言葉を使うか、どの手を取るか――
  最後に決めるのは、殿下だけです」

 レオンの瞳に、
 ほんの少しだけ光が宿った気がした。

 「じゃあ僕は、明日の夜――」

 そう言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。

 「いえ。本番まで、内緒にしておきます」

 「王太子にも“サプライズ”の権利はあると」

 「たまには」

 そう言って笑う顔は、
 まだどこか少年の無邪気さを残していた。

 ◇◇◇

 夕方。

 自室に戻ると、机の上にひとつの包みが置かれていた。

 「……何これ」

 控えめな金色のリボンで結ばれた箱と、小さな封筒。
 封を切ると、見慣れた筆跡が現れた。

 『ミサへ
  明日の夜、あなたの“席”は席次表には載っていないけれど、
  ちゃんと用意してあります。
  このドレスと仮面を身につけて、
  大広間の二階回廊に立っていてちょうだい。

  王太子の物語を最初から見てきた人が、
  最後まで見届けてくれなければ困りますから。
  ――エリザ』

 王妃陛下からの手紙だった。

 箱を開けると、
 淡い群青色のドレスと、
 あの日渡されたものより少しだけ装飾の増えたグレーの仮面が入っていた。

 「……群青」

 インクの色とよく似た、深い青。

 指先でそっと布地を撫でると、
 さらりとした感触が手のひらに広がった。

 (席次表に名前はなくても、“見届ける場所”は用意されている)

 そう思った瞬間、
 胸の奥にじわりと温かいものがこみ上げてきた。

 「前世では、招待状なんて一度も来なかったのにね」

 会社の忘年会のお知らせは、
 ただの業務メールだった。
 誰にでも一斉に送られる、“枠を埋めるための案内”。

 今、手元にあるのは、
 たった一通の、私だけに宛てられた手紙。

 「……十分、贅沢だわ」

 ぽつりと呟いて、私は笑った。

 ◇◇◇

 夜。

 私は机に向かい、いつものノートを開いた。

 “LESSON 9:席”

 そう書き込んでから、
 ゆっくりと言葉を紡いでいく。

 “前世の私は、席が用意されていない場所に立ちながら、
  自分には居場所がないと決めつけていた。

  今世の私は、席次表に名前がなくても、
  誰かがそっと「ここにいて」と招いてくれる場所をもらった。

  それは、隣の席ではないかもしれない。
  でも、誰かの物語を最後まで見届けていいと許された、
  ひとつの“特等席”だ。”

 ペンを置き、窓の外を見る。

 王宮の中庭では、冬至祭の焚き火の準備が進んでいる。
 明日の夜には火が灯り、
 その光の中でレオンは十六歳の誓いを立てるのだ。

 私は、その瞬間を二階回廊から見下ろすのだろう。
 群青のドレスをまとい、
 仮面の下でひとり、静かに息を潜めながら。

 「――それでもいい」

 思わず声に出た。

 「隣の椅子に座れなくても。
  ここにいていいと誰かが言ってくれる場所があるなら、
  それだけで、前世よりずっと遠くまで来たって言える」

 選ばれなかった女の二度目の人生は、
 “誰かの隣”だけを目指す物語じゃない。

 誰かの物語を照らす灯りの中に、
 自分の居場所を見つけ直す物語でもあるのだと――

 群青の布に指を滑らせながら、
 私は静かにランプの火を落とした。

 明日の夜、私の名前はどこにも呼ばれないかもしれない。
 それでもきっと、あの大広間のどこかに、
 「ミサがいてくれて良かった」と思う視線がひとつだけ灯っている。

 その視線ひとつを信じられるようになった自分を、
 前世の私に見せてやりたいと、心から思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました

由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。 巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。 今日も黙々と床を磨いていたら―― 「お前の磨いた床は、よく眠れる」 恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。 見た目は完全にラスボス。 中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。 勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。 光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。 戦争よりも、まず床。 征服よりも、まず対話。 これは、世界最強の存在に溺愛されながら 世界平和を“足元から”始める物語。 甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

処理中です...