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第15話 席のない私に届いた招待状
しおりを挟む明日の夜、レオンの隣に並ぶ椅子は、もう全部決まっている。
そのどこにも私の名前が刻まれていないことも、とっくに決まっていた。
◇◇◇
冬至祭と祝賀の前日、王宮はほとんど戦場だった。
飾り付けの最終確認、料理の仕込み、楽師たちのリハーサル。
誰もが走り回り、誰の顔にも少しずつ疲れが滲んでいる。
私の役目は、その合間を縫って「抜け漏れがないか」をチェックすることだった。
――恋愛レッスン担当のはずが、気づけばすっかり裏方の進行管理だ。
(前世で培った段取り力が、こんなところで役に立つとはね)
自嘲気味に笑いながら、大広間の隅で席次表をもう一度眺める。
王族席、公爵家、侯爵家。
その少し後ろには、花嫁候補たちの名が綺麗に並んでいた。
「カトリーヌ・フォン・リヴェール」
「アデール・ラングドン」
読み上げるまでもなく、目に飛び込んでくる名前たち。
端から端までざっと視線を滑らせても、
やっぱり「ミサ・ハルヴィア」の文字はどこにもない。
(まあ、そうよね。私は“席を用意される側”じゃない)
いて当たり前の人たちのために、
見えないところを整える係。
前世とあまり変わらない立ち位置に、
思わず少しだけ苦笑がこぼれた。
◇◇◇
「ミサ」
大広間の中央を見渡していると、背後から名前を呼ばれた。
振り向くと、レオンが礼服の仮縫いのまま立っていた。
まだ肩回りが少しぎこちないが、
そこに未来の王の片鱗が見え隠れしている。
「準備は順調ですか?」
前世の癖で、ついプロジェクトマネージャーみたいな質問をしてしまう。
レオンは小さく笑った。
「僕より、ミサの方がずっと順調を気にしている顔をしています」
「そりゃそうです。
殿下の“初舞踏”は、この国全体の記憶に残るイベントですから」
「ミサの記憶にも、残りますか」
不意打ちのような問いに、一瞬返事が詰まった。
「……ええ。
台本を書いた人間としては、最後まで目を離せませんからね」
冗談めかして返すと、
レオンは少しだけ表情を曇らせた。
「“台本通り”に進めばいいのかどうか、
最近、少し分からなくなってきました」
「殿下?」
「僕の隣の席も、踊る相手も、
王としての“正解”は皆が教えてくれる。
でも、僕自身の心がどこを向いているのかは、
誰も教えてくれません」
胸の奥が、ぐっと締め付けられる。
(そうだ、この子はまだ十六歳なんだ)
政略と責務の渦の中で、
自分の感情の置き場所を探している途中の少年。
「……台本は、あくまで“たたき台”です」
私は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「本番で何を選ぶかは、殿下次第。
たとえ書かれた通りに進まなくても、
その瞬間に殿下が心から選んだ言葉なら、
きっとそれが一番の“正解”になります」
レオンは、少し驚いたような顔をした。
「ミサは、自分で書いた台本が変えられても、怒りませんか」
「前世の私は、徹夜で作った企画書を
上司に勝手に書き換えられてよく怒っていましたけどね」
思わず本音が漏れ、二人で小さく笑う。
「でも今は違います。
ここに書いているのは“私の物語”ではなく、殿下の物語ですから」
「……僕の物語」
「ええ。
教育係の仕事は、“選択肢の言葉”を増やすことまで。
どの言葉を使うか、どの手を取るか――
最後に決めるのは、殿下だけです」
レオンの瞳に、
ほんの少しだけ光が宿った気がした。
「じゃあ僕は、明日の夜――」
そう言いかけて、彼は言葉を飲み込んだ。
「いえ。本番まで、内緒にしておきます」
「王太子にも“サプライズ”の権利はあると」
「たまには」
そう言って笑う顔は、
まだどこか少年の無邪気さを残していた。
◇◇◇
夕方。
自室に戻ると、机の上にひとつの包みが置かれていた。
「……何これ」
控えめな金色のリボンで結ばれた箱と、小さな封筒。
封を切ると、見慣れた筆跡が現れた。
『ミサへ
明日の夜、あなたの“席”は席次表には載っていないけれど、
ちゃんと用意してあります。
このドレスと仮面を身につけて、
大広間の二階回廊に立っていてちょうだい。
王太子の物語を最初から見てきた人が、
最後まで見届けてくれなければ困りますから。
――エリザ』
王妃陛下からの手紙だった。
箱を開けると、
淡い群青色のドレスと、
あの日渡されたものより少しだけ装飾の増えたグレーの仮面が入っていた。
「……群青」
インクの色とよく似た、深い青。
指先でそっと布地を撫でると、
さらりとした感触が手のひらに広がった。
(席次表に名前はなくても、“見届ける場所”は用意されている)
そう思った瞬間、
胸の奥にじわりと温かいものがこみ上げてきた。
「前世では、招待状なんて一度も来なかったのにね」
会社の忘年会のお知らせは、
ただの業務メールだった。
誰にでも一斉に送られる、“枠を埋めるための案内”。
今、手元にあるのは、
たった一通の、私だけに宛てられた手紙。
「……十分、贅沢だわ」
ぽつりと呟いて、私は笑った。
◇◇◇
夜。
私は机に向かい、いつものノートを開いた。
“LESSON 9:席”
そう書き込んでから、
ゆっくりと言葉を紡いでいく。
“前世の私は、席が用意されていない場所に立ちながら、
自分には居場所がないと決めつけていた。
今世の私は、席次表に名前がなくても、
誰かがそっと「ここにいて」と招いてくれる場所をもらった。
それは、隣の席ではないかもしれない。
でも、誰かの物語を最後まで見届けていいと許された、
ひとつの“特等席”だ。”
ペンを置き、窓の外を見る。
王宮の中庭では、冬至祭の焚き火の準備が進んでいる。
明日の夜には火が灯り、
その光の中でレオンは十六歳の誓いを立てるのだ。
私は、その瞬間を二階回廊から見下ろすのだろう。
群青のドレスをまとい、
仮面の下でひとり、静かに息を潜めながら。
「――それでもいい」
思わず声に出た。
「隣の椅子に座れなくても。
ここにいていいと誰かが言ってくれる場所があるなら、
それだけで、前世よりずっと遠くまで来たって言える」
選ばれなかった女の二度目の人生は、
“誰かの隣”だけを目指す物語じゃない。
誰かの物語を照らす灯りの中に、
自分の居場所を見つけ直す物語でもあるのだと――
群青の布に指を滑らせながら、
私は静かにランプの火を落とした。
明日の夜、私の名前はどこにも呼ばれないかもしれない。
それでもきっと、あの大広間のどこかに、
「ミサがいてくれて良かった」と思う視線がひとつだけ灯っている。
その視線ひとつを信じられるようになった自分を、
前世の私に見せてやりたいと、心から思った。
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