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第37話 贈り物の行き先
しおりを挟む王太子からの贈り物なんて、受け取っていいはずがない。
――そう思っていたのに、差し出された小箱は、私の名前を呼んでしまった。
◇◇◇
春季祝典から数日。
王宮は、ようやくいつもの日常のリズムを取り戻しつつあった。
劇の話題も、少しずつ“王太子の立派な成長”という形に落ち着き、
私の名前は、ひっそりとその影に紛れている。
(やっと、平常運転に戻れる……はずだったんだけど)
学習室に向かう途中、
曲がり角で侍従たちの声が耳に飛び込んできた。
「殿下への献上品、だいぶ揃ってきたな」
「フェルナー侯爵家からは、特注の万年筆だとか」
「他にも、各家から“心尽くしの品”が山ほど……教育係様もきっとご一緒に目を通されるのだろう」
(献上品? また何か行事?)
首をかしげていると、
後ろから控えめな声がした。
「ミサ様」
振り返ると、侍女のリーナが小走りで近づいてきた。
「お探ししておりました。
王妃陛下から、お言伝てがございます」
「王妃陛下から?」
胸の奥が、きゅっと引き締まる。
「“今日のレッスンは、贈り物についても触れてほしい”とのことです。
――“王太子としての贈り物”と
“レオンとしての贈り物”の違いについて、だそうで」
(王妃陛下、相変わらずピンポイントで急所を突いてこられる)
「分かりました。
できる限り、お応えしてみます」
そう答えて、私は学習室へ足を速めた。
◇◇◇
学習室の扉をノックし、
ゆっくりと開ける。
「失礼いたします。殿下」
「おはようございます、ミサ」
窓際の席には、
いつも通りのレオン――
ただし、机の上には見慣れない木箱がいくつも積まれていた。
「これは……」
「献上品の一部です」
レオンは少し困ったように笑う。
「春季祝典の劇が好評だったとかで、
各家から“ささやかな感謝”が届きまして」
「ささやか、という量には見えませんね」
木箱、布袋、リボン付きの細長い箱。
机の端から端まで、ぎっしりだ。
「王妃から“整理する前に教育係様にも見せなさい”と言われました」
「ああ、そういうことですか」
“贈り物のレッスン”としては、
これ以上ない教材だろう。
「では、本日のテーマは決まりですね」
私はノートを開き、
一番上にこう書いた。
“LESSON 28:贈り物と本音”
◇◇◇
「まずは、王太子としての贈り物について」
私は、箱の一つを手に取りながら話し始めた。
「王太子として受け取る贈り物は、
基本的に“家と家の挨拶”です。
品物そのものよりも、
“贈ってきた家”と“込められた意図”を読む必要があります」
「意図、ですか」
「ええ。
例えば、このフェルナー侯爵家の万年筆」
リボンのかかった細長い箱を、そっと開ける。
深い紺色の軸に、繊細な銀の模様。
先端には、小さく王家の紋章と、フェルナー家の紋章が刻まれていた。
「……きれいですね」
レオンが見入る。
「これは、“知性と継続”を象徴する贈り物です。
“これからも、長く国の未来を書き綴っていけますように”という願いが込められているのでしょう」
「なるほど」
「そしてもう一つ、
“フェルナー家は王太子に学問と文治の面で協力する覚悟があります”という、
さりげないアピールでもあります」
レオンは、真剣な顔で頷いた。
「それは、贈り主の家を見て判断したんですか」
「贈り主と、選ばれた品の組み合わせを見て、ですね。
例えば、これが剣だったら、
“軍事面での協力”を強調したかったのかもしれません」
「……なんだか、贈り物も言葉みたいですね」
「その通りです」
私は微笑んだ。
「王太子としての贈り物は、
“言葉を使わない手紙”みたいなものです」
◇◇◇
ひと通り“王太子としての贈り物”を分析したあと、
私はノートのページをめくった。
「では次に、“レオンとしての贈り物”について」
「僕としての、ですか」
レオンの目が、少しだけ柔らかくなる。
「はい。
王太子である前に、一人の人間として。
誰かに、ただ“渡したい”と思う贈り物があるとしたら――
それは、どんなものだと思いますか?」
レオンは、少し考えるように顎に手をあてた。
「相手が喜ぶもの……だと思います」
「“王太子として”は、それで正解です」
私は頷く。
「でも、“レオンとして”は、
もう少しだけ踏み込んでもいいかもしれません」
「踏み込む?」
「“相手が喜ぶもの”に、
“自分らしさ”を混ぜるんです」
きょとんとした顔をされて、苦笑する。
「例えば、そうですね……」
机の上の箱から、
別の贈り物を取り上げる。
繊細なレースのハンカチ。
「これを贈るなら、
普通は“あなたの手元を、少しでも美しく飾れますように”という意味でしょう」
「なるほど」
「でも、“レオンとして”なら、
こんなメッセージを添えることもできます」
私は、空のインク壺にペン先を当てるふりをして、
口でなぞる。
「“あなたが涙をこぼさずに済むなら、
このハンカチは一生、ポケットの中で眠っていても構いません。
もしどうしても泣きたい日が来たら、
そのときだけ思い出して、僕の代わりにこれを握ってください”」
レオンの喉が、わずかに鳴った。
「……そういう意味を込めることも、できるんですね」
「ええ。
贈り物に込める“言葉”は、
王太子としての体裁とは別に、
“レオンの本音”を少しだけ混ぜてもいいと思います」
◇◇◇
「ミサは、どうですか」
不意に、矢印の向きが変わる。
「私?」
「ミサが誰かから贈り物をもらうとしたら。
“王太子として”ではなく、“レオンとして”から、ですよ」
わざと念押しするあたり、
だいぶタチが悪い。
「……そうですね」
前世の記憶を、また少しだけ引っ張り出す。
「前世の私は、
贈り物をもらうこと自体が少なかったので」
「そう、なんですか」
「ええ。
せいぜい、会社でみんなと一緒に配られるお菓子とか、
仕事で使う文具とか」
“誕生日おめでとう”と
名指しで差し出されたプレゼントを、
最後に受け取ったのがいつだったか、思い出せない。
「だから今世で、もし“レオンとして”から贈り物をもらえるなら――」
言いながら、自分で危険な方向に舵を切っている気がしてきた。
(落ち着け、教育係。ここは仮定の話)
「私の仕事を、少しだけ楽にしてくれるものがいいですね」
「仕事を?」
レオンが、意外そうに目を瞬く。
「はい。
前世でも今世でも、
私はつい頑張りすぎてしまうところがありますから」
過労死した女が言うと、
説得力しかない。
「例えば、
書きやすいペンとか、
ノートの端が折れにくいカバーとか。
“これを使えば、少しだけ楽になりますよ”って
背中を押してくれるようなものだと、嬉しいです」
レオンは、じっと私を見つめていた。
「……ミサらしいですね」
「そうですか?」
「はい。
自分のための贈り物ですら、“前に進むための道具”なんですね」
図星すぎて、返す言葉に詰まる。
◇◇◇
その日のレッスンが終わる頃。
机の上の献上品の山は、
王太子としての視点と、
レオンとしての視点で、ある程度仕分けられていた。
「では、これは王室の宝物庫へ」
「これは実用品として、執務室に」
「そしてこれは、
文官たちに分けて使ってもらうのが良さそうですね」
作業を終えたあと、
レオンがふと私の方を見た。
「ミサ」
「はい?」
「王妃から、もうひとつ伝言がありました」
(まだあるんですか、王妃陛下……)
「“今日のレッスンのあとで、
殿下から教育係様へ、感謝の印をひとつ贈りなさい”とのことです」
「……はい?」
思わず変な声が出た。
「“王太子として”ではなく、“レオンとして”。
“今までのレッスンと、劇と、背中側の席の全部に対する感謝を、
何かひとつの形にして渡しなさい”――と」
王妃陛下の、容赦ない追い打ち。
「それで、この箱を預かっています」
レオンが、引き出しの奥から
小さな木箱を取り出した。
「中身は、僕も知りません。
王妃が“ミサに渡す前に開けてはいけませんよ”と」
(王妃陛下……?)
「……受け取って、よろしいんでしょうか」
私は、思わず周囲を見回した。
他に誰もいない。
窓から差し込む午後の光だけが、
小さな箱を照らしている。
レオンは、真っ直ぐに頷いた。
「“レオンとして”お願いします」
その一言で、
逃げ道がふさがれる。
私は両手で箱を受け取り、
そっと蓋を開けた。
中に入っていたのは――
深い藍色の、しっかりとした革のノートカバーだった。
「……」
言葉が出ない。
「王妃が選んでくださったのだそうです」
レオンが静かに言う。
「“ミサのノートはもう、あのままだとすぐに擦り切れてしまうでしょう?”と」
思わず、自分の机の上のノートに目をやる。
角は何度も折れて、
表紙はところどころ薄くなっている。
「中を見てみてください」
促されて、
ノートカバーの内側を開く。
そこには、小さな金文字でこう刻まれていた。
“TO MISA
あなたが書いてきた“レッスン”が、
これからも続いていきますように。
王太子としての未来も、
一人の青年としての未来も、
その一部を、あなたの手で
書き留めていてくれたら嬉しい。
――アルノルト王国王妃エリシア”
その下に、
少し不格好な文字が付け足されている。
“そして、レオンとして。
僕のこれからを、
できるだけ長く、見ていてください。
L.H.”
視界が、じんわりと滲んだ。
「……ずるいですね、王妃陛下も、レオンも」
かろうじて笑いながら言う。
「こんな贈り物、断れるはずがないじゃないですか」
レオンは、少しだけ照れたように笑った。
「断られたらどうしようかと、少しだけ心配していました」
「断る選択肢は、最初から用意されていません」
ノートカバーに、そっと手を滑らせる。
革はまだ固いけれど、
これから何度も開いたり閉じたりしていくうちに、
きっと手に馴染んでいく。
(この世界での“レッスン”が続く限り、
私はこのカバーを使い続けるんだろう)
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げる。
「教育係としても、
ミサとしても。
ちゃんと両方の意味で、
受け取らせていただきます」
レオンの目が、柔らかく細められた。
「よかった」
「どうしてですか?」
「そのカバーがあれば、
ミサが“ここまで”と線を引こうとしても、
ノートはきっともう一枚、次のページを用意してしまうでしょう?」
(……そう来ますか)
「僕は、その“次のページ”を、
できるだけ長く一緒にめくっていきたいんです」
その言葉は、
ノートカバー以上に、
私の中に深く刻まれた。
◇◇◇
その夜。
新しいノートカバーに、
いつものノートを差し込む。
革が少し軋む音がして、
それからぴたりと紙を包み込んだ。
“LESSON 28:贈り物と本音(補足)”
“前世の私は、
贈り物は“お返しが面倒なもの”だと思っていた。
何かをもらうたびに、
“同額程度のものを返さなければ”と
小さな計算をして、疲れてしまっていた。”
“今世の私は、
“これからも見ていてほしい”という本音を、
革のノートカバーとして受け取った。
これはきっと、“同額のお返し”ではなく、
“これからも一緒に続けていく約束”を
少しだけ先に渡してもらったようなものだ。”
最後に、一行だけ書き足す。
“――このノートが書き終わる頃。
前世の私が一度も持てなかった“誰かからの贈り物”は、
きっと、“選ばれなかった女”の証拠ではなく、
“選び続けてくれた誰か”の軌跡として
残っていると信じたい。”
ペンを置き、
新しいカバーごとノートを閉じる。
革の手触りは、
まだ少し固くて頼りない。
けれど、ページを重ねるたびに、
この手に馴染んでいくのだろう。
――前世では一度ももらえなかった
“これからも一緒にいてほしい”という贈り物を、
今世の私は、
背中側の席から、静かに受け取ってしまったのだ。
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