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第12話 監査同行隊、ぎこちなく出発する
しおりを挟む戦場に出る前に一番重たくなるのは、鎧でも荷物でもなく“空気”だ。
――ギルド前に集まったメンバー全員が、それを証明していた。
◇◆◇
「よし、全員いるな」
朝のギルド前。
まだ陽が高くないのに、人だかりができていた。
前衛――両手剣を肩に担いだグラッド。
槍を持つヤン。
重装の盾役、寡黙な女戦士マリナ。
後衛――癒しの神官エルド。
補助魔法も扱える若い神官ルカ。
小柄な風魔法使い、ティア。
商会側からの護衛代表、片目に傷のある男、カイム。
そして監査官クラウスに、その護衛兼書記の男――名はライナーと言った。
最後に、隊の中で一番戦闘力が低い男、俺。
「監査同行隊、これで十名」
リシェルが手帳をぱらぱらとめくりながら確認する。
「目的は三つ。
一つ、北ルート局所危険区間の実地確認。
二つ、野盗の動きと背後関係の調査。
三つ、護衛体制見直しに必要な情報収集。
――以上、異論ある?」
「今なら帰ってもいいか?」
グラッドが冗談めかして手を挙げる。
「ダメ」
「だよな!」
笑い声が起こる。
でも、縁の線を見ると、その笑いの下にそれぞれの不安と緊張が絡まっているのが分かる。
(さて、ここからが俺の仕事だな)
意識を集中させ、「根回し」を起動する。
===========
根回し:事前調整モード
対象:監査同行隊
目的:隊内部の不安軽減/役割認識の共有
===========
みんなに伸びる縁の線をざっと眺める。
グラッドとヤンはいつも通り太く安定。
マリナは緊張しているが、職務に忠実なまっすぐな線。
エルドとルカは、“監査官と一緒に行く”ことへの畏れと、未知への不安。
ティアは、好奇心と怖さが半々。
カイムは、“本部に妙な疑いを向けられないか”という警戒。
ライナーは、クラウスへの忠誠と、現場への淡々とした覚悟。
そしてクラウス自身の縁は――やはり蜘蛛の巣の中心みたいに、細い線を広く張り巡らせている。
(よし、まずは“共通の敵”を提示して距離を縮めるか)
「じゃあ、一個だけ確認」
みんなの視線がこちらを向く。
「今回の目的のうち、“一番優先したいもの”をはっきりさせておきたい」
「一番?」
ルカが首をかしげる。
「そう。
野盗の正体を探るのも大事だし、監査も大事だけど――」
俺はあえて、口を引き結んだ。
「“全員生きて帰る”のが最優先。
これだけは、何があっても譲らない」
空気が、少しだけ揺れる。
グラッドが「おう」と短くうなずき、エルドが胸に手を当てた。
「命を“調査のコスト”にするのは、俺は嫌だ。
だから、危ないと判断したら、監査官が相手でも引き返す案を出す。
その時は、遠慮なく俺を盾にして文句を言ってくれていい」
「お前、自分を盾って言うなよ」
ヤンが苦笑する。
「でもまあ、啓太がそう言うなら、俺もそれに乗るさ。
命より重い監査なんて、ありゃしねえ」
ティアの縁の線が、少しだけ明るくなる。
「……全員生きて帰って、“監査官見てきた自慢”したいです」
小さな声でルカが言うと、周りから笑いが起こった。
その笑いは、さっきよりずっと柔らかい。
「クラウス様、それでよろしいですか」
俺は振り向いて尋ねる。
クラウスはわずかに目を細め、それから静かに言った。
「構わない。
“全員生きて帰る”――それは、“監査を完遂した”という結果と両立されるべきだ」
その言い方は、一見冷たいけれど、きちんと“命と仕事の両立”を前提に置いている。
(よし、とりあえず方針共有はクリア)
根回しウィンドウに、小さな表示が出る。
===========
隊内目標共有:成功
不安値:全体で微減
===========
「じゃ、出発前にもう一つだけ」
全員が「まだあるのか」と言いたげな顔をする。
「この隊の“ギスギス要因”になりそうなことを、先に言語化しておきます」
「啓太、何それ不穏な前置き」
「大丈夫、大丈夫。
見て見ぬフリして現場で爆発されるより、最初に火薬の場所確認した方がマシだから」
軽口で空気を和らげつつ、俺は指を三本立てた。
「一つ。“監査官がいるせいで動きづらい”って不満。
二つ。“商会側に裏切り者がいるかもしれない”って疑心。
三つ。“ギルド側が監査官と組んで誰かを切り捨てるんじゃないか”って恐れ」
カイムの縁がぴくりと揺れる。
ライナーの視線もわずかに鋭くなった。
「この三つ、誰がいつ心の中で叫んでもおかしくないです。
だから、そう思った瞬間に――まず俺かリシェルに言ってほしい」
リシェルが「うん」とうなずく。
「“どうせ分かってくれない”って黙ってると、縁がじわじわ切れていく。
それが一番怖いから」
クラウスがじっと俺を見ていた。
何か言われるかと思ったが、彼はただ静かに口元を持ち上げるだけだった。
「……相沢」
「はい?」
「君のその“根回し前説明スキル”、本部にも導入したいところだな」
「やめてください死にます」
笑いが起き、緊張の層がもう一枚剥がれ落ちる。
◇◆◇
北門を出て、街道を進む。
いつもなら護衛隊だけが歩く道に、今日は紺色のマントを纏った監査官がいる。
それだけで、道の空気が少し違うように感じた。
「しかしまあ、違和感しかねえな」
小声でグラッドがぼやく。
「監査官様が、こんな埃っぽい道を歩いてるなんてよ」
「クラウス様、普通に足取りしっかりしてるけどな」
ヤンが前をちらりと見やる。
クラウスは隊の中央、少し後ろ寄りの位置を歩いていた。
荷物は最小限。
鎧こそ軽装だが、その動きには“慣れている人間の無駄のなさ”があった。
(机上の論理だけって感じじゃないな)
足元の小石も、周囲の茂みも、何一つ見逃していない目。
その縁は、相変わらず蜘蛛の巣のように広がっているが、時折“現場の情報”に鋭く反応している。
「クラウス様」
俺は歩調を合わせて隣に並んだ。
「現場に出るの、久しぶりなんですか」
「そうだな。
少なくとも、この格好で山道を歩くのは数年ぶりだ」
視線は前を向いたまま、淡々と返答が来る。
「元々、現場の人だったんですか?」
「支部勤務時代はな。
護衛隊に同行して山道を歩くこともあった」
わずかに縁が揺れる。
そこには、“懐かしさ”と“苦い記憶”が混ざっている。
「……ある時、北とは別のルートで事故があった」
クラウスがぽつりと言った。
「護衛隊が襲撃され、荷と人命が失われた。
私は事前に“危険が高まっている”という報告を受けていたが、本部への報告は数字の整理を優先した」
胃のあたりがきゅっとなる。
「報告が終わった頃には、救援に向かうには遅すぎる時間になっていた。
あの時、“数字より先に足を動かしていれば”と、今でも思う」
彼の縁が、その瞬間だけほんの少しだけ黒く濁った。
(この人も、この世界なりの“後悔”を抱えてるんだ)
それは、俺の中の何かに触れた。
残業続きの現場、報告書が優先で、困っている部下に手を伸ばせなかった夜。
あの時と似た、どうしようもない後味。
「……それで、監査官になったんですか」
「半分はそうだ」
クラウスは小さく息を吐く。
「現場で見てきた“数字の裏側”を、本部の人間に叩きつけたかった。
もう半分は――単に“自分の判断の正しさ”を証明したいだけかもしれんがな」
自己分析がずいぶん手厳しい。
「今日、君の案を聞いていて思った。
“数字のために人を切り捨てるのが嫌だ”と、はっきり言える現場の人間が、まだいるのだとな」
「“まだ”って言い方、ちょっと引っかかりますけどね」
苦笑しながら返す。
「でも、クラウス様が現場に出てくれたおかげで、こっちもやれることが増えました」
縁の線が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
「そうか」
「はい。
机の向こうの“敵”じゃなくて、一緒に現場にいる“厄介な味方”になってくれたので」
グラッドの耳がぴくっと動く。
リシェルが前の方で肩を震わせているのが見えた。
「なるほど。
“厄介な味方”か」
クラウスの口元が、わずかに上がる。
「悪くない肩書きだ」
そんなやり取りをしていると、前を行くマリナが手を挙げた。
「そろそろ、例の危険区間の手前だ」
道の両側が、じわじわと森に近づいている。
いつもの街道より、木々の影が濃い。
空気の温度も、わずかにひんやりしてきた。
「今日は、危険区間の手前で一度野営する」
リシェルが隊を振り返る。
「ここから先は、いつ襲われてもおかしくないと思え。
監査官がいるからって油断するな」
「むしろ余計に狙われそうだしなあ……」
グラッドがぼそっと言う。
「その可能性も想定している」
クラウスが静かに言った。
「だからこそ、今日の野営で“隊としての呼吸”を合わせておきたい。
相沢」
「はい」
「野営の際、“隊内ミーティング”を頼む。
君の言う“火薬の場所確認”は、危険区間に入る前にやっておくべきだ」
「……了解です」
胃薬の残量を頭の中で確認しながら、俺は苦笑した。
◇◆◇
夕暮れ。
危険区間の少し手前、小さな丘の陰になった場所で野営を張る。
焚き火の火がぱちぱちと弾ける。
空には星がちらほらと見え始めていた。
見張りと調理、テント設営が一通り片付いたところで、俺はみんなを焚き火の周りに集めた。
「じゃ、簡単に“本音共有会”やります」
「名前どうにかならなかったのか」
グラッドが顔をしかめる。
「いいじゃん、堅苦しいの嫌でしょ」
「まあ、そうだけどよ……」
全員が腰を下ろす。
クラウスも少し離れた場所に座り、耳を傾けていた。
「さっきも言ったけど、この隊には“ギスギス要因”がいくつかある。
だから、先にそれぞれの立場から“不安”とか“気になってること”を出しておきたい」
俺は順番を決めていた。
緊張の強い順から、少しずつ解きほぐす。
「まずは……ルカ」
「えっ、僕ですか」
「うん。一番胃がキュッてなってる線してるから」
「見えるんですよね、そういうの……」
ルカはおずおずと手を上げる。
「その……監査官様がいるってだけで、なんかこう、全部見透かされてる気がして怖いです」
「正直」
と、付け足す。
「僕、まだ前線経験も少ないし、“ミスったら全部僕のせいにされるんじゃないか”って……」
エルドが小さく頷く。
「分かるよ。神官って、“守るべき命が減った”時、真っ先に責任を感じる職だからね」
「はい……」
ルカの縁が、申し訳なさと恐れで震えている。
「じゃ、クラウス様」
俺は火越しに視線を送る。
「今の話を聞いて、“監査官としての立場”から一言もらえますか」
「そうだな」
クラウスは少し考え、それから言った。
「私は、“現場の判断ミスを探して責任を押し付けるため”に来たわけではない。
“どこに構造的な問題があるか”を見るために来た」
「構造的な、問題……」
「もしこの先、何か事故が起きたとしても――
神官一人のミスに全ての責任を負わせるつもりはない。
その上で、現場での“できる限りの最善”は尽くしてほしいがな」
ルカの縁の線が、ほっとしたように揺れる。
「ありがとうございます」
小さな声だったが、それは確かに届いていた。
「次。カイムさん」
今度は商会側の護衛を見る。
彼の縁は、ずっと“本部からの目”と“支部からの期待”の間でぎゅうぎゅうに引っ張られている。
「……俺か」
カイムは目を閉じ、少しだけ息を吐いた。
「本音を言うとよ。
ギルドも本部も、どっちも“現場を盾に数字を動かす”んじゃねえかって疑ってる」
焚き火の火がぱち、と音を立てる。
「支部で荷を守ってるのは俺たちだ。
でも、何かあった時に、“支部の判断ミスだ”“護衛が弱かった”って切り捨てられるのはゴメンだ」
ベルノーの縁が、遠くで僅かに震えた気がした。
あの人も、きっと同じことを恐れている。
「だから、監査官様には“本部がやってること”もちゃんと見てほしい」
カイムはクラウスを真正面から見る。
「こっちのミスばっかり数え上げるんじゃなくてな」
クラウスの表情は、変わらない。
でも縁の線が、ほんの少しだけピンと張り詰めた。
「約束しよう」
低い声が落ちる。
「私は、この目で見たことだけを報告する。
“都合のいい数字”を作るために、何かを見なかったことにするつもりはない」
その言葉に嘘は感じなかった。
(この人は、自分の正しさにうるさいタイプだ)
やりづらいけど、その分頼りにもなる。
こうして一人一人の本音を拾っていき、隊の縁を少しずつ結び直していく。
気がつけば、星空はすっかり濃くなっていた。
◇◆◇
夜半。
見張りの交代で目を覚まし、外に出ると、テントの外で一人佇む影があった。
「……眠れませんか」
声をかけると、クラウスが振り向く。
「少し考え事をしていた」
「明日のこと、ですか」
「そうだな。
それと――この街のことだ」
彼の視線の先には、遠くのスレイルの灯りが、かすかに見えていた。
「私は、本部の監査官だ」
クラウスが静かに言う。
「本来なら、“どの支部も、どの街も、数字の上では同じ価値”で扱うべき立場だ」
「“数字の上では”ってところがポイントですね」
「そうだ」
わずかな皮肉が混じる。
「だが今日一日、この街の人間と話していて思った。
“ここで生きている人間たちの縁”は、数字には表れない重みを持っている、と」
焚き火の残り火が、彼の横顔を照らす。
いつもの冷静な表情の奥に、わずかな迷いが見えた気がした。
「相沢」
「はい」
「君は、“この街のために動く”と言ったな」
「ええ」
「では、私が“本部のためではなく、この街のためにも動く”のを――
君はどう思う?」
予想外の問いだった。
でも、答えはすぐに出た。
「正直に言っていいですか」
「ああ」
「めちゃくちゃ助かります」
返事を聞いたクラウスは、一瞬だけぽかんとした顔になった。
「……ずいぶん、率直だな」
「だって、現場の人間からしたら、“上の誰かがこっちも見てくれてる”ってだけで、どれだけマシか分かんないですから」
元の世界で、何度そう思ったか分からない。
「もちろん、本部の都合を全部捨ててほしいなんて言いません。
ただ、“この街の縁を守る選択肢”も、一緒に考えてもらえたら、それだけで十分です」
クラウスの縁が、静かに揺れる。
「……その程度でいいのか」
「その程度が、なかなかやってもらえないんですよ。どこの世界も」
苦笑しながら言うと、彼は小さく息を吐いた。
「君たち現場の人間は、本当に厄介だな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「好きにしろ」
星空の下で、しばらく沈黙が続いた。
危険区間は、すぐそこだ。
そこで何が待っているのか、誰にも分からない。
それでも――
今、この隊の縁は、さっきまでより確かに太くなっている。
「明日、もし何かあったら」
クラウスがふいに言う。
「君の“世界最強の根回し”とやら、存分に見せてもらおう」
「監査官の前でハードル上げないでください」
「自分で名乗ったのだろう?」
「名乗ってません勝手に広まってるだけです」
小さな笑いが、夜空に溶けていく。
危険区間の向こうに何が待っているのかは分からない。
でも――この夜の会話だけは、きっとどこかで俺の背中を押してくれる。
「剣より冷たい会議室も、牙を剥く山道も、結局やることは同じだ。
――目の前の縁を、できる限りマシな形で結び直すこと。」
そう心の中で繰り返しながら、俺は星空を見上げた。
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