社畜をクビになった俺、感情がステータスの異世界で最弱と言われたけど、共感スキルで仲間と世界を救う

cotonoha garden

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第2章 感情が見える街

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 人の頭の上に、数字が浮かんでいた。
 それを「幻覚じゃない」と理解するまでに、だいぶ時間がかかった。

◇ ◇ ◇

 眩しい光が収まると、俺は冷たい石畳の上に倒れていた。
 鼻をくすぐるのは、土と香辛料と、よく分からない油の匂い。ざわざわとした喧騒が、すぐ近くで渦を巻いている。

「……痛っ」

 慌てて身を起こすと、目の前に広がっていたのは見知らぬ街並みだった。
 石造りの建物が並び、木枠の窓からは色とりどりの布や瓶が吊るされている。通りには荷馬車が行き交い、肩に鳥を乗せた商人が声を張り上げていた。

 映画かゲームの世界そのものだ、と思った。
 だけど、これは画面越しじゃなくて、肌で感じる現実だ。

「……マジかよ」

 呆然と呟いたとき、ふと違和感が視界をかすめた。
 通りを歩く人々の頭上に、淡い光の数字が浮かんでいる。

 〈勇気:65〉
 〈喜び:40〉
 〈怒り:10〉

「え?」

 思わず二度見する。
 見間違いじゃない。誰も彼も、頭の上に似たような数字をぶら下げている。

(もしかして、これが……ステータス?)

 老人の言っていた「感情がステータス」という言葉が、遅れて蘇る。
 恐る恐る自分の頭に手を伸ばしてみたが、当然何も触れない。
 代わりに、視界の端にふわり、と見慣れた半透明の板が現れた。

 〈篠原悠斗〉
 〈勇気:48〉
 〈喜び:35〉
 〈恐怖:58〉
 〈怒り:25〉
 〈共感:98〉

「うわ、本当にゲームみたいだ……」

 感心している場合じゃない。
 ここがどこで、これからどうすればいいのか、まったく分からない。

 とりあえず、スマホ――。

 ズボンのポケットを探ると、いつもの感触があった。
 取り出して電源ボタンを押す。画面はついた。
 けれど、圏外どころか、アンテナの表示そのものが消えている。

「そうだよな……」

 ため息が漏れる。
 見知らぬ異世界で、携帯キャリアの電波が飛んでいたら、それはそれで怖い。

 途方に暮れていると、背後から声がした。

「おい、あんた。何突っ立ってんだよ」

 振り向くと、腰に短剣をぶら下げた若い男が二人、こちらをじろじろ見ていた。
 革鎧に擦り切れたマント。ゲームで言うところの「下級冒険者」という感じだ。

「あ、すみません。ちょっとその……道に迷ってて」

 正直に言うと、二人の頭上の数字が目に入る。

 〈勇気:55〉
 〈怒り:20〉
 〈共感:12〉

「迷ってる? こんなとこで?」
 片方の男がニヤリと笑った。
「もしかして、新入りか?」

「新入り……?」

「見たことねえ顔だしな。ギルドに登録してねえ素人か?」
 もう片方が、俺のスーツ姿を上から下まで眺める。
「なんだその服。変なローブだな。……あ?」

 彼の表情が一瞬固まった。
 どうしたのかと思った瞬間、男は俺の頭上を指差した。

「おい見ろよ。こいつの共感値、バケモンじゃねえか」

「は? ……共感、98!?」

 二人同時にのけぞる。
 いや、そんな引き方しなくても。

「共感だけ高くて、他は平均以下……。うわ、やべえやつじゃん」
「相手の気持ち読んでくるタイプだぞ、こいつ。めんどくせえ」

 ひどい言われようだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。俺、ここに来たばっかりで、ギルドって何かもよく分からなくて」

「はあ? ギルドも知らねえって、お前どこの田舎もんだよ」

 呆れたように笑いながらも、二人の「共感」の数字がふわりと揺れた。
 12だった値が、15に上がっている。

(……あ、もしかして)

 俺が「困ってる」と正直に言ったから、少しだけ同情してくれたのかもしれない。
 数字が、それに反応している気がした。

「まあいいや。ギルド行くなら、ついでに案内してやるよ」
 最初に声を掛けてきた方の男が、気楽な口調で言う。
「紹介料代わりに、昼飯くらい奢れよ?」

「え、あ、はい」

 財布の中身を思い出し、不安になる。
 さっきまで日本円だったこれは、この世界で使えるんだろうか。

「ほら、ぼけっとしてんな。ついてこい、“共感98”」

 ひどいあだ名だ。
 だけど、他にアテもない俺は、彼らの背中を追いかけるしかなかった。

◇ ◇ ◇

 通りを少し進むと、大きな建物が見えてきた。
 石造りの二階建てで、入り口には剣と盾のマークが掲げられている。
 中からは笑い声と怒鳴り声と、酒の匂いが混ざった賑やかな空気が漏れ出していた。

「ここが〈暁の環〉ギルドだ」
 案内役の男が胸を張る。
「この辺りじゃそこそこの規模だぜ」

「そこそこ、な」

 もう一人が突っ込みを入れる。
 二人のやり取りから、長年の相棒みたいな距離感が伝わってきた。

 重そうな扉を押して中に入ると、ざわめきが一瞬だけ弱まった。
 酒場を兼ねたような広間には、鎧姿の男やローブの女がたむろしている。
 カウンターの向こうでは、渋い顔の中年マスターがグラスを拭いていた。

「おう、ガルドにミナか。また低ランク依頼で小遣い稼ぎか?」

「うっせーな親父。今日は新入り連れてきたんだよ」

 ガルドと呼ばれた男が、親指で俺を指す。
 一斉に向けられる視線。
 その頭上には、色とりどりの数字が浮かんでいた。

(うわ……眩暈しそう)

 人の感情が、これほどまでに可視化される世界。
 慣れるまで時間がかかりそうだ。

「新人か。お前の知り合いか?」
 カウンターの中のマスターが、じろりと俺を眺める。

「道端で突っ立ってたからさ。ギルドも知らねえっていうから、拾ってやった」

「拾ったってお前な……」

 呆れたようにため息をついたそのとき、奥の階段から、コツコツと規則正しい足音が聞こえてきた。

「また適当なことをしてきたんじゃないでしょうね、ガルド」

 澄んだ声が広間に響く。
 振り向いた先にいたのは、真紅のマントを翻した少女――いや、「若い女性」と呼ぶべきかもしれない。

 燃えるような赤い髪を高い位置で束ね、腰には細身の剣。
 その頭上には、くっきりとした数字が浮かんでいる。

 〈勇気:82〉
 〈怒り:45〉
 〈共感:28〉

 それからもうひとつ、見慣れない項目。

 〈炎素親和:90〉

(……強そうだ)

 俺が見惚れていると、彼女――リアナが、鋭い視線をこちらに向けた。

「その人が、新人?」

「お、おう」
 ガルドが肩をすくめる。
「見ろよ、この共感値。98だぜ。キモいだろ?」

「共感値98……?」

 リアナの表情が、一瞬だけ揺れた。
 しかしすぐに、感情を押し殺したような無表情に戻る。

「珍しいですね」
 彼女はゆっくりと階段を降りてきた。
「……あなた、名前は?」

「あ、えっと。篠原悠斗です」

「シノハラ、ユウト」
 口の中で反芻するように名前を繰り返し、リアナは俺の頭上をちらりと見上げた。
 数字がどう映っているのかは分からないが、じっと観察されているのは分かる。

「感情値のバランスが悪すぎますね。共感だけ突出していて、勇気も怒りも平均以下。……戦闘向きではなさそうです」

「痛いところ突きますね」

 思わず苦笑すると、リアナの共感値がほんの少しだけ揺らいだ気がした。
 28が、29に。
 気のせいかもしれない。

「それで?」
 リアナはガルドたちに視線を向ける。
「新人勧誘のノルマでも課しているわけじゃないでしょう。どうして連れてきたんです?」

「いや、なんか放っとくと、変なのに絡まれそうだったからよ」
 ガルドが頭を掻く。
「共感98なんて、悪いやつに目ぇつけられたら、都合よく利用されちまうだろ?」

「……それは、否定できませんね」

 リアナの声色がわずかに柔らかくなった。
 そのときだった。

 ギルドの外から、甲高い悲鳴が聞こえた。

「きゃあああっ! 魔物よ!」

 ざわ、と広間の空気が揺れる。
 冒険者たちの頭上の数字が、一斉に変動し始めた。
 〈勇気〉が上がる者もいれば、〈恐怖〉が跳ね上がる者もいる。

「またかよ……」
 ガルドが舌打ちする。
「リアナ、どうする?」

「決まっているでしょう」
 リアナは迷いもなく踵を返した。
「近くなら、私たち〈暁の環〉の仕事です。――ガルド、ミナ。いつものように後衛をお願いします」

「へいへい」

 彼らが走り出す。
 俺は思わず、その背中を目で追った。

(魔物……本当にいるんだ)

 怖い。
 正直に言えば、そう思った。未知の世界の未知の危険。
 だけど、それ以上に胸の奥でうずいたのは、別の感情だった。

 ――誰かが助けを求めている。

 さっきの悲鳴は、本物だった。
 恐怖と混乱。助けてほしい、という願い。

 気づけば、足が勝手に動いていた。

「あ、ちょっと! どこへ行くつもりですか」

 背後からマスターの声が飛ぶ。
 振り返ることなく叫んだ。

「俺、戦えないですけど……誰かの役に立てるなら、行きたいです!」

 意味の分からないことを言っている自覚はあった。
 だけど、もう止まれなかった。

 ギルドの扉を押し開けると、外の空気が一気に流れ込んでくる。
 通りの先で、黒い影が暴れていた。
 獣とも虫ともつかない、歪んだシルエット。触れるものすべてを引き裂こうとしている。

 周囲の人々の頭上で、〈恐怖〉の数値が一斉に跳ね上がる。
 涙目で逃げ惑う子ども。腰を抜かして動けない老人。

「……っ」

 胸が締め付けられるみたいに痛んだ。
 目の前の数字よりも、彼らの表情が、震える手が、俺の心を掴む。

 その瞬間、視界の片隅で、自分のステータスがふっと変わった。

 〈勇気:48 → 52〉

 理由は分からない。
 けれど、小さなその変化が、背中を押してくれた気がした。

「おい、お前! 危ないから下がってろ!」

 戦場の最前線で、リアナが叫ぶ。
 炎のような魔力が彼女の手のひらに集まり、空気が熱を帯びる。

「わ、分かってます!」

 本当は分かっていない。
 でも、せめて逃げ遅れた人たちを、安全なところまで誘導するくらいなら――。

 俺は震える足を前に出した。

 あの日、何も言えずに頭を下げるしかなかった会議室とは違う。
 ここでは、俺の選択ひとつで、誰かの感情値が、もしかしたら少しは変わるかもしれない。

 そんな希望じみた考えが、どうしようもなく、胸の内側を熱くしていた。
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