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第十二章 新 生
新 生 (四)
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茶屋四郎次郎どのは、突然立ち戻ってきたわたしの姿を見て、尻餅をついた。
怒っているのか、泣いているのか、微妙に崩れた貌を向け、ぶつぶつとなにやら独りごちていた。四郎次郎どのの目をみてわたしは素直に詫びた。
「ご心労をおかけいたしました」
「ひ、姫!いっときは、なにものかに、拉致されたのではと、悩みましたぞ!四方にひとを奔らせ、お捜しいたしたのですぞ。無事なら無事で、報せを寄越しませっ!」
「本当に、ご心配ばかりかけてしまいました。亀の短慮、どうかお許しくださいませ」
あまりにも素直に謝ったものだから、なんとも判じ難い顔つきになって、四郎次郎どのは何度も同じことばを繰り返したあとで、ようやく平静になった。
「……まずは、湯浴みなどして、汚れを落としませ。くそうて臭うて、たまらんわいっ!」
おもわずわたしは笑った。
たしかに異様な臭気を発していたにちがいない。においは、生きている証なのだから。それから数日は、おだやかに過ぎていった。
巣鴨は、安土へ旅立った笹の代わりになって、いつも傍にいてくれた。
神立衆も弥右衛門の家来衆も、こっぴどく四郎次郎どのから叱責されたようである。けれど、この一件のあとは、茶屋衆との間の垣根がかえってなくなってきたようだった。へたに邪険にすれば、再びわたしが逃亡することを四郎次郎どのは案じていたのかもしれない。
五月十一日、安土城天守閣が完成し、信長様は早々に岐阜城より移られたらしい。
二十日の夕刻、四郎次郎どのがそのことを告げにきたとき、かれは人払いを命じ、二人きりで敷内の茶室で対面した。四郎次郎どのの貌からは表情というものがすっかり掻き消えていた。
まさに戦時の武将のそれに似た厳しさがからだ全体を覆っていた。
「姫、心してお聴きなされよ。築山殿のことでござる」
「母さまのこと?まさか、病にでも?」
「ふうむ。病ならば、治せもしましょうが、こればかりは……岡崎城の地下牢に、幽閉されたよしにございます」
「ち、地下牢に?ははさまが!」
これまでも幾たびとなく眩暈をおぼえることがあったけれど、このときも口を大きく開け、得意の呆けた顔を相手に向けたまま瞼をぱちぱちとしばたいていたはずだ。その一連の所作がゆっくりと頭裡のなかで再現され、どこかしらもうひとりの〈亀〉をみているような気がした。
「姫、しっかと呑み込みなされよ」
なにをどのように呑みこめばいいのか、皆目わからない。
四郎次郎どのの相貌に浮かんでいた苦悩の色をみとめて、やっと現実の世界に引き戻された。
「先年の大賀弥四郎叛逆にまつわることが、今になって蒸し返されたのござるよ。あのおり、背後で大賀をあやつっていた張本人こそ、築山殿であったと上訴する者これあり」
「何年も前のことが、なぜ、いま……」
「そればかりにあらず。日々のご行状も芳しくなく、侍女を水責めにしたり、諫止する者を殺したり……」
とうてい首肯できる内容ではなかった。四郎次郎どのはこほんと咳払いして続けた。
「……夜な夜な若い男をおのが閨に引き入れ、稀代の淫婦との噂も立ち、さらに武田勝頼からの書状も見つかり、秘めたる叛心が白日のもとにさらされましたよしにございます」
ときおり云いにくそうに淀みながらも、四郎次郎どのも必死の思いで告げようとしていることがわかり、一言も抗弁できぬまま聴くよりほかはなかった。
さまざまな噂。たとえ根も葉もない噂であっても、声高に発する者あらば、やがて、それは枝ともなり幹ともなる。あらたに根をおろし、幾星霜かけて、はびこっていくのだ。
その中には、あの翁狐が蒔いた種も混じっていたにちがいない。冷静を装いつつ、なるたけ静かな口調で、翁狐の城で当人が語っていたあらましを四郎次郎どのに告げた。
「もはや姫は、なにもなさいますな。そのことだけを望んでおりまする……事が落着するまで、この屋敷に留まり、なにがあっても動きますな。泣かれまするな。そのことだけを守っていただきとうございます」
「泣くな、といわれますのか……ま、まさか、母さまは・・・」
最悪の事態を推測して、慄いた。そんなことを平然と推測しているおのれに驚き、畏れを感じた。
「……どうなるかわかりませぬが、最悪の事態には、築山殿の死罪をも、お覚悟なされておいたほうがよろしかろう、と、そのことを真っ先にお伝え申し上げねばとおもい、不快なことどもまで、あえて言上つかまつった次第。ひらにお赦しくだされよ。それに、おはなしにあった松永弾正の企み、こちらも、かなり以前から察しておりました。だからこそ、大賀弥四郎のときも、罪を周囲にまで拡げさせぬように、首挽きという過酷な刑でもって臨み、もって家中への訓告と為したのですぞ。かりに、すでに亡き弾正がかつて仕込んだ謀略の種が芽をふきだしたとしても、いまここで、すでに死せる弾正を糾弾するは、かえって世の物笑いになりましょうぞ。〈死せる弾正、生ける家康を踊らす〉などと、囃し立てられるは、これ、すなわち武門の恥辱……こののち、さらに詳しい報せが次々ともたらされましょう。決して、この屋敷から逃げてはなりませぬぞよ」
一言一言を噛み締めるように語ってから四郎次郎どのは、苦しげに呻いた。
おそらくいま逃げ出したいのは、かれのほうではなかったか。実の母との決別を求める使者の役目は、鬱々たるものであったにちがいない。長冗舌だけれど、四郎次郎どのの心情の内側を垣間見たような気がした。
翌朝から、わたしは神立衆、さらに筒井衆にも頼んで、岡崎表の動向を探らせたのだけれど、地理に疎いかれらが役に立つはずはなく、かろうじて兵太郎とつなぎがとれ〈岡崎大変〉の詳細を調べてもらえるように伝えた。いつでも旅立つことができる仕度を整え、わたしは気もそぞろに、新たな報せを首を長くして待ち続けた……。
怒っているのか、泣いているのか、微妙に崩れた貌を向け、ぶつぶつとなにやら独りごちていた。四郎次郎どのの目をみてわたしは素直に詫びた。
「ご心労をおかけいたしました」
「ひ、姫!いっときは、なにものかに、拉致されたのではと、悩みましたぞ!四方にひとを奔らせ、お捜しいたしたのですぞ。無事なら無事で、報せを寄越しませっ!」
「本当に、ご心配ばかりかけてしまいました。亀の短慮、どうかお許しくださいませ」
あまりにも素直に謝ったものだから、なんとも判じ難い顔つきになって、四郎次郎どのは何度も同じことばを繰り返したあとで、ようやく平静になった。
「……まずは、湯浴みなどして、汚れを落としませ。くそうて臭うて、たまらんわいっ!」
おもわずわたしは笑った。
たしかに異様な臭気を発していたにちがいない。においは、生きている証なのだから。それから数日は、おだやかに過ぎていった。
巣鴨は、安土へ旅立った笹の代わりになって、いつも傍にいてくれた。
神立衆も弥右衛門の家来衆も、こっぴどく四郎次郎どのから叱責されたようである。けれど、この一件のあとは、茶屋衆との間の垣根がかえってなくなってきたようだった。へたに邪険にすれば、再びわたしが逃亡することを四郎次郎どのは案じていたのかもしれない。
五月十一日、安土城天守閣が完成し、信長様は早々に岐阜城より移られたらしい。
二十日の夕刻、四郎次郎どのがそのことを告げにきたとき、かれは人払いを命じ、二人きりで敷内の茶室で対面した。四郎次郎どのの貌からは表情というものがすっかり掻き消えていた。
まさに戦時の武将のそれに似た厳しさがからだ全体を覆っていた。
「姫、心してお聴きなされよ。築山殿のことでござる」
「母さまのこと?まさか、病にでも?」
「ふうむ。病ならば、治せもしましょうが、こればかりは……岡崎城の地下牢に、幽閉されたよしにございます」
「ち、地下牢に?ははさまが!」
これまでも幾たびとなく眩暈をおぼえることがあったけれど、このときも口を大きく開け、得意の呆けた顔を相手に向けたまま瞼をぱちぱちとしばたいていたはずだ。その一連の所作がゆっくりと頭裡のなかで再現され、どこかしらもうひとりの〈亀〉をみているような気がした。
「姫、しっかと呑み込みなされよ」
なにをどのように呑みこめばいいのか、皆目わからない。
四郎次郎どのの相貌に浮かんでいた苦悩の色をみとめて、やっと現実の世界に引き戻された。
「先年の大賀弥四郎叛逆にまつわることが、今になって蒸し返されたのござるよ。あのおり、背後で大賀をあやつっていた張本人こそ、築山殿であったと上訴する者これあり」
「何年も前のことが、なぜ、いま……」
「そればかりにあらず。日々のご行状も芳しくなく、侍女を水責めにしたり、諫止する者を殺したり……」
とうてい首肯できる内容ではなかった。四郎次郎どのはこほんと咳払いして続けた。
「……夜な夜な若い男をおのが閨に引き入れ、稀代の淫婦との噂も立ち、さらに武田勝頼からの書状も見つかり、秘めたる叛心が白日のもとにさらされましたよしにございます」
ときおり云いにくそうに淀みながらも、四郎次郎どのも必死の思いで告げようとしていることがわかり、一言も抗弁できぬまま聴くよりほかはなかった。
さまざまな噂。たとえ根も葉もない噂であっても、声高に発する者あらば、やがて、それは枝ともなり幹ともなる。あらたに根をおろし、幾星霜かけて、はびこっていくのだ。
その中には、あの翁狐が蒔いた種も混じっていたにちがいない。冷静を装いつつ、なるたけ静かな口調で、翁狐の城で当人が語っていたあらましを四郎次郎どのに告げた。
「もはや姫は、なにもなさいますな。そのことだけを望んでおりまする……事が落着するまで、この屋敷に留まり、なにがあっても動きますな。泣かれまするな。そのことだけを守っていただきとうございます」
「泣くな、といわれますのか……ま、まさか、母さまは・・・」
最悪の事態を推測して、慄いた。そんなことを平然と推測しているおのれに驚き、畏れを感じた。
「……どうなるかわかりませぬが、最悪の事態には、築山殿の死罪をも、お覚悟なされておいたほうがよろしかろう、と、そのことを真っ先にお伝え申し上げねばとおもい、不快なことどもまで、あえて言上つかまつった次第。ひらにお赦しくだされよ。それに、おはなしにあった松永弾正の企み、こちらも、かなり以前から察しておりました。だからこそ、大賀弥四郎のときも、罪を周囲にまで拡げさせぬように、首挽きという過酷な刑でもって臨み、もって家中への訓告と為したのですぞ。かりに、すでに亡き弾正がかつて仕込んだ謀略の種が芽をふきだしたとしても、いまここで、すでに死せる弾正を糾弾するは、かえって世の物笑いになりましょうぞ。〈死せる弾正、生ける家康を踊らす〉などと、囃し立てられるは、これ、すなわち武門の恥辱……こののち、さらに詳しい報せが次々ともたらされましょう。決して、この屋敷から逃げてはなりませぬぞよ」
一言一言を噛み締めるように語ってから四郎次郎どのは、苦しげに呻いた。
おそらくいま逃げ出したいのは、かれのほうではなかったか。実の母との決別を求める使者の役目は、鬱々たるものであったにちがいない。長冗舌だけれど、四郎次郎どのの心情の内側を垣間見たような気がした。
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