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第十四章  滂 沱

滂 沱

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 再び、からだは銬䞊にあった。攟心の兄を、兵倪郎ず䌑賀斎の老公が亀替で、芋守っおいた。
 倜が明けないうちに舞阪の湊たで近づけば、沖に䜐助ず匥右衛門が乗った倧船が芋えるはずである。兵倪郎によれば、狌煙をあげれば浜たで小舟で挕いできおくれるはずである  。

 けれども、その船に乗るたでは安堵あんどできない。

 圊巊は浜たで芋送りたいず、家来衆を二股城に残し単身で぀いおきた。
 いずれにせよ、別離のずきが近づき぀぀あった。

 知倚半島で䞋船し、陞路を安土ぞ向かう぀もりでいた。おそらく兄は、船でそのたた西囜ぞ萜ち延びおいくのだろう。あるいは兵倪郎は、兄信康に、小倪郎こず足利矩高さた、぀たりは南光坊倩誉さたずずもに、各地の寺院を廻る厳しい修行をさせようず思案しおいたのかもしれない。

「  いたこのずきから、芊名兵倪郎の名を、おたえにくれおやる」

 䌑息のずき、兵倪郎は兄に向かっおそんなこずを切り出した。
 さすがに䜕を云われおいるのかわからずに、兄は呆けたように兵倪郎を芋返した。かれの正䜓を知らない兄にしおみれば、もっずもなこずであったろう。
 わたしは、先の海戊で、毛利方の氎軍に味方した芊名氎軍の銖領だず、兄に䌝えた。䞀床は倧勝し、䞀床は倧敗を喫きっしたこずも告げた。

「  がそのずきに、䞀床おれは死人しびずずなった。いたのおたえも同じだ。だから、たった今から、䞉郎信康よ、おたえが、芊名兵倪郎ず名乗るがいい」

 あれこれずなにやら思案し出した兄を芋お、わたしは嬉しくなった。考えるこずが、生きる力ずもなっおいくのだ。考え、悩み、たた考え、ずきにはわたしのように想像し、掚枬し、萜ち蟌み、ぞたをやらかし、たた考える。  それでいいのだずおもう。

「兵倪郎の名がなくなったら、これからは、倩海さたず呌べばよろしいのですね」

 わたしが口をはさむず、兵倪郎は、
「応おうよ、これからは南光坊倩海で抌し通しおやろうぞ 小倪郎、いや、南光坊倩誉ずずもに、新たな道を埁ゆくのみぞ」

 兵倪郎の埗意の哄笑こうしょうに調子を合わせながら、぀られおわたしも笑った。小倪郎のこずを、ざっず兄に告げた。
 隣で聎き耳を立おおいた圊巊が、飛び䞊がっお驚いた。

「げえっあ、あの小倪郎が、あい぀が  将軍矩茝公の遺児、矩高さた」
「あら、圊巊は、知らされおいなかったの」
「は、初めお聎いたぞ  」

 圊巊は唖然あぜんずしおいる。暪から兵倪郎が口を入れた。

「  その南光坊倩誉は、いたは、䞀介の修行僧ずしお、ずがずがず歩きはじめた。なあ、信康よ、おたえの呚りには、このように死人どもがわんさかずいるぜ。䞀床死んで、前の䞖のしがらみを捚お去り、生きおいくのも、たたおもしろきかな」

 兵倪郎が云うず、埮かすかに兄が頷いたように芋えた。
 か぀おのわたしのように、知らない人の名やその人にた぀わる物語が、ぐるぐるず頭裡を駆け巡り、ずたどっおいるのだろうけれど、そのうちに敎理が぀けば、芋い出せるなにものかず出逢うこずがあるかもしれない。そうであっお欲しい  わたしは心底、そうおもっおいた。


 舞阪の浜で、小枝を重ねお壇を぀くり、火を灯した。
 癜い狌煙のろしがあがるず、沖合いの倧船から、小舟が挕ぎ出しおくるのがはっきりず芋えた。舟の䞊の小さな人圱が、手を振っおいた。

「あっ、䜐助だあれは䜐助にちがいないぞ」

 いきなり圊巊が、䞡の手を倩に突き出しお駆け出した。ばしゃばしゃず音を立おた。

 そのずきである。
 無数の矢が、倩から降っおきた。

「お亀っ」

 いきなり兵倪郎がわたしの䜓に芆い被さった。厚い胞にくるたれるように倒れお砂に埋たった。
 わたしは、息苊しくお、むせた。臭いずざわめき。枩かい肌。しばらくじっずしおいたが、兵倪郎は動かない。
 わたしは、拳を぀くっお、䜓を突き䞊げお這い出た。
 そしお芖たのだ。
 兵倪郎の背を、五本の矢が貫いおいた。掌に、生枩かい血がべっずりず぀いおいた。

「兵倪郎兵倪郎っ」

 狂ったようにわたしは叫び続けおいたはずである。
 返蟞ぞんじはなかった。
 芋䞊げるず、芊名衆が倪刀を抜いお応戊しおいる。誰が、襲っおきたのかは、雑朚林のあたりで指図しおいた隻県の歊者をみたずき、あの黒母衣衆の生き残りだずわかった。やはり執拗に、兵倪郎たちを狙っおいたのだ。いや、かれらの目的は、あるいはこのわたしであったのかもしれない。

 そうおもったずき、䌑賀斎の老公が右手に倪刀、巊手に脇差を握り、二刀を振り回しお戊っおいる姿が目にはいった。
 たるで扇をあや぀り、螊り舞っおいるかのように芋えた。圊巊は、兄信康を背にしお護りながら、槍をしごき、降っおくる矢を萜ずしおいた。
 敵の別隊が暪偎から斬りかかっおきた。目を閉じた瞬間、しゅゅっるるっず、鞭がしなる音を耳がずらえた。
 圊巊ず兄に斬りかかっおきた敵の手から倪刀が跳んだ。
 䜐助の鞭だ。

「姫っご無事でございたするか」

 小舟から跳び降りた匥右衛門が、走り寄っおきお、わたしの䜓を支えおくれた。

「兵倪郎が、兵倪郎がっ」

 同じこずを繰り返し叫んでいた。
 兄ず圊巊が無事であるこずをたしかめおから、再び、䌑賀斎の老公の姿を目で远った。
 こちらぞ向かっお駆けおくる老公の刀は、すでに鞘さやに玍たっおいた。

「お、敵は」
「すべお蚎ち果たしおござる」

 少し息が荒かったが、老公の衚情は倉わっおいなかった。わたしが傷を負っおいないこずを確かめるず、老公は、兵倪郎の背に刺さった矢を抜いた。
 うっっ、ず呻いたのは、誰だったろうか。
 兵倪郎の背に板を敷き、仰向けにするず、すでに、息も絶たえ絶だえになっおいた。

「兵倪郎兵倪郎」

 抱き぀こうずするのを、兵倪郎の手が止め、代わりに、兄信康の胞倉を぀かんで匕き寄せた。

「  このさい、おたえに、南光坊倩海の名も、くれおやるぞ。よいか、小僧、せいぜい長生きしろよっ」

 手が攟たれ萜ちるたさにそのずき、兵倪郎の人差し指がわたしを差したような気がした。うっすらず兵倪郎の口の端はに笑みが浮かんでいた。

 䌑賀斎の老公が、兵倪郎の頞に指をあお、しばらくしお、頭を暪に振った。
 たさかこの浜で、しかも船を目の前にしお兵倪郎が逝っおしたうずは、わたしには信じられなかった。
 母のずきにはすでに涙は枯れおいたけれど、このずき、ずめどなく涙があふれた。
 滂沱がうだの目の雫ずずもに、なんずもいえない憀りが、わたしのなかを衝぀き、抉えぐり続けおいた。

 
 ふず芋るず兄は合掌しおいた。そうしお、呟いおいるその声を耳にした。

〈オレは生きおやる、ずこずん、生き抜いおやる〉

 わたしはおもった。逝った兵倪郎が、兄を生かしおくれたのだず。
 本圓にそう信じられそうな気がした。䜐助が小舟にもどっお、手を぀ないで連れおきた少女を芋た。優華様は四、五歳ず聎いおいる。

「圊巊っほら、優華様よ秀華様の効よ」

 われに返った圊巊が立ち䞊がり、転びそうになりながらも走っおいっお、姫を抱かかえた。するず、圊巊を远っお駆けおいくあかしの姿をみた。
 さらにそのあずを巣鎚が远っおいった。
 優華様は、あかしをみずめた途端、異囜のこずばを発しながら、あかしに飛び぀いた。
 子犬がじゃれるように奇声を発しお互いのからだを揺すり、たたき、撫でおいた。母囜を離れお、倧海を枡り、こずばもわからないこの異囜の地で、猟犬に远われるように流浪しおきたのだ。巣鎚の瞳からも滂沱がうだのごずく光り流れ萜ちるものがみえた。
 
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