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第一章

2.悲惨な未来

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 三日後──クリスティンは寝込んでいる場合ではないと起き上がった。 
 前世亡くなったのは花の盛りの十六歳。
 このままではこの世界でも同じ年頃で亡くなる……っ! 
 惨劇を回避しなければ。 


◇◇◇◇◇


(まず、覚えている範囲でゲームの重要事項を書き出しましょう)
 
 人に見られたら困るので、前世の言語で紙に記した。

『恋と花冠の聖女』。
 
 それが、今いる世界──ゲームのタイトルだ。
 内容は五人のイケメンたちと、ヒロインが王立魔術学園で恋を繰り広げる乙女ゲーである。
 全年齢対応だったように思う。
 悪役令嬢クリスティン・ファネルは、意地悪ではすまない非道な行いをヒロインにする。 
 それが元で断罪され、惨劇まっしぐら。
 現世では自分であるのだが、ゲームを思い出せば、ムカムカするキャラだ。
 
 
 この世界には水、炎、大地、風の魔力を秘めた者達がいる。
 リューファス王国では、魔力の持ち主は十五歳から十八歳までの三年間、全寮制の魔術学園で学ぶことを、法で義務付けている。
 魔力をもつのは、ほぼ王侯貴族。
 それは太古の昔、大陸の王族たちが精霊と契約を結び、それが今も子孫の身に息づいているからだといわれる。
 
 四つの魔力以外にも『星』と『光』の魔力があり、この二つは非常に貴重なもので、術者の数はごく少数だ。
 クリスティンは『星』の魔力を秘めており、それゆえ王太子の婚約者として選ばれた。
 
 魔力を持つものは『暗』寄りか『明』寄りになる。
『暗』の者は、魔力を身に抱える負担が『明』に比べて大きい。
 だから身体が弱くなりがちだ。
 
 クリスティンは『暗』寄りと表向きはいっているが、実は『闇』寄り。
『闇』は非常に危険で、公爵家はそれを知りながら隠している。
 貴重な『星』魔力の持ち主でも『闇』寄りとなれば、聞こえが悪く、王太子との結婚も難しくなる。

『闇』は禍々しいものを寄せ付けやすい。
 クリスティン・ファネルが悪役令嬢となった原因のひとつに、『闇』寄りの性質が関係していると思われる。
 魂を穢しやすいのだ。
 それに『星』術者の『闇』寄りは、虚弱体質になりやすかった。


 ──そしてヒロイン、ソニア・ブローン。
 彼女は輝かしい『光』魔力の持ち主。
 どの魔力にも勝る『花』魔力すらその身に秘めた聖女である。
 現在は田舎で平民として暮らしているはずだ。
 実は先王の娘で、時代が時代なら、王女である。
 それが判明するのは、悪役令嬢の断罪イベント辺り。
 今から四年後に開催される夜会の頃だ。
 
 ルートにより異なるが、五人の攻略対象の誰かを愛することで力を覚醒させ、王宮に呼ばれて王女とわかる。
 攻略対象との、愛を深めるイベントの一つ──それが悪役令嬢の断罪である。
 クリスティンにとっては公衆の面前で王太子に婚約破棄を言い渡され、身の破滅となる惨劇。

(ああ……。どうして惨殺の可能性がある悪役令嬢などに転生を……!)
 

 攻略対象は五人。
 
 きらきらしい王太子、アドレー・リューファス。
 
 公爵令嬢の腹黒兄、スウィジン・ファネル。
 
 クールな参謀、ラムゼイ・エヴァット。
 
 気さくな魔術剣士、リー・コンウェイ。
 
 神秘的な隣国皇子、ルーカス・ブラント。
 
 皆、個性あふれる面々で、ヒロインは彼らと胸躍る恋をする。
 しかし悪役令嬢は不幸な最期を迎える。トゥルー、グッド、バッド問わず……。 
 詳細な残酷描写やスチルはなく、ナレ死のようなものだったが、『惨殺』という文字はルートによって確かに出ていた。
 
 
 悪役令嬢の行為、末路を日本語で記しながら、ぶるぶる震える。

(なぜこんな愚かなことをしたの……っ!)
 
 だがクリスティンとして生きてきた十二年間を思えば──確かにどうしようもなかった……。
 
 国でも一、二を争う大貴族、ファネル公爵家の一人娘として生まれ、外見も賛辞されるもので、更に『星』魔力を持つ。
 将来の王妃であるクリスティンはチヤホヤされ、両親からは溺愛、兄からは甘やかされて──兄のそれは黒い野心からと今は知っているけれど──育った。
 高慢でヒステリック。気位は山のように高くなった。
 
 幼少時に王太子との婚約が決まり、彼に憧れていたクリスティンはとても喜んだけれど、王太子のほうは、クリスティンに辟易しているのだ……。

(現在の時点ですでにそうなのよね……。ゲームの始まる数年後ではなく)
 
 思い通りにならなければ気がすまない性格、ちょっとしたことで周囲に当たり散らし、気に食わない使用人は即解雇、わがままし放題。
 我ながら恐ろしく底意地が悪かったと思う。
 自分の行動の数々を思えば、机にがんがん頭を打ち付けるよりない。 

 悪役令嬢がゲームの中でしでかしたことのひとつに、ヒロイン暗殺未遂がある。
 このまま育っていれば、確かに平気でそういうことをしていただろう。
 断罪されるのは当然のことだ……。

 この公爵家には『影』と呼ばれる、いわゆる汚れ仕事をする人間が存在している。
 メルもそのひとり。
 身の回りの世話をする近侍だが、護衛でもあり、武術の腕はピカイチなのだ。
 学園入学後、悪役令嬢はそんなメルにヒロイン暗殺を命じる。
 近侍のメルも、ルートによっては悪役令嬢と共に成敗され、惨殺される。

 このままでは自分だけではなく、メルをも危険にさらしかねない。
 
 髪をくしゃり、とつかんで、クリスティンは今後の対策を立てた。


◇◇◇◇◇


 まず虚弱体質を治そう!

 健全なる精神は、健全なる身体に宿るときく。
『闇』寄りの『星』魔力を持っているので、自分は身体が弱い。
 体質改善は難しいだろうが、何もしないよりはマシなはず。
 
 
 それでクリスティンは日が昇れば、朝食前に庭をランニングした。
 しかし、すぐにばたっと倒れた。
 
(この身体……虚弱にもほどがある……)
 
 前世の自分は平々凡々としていたが、健康だった。
 健康とはなんと尊く素晴らしいものなのだろう!
 なくした今になってわかる。
 ぜいぜいと肩で息をしていると、後ろから声がした。

「え……? クリスティン様?」
 
 近侍のメルがこちらに駆けよってくる。

「どうなさったのですか……!?」

 彼はクリスティンの傍らに屈んだ。クリスティンは額に浮かぶ汗を拭う。

「……走っていたのよ」
「走って……?」

 公爵令嬢が、走りこむなんてありえないことだ。しかも早朝に部屋着で。
 しかし体面になんて構っていられない。

「身体を鍛えようと思って」
「昨日まで寝込まれていましたのに、なぜそのような無茶を……」

 悲惨な未来はごめんだからやるしかない。

「──お部屋までお送りいたします」

 そう言って、メルはクリスティンを軽々と抱えあげると、部屋へと向かって歩き出した。
 
 クリスティンは間近にあるメルの顔を眺める。
 彼と最初会ったとき、女の子だと思った。
 お人形のように可愛らしい顔をしていたから。
 現在十四歳の今も一見細身で、少女のようだが、裏の仕事もしているため、身体つきはしっかりしている。
 こうして抱えられて運ばれていると、しなやかな筋肉の動きがよくわかり、クリスティンははっとした。

「メル、わたくしに護身術を教えて」
 

◇◇◇◇◇


 部屋まで送り届けられたあと、メルはクリスティンを長椅子にそっと横たえた。
 クリスティンは再度彼に冀う。

「わたくしに身を守る術を、教えてほしいの」
 
 彼はクリスティンの前に跪き、静かに問うた。

「それはなぜですか?」

 戸惑いが彼から感じられる。

「それは──」
 
 このままでは恐ろしい惨劇が待ち受けている。
 それに彼も巻き込んでしまう可能性があるからだ。

(言えるわけがないじゃない……)

 話しても信じてもらえないだろう。おかしくなったと両親に相談され、最悪病院送りもありうる。
 悲惨な結末は嫌だが、病院送りも同じく回避したい。
 望むべくは、平穏な生活である。
 クリスティンはすうと息を吸い込み、喉の奥から声を発した。

「──わたくし、身体が弱いでしょう。風邪のような症状で三日も寝込んでしまったし」

 風邪ではなく、ショックからだけれど。

「体質改善をしたいのよ。それで今も走り込みをしていたの。体力をつけたいからこれから毎日するつもりよ」
 
 日頃、滅多に表情の動かないメルは、眉のあたりを曇らせる。

「クリスティン様、走るというのはどうかと……。旦那様も奥様も心配なさいます」
 
 運動など今まで全くしていなかった。
 さっきの走り込みは死にそうだったし、それを両親に見られれば確かに色々心配されるだろう。
 最初からランニングは、難易度が高かったかもしれない。
 
「そうね……ではまずはウォーキングをしてみようかしら……」

 大股で歩くようにするのも、運動になるだろう。

「はい。身体を動かしたいのでしたら、それがよろしいかと」
「さっきも言ったけれど、あなたには護身術を教えてもらいたいの」
「体力をつけたいということですが、クリスティン様は公爵家の令嬢であらせられます。護身術など学ぶ必要性はありません」
「いいえ、必要あるわ!」
 
 惨殺ルートに入れば、王太子の右腕が放った刺客に殺される。
 詳細は描写されていなかったのでわからないけど、刺客がやってきたとき護身術を身に付けていれば、逃げられる可能性が高まるのではないだろうか。
 クリスティンの真剣さに、メルは呆気に取られたようだった。

「……まずは、ウォーキングで体力をつけられたほうが……」
 
 いきなり実技を学んでも、確かに身には付かないだろう。

(基礎体力をつけなければ!)

「わかったわ!」
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