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第一章

33.その日の夜2

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「……唇を合わせるということですよね? それも条件としてあるのでしたら……それをしてもよろしいですか」
「そこまでしてもらうのは。あなたにも悪いし、わたくしも恥ずかしくて仕方ないわ……」
「クリスティン様の体力が快復することです。もし許していただけるなら、私に任せていただきたいです。私と唇を重ねたり、やはり嫌でしょうか」

 クリスティンはメルに向き直る。

「嫌なんてことはない。メルにならいい。他のひとにされるのは考えられないけど」

 メルは瞳を艶やかに光らせた。

「クリスティン様、私ならいいのは、何故ですか……?」
「あなたを信頼しているわ」
 
 クリスティンは彼を見つめる。
 他のどんなひとにも抱いたことのない想い。

(メルのことを……好き……)

 安心できて、惹かれてもいる。
 今まで自分の気持ちに気づいていなかっただけで、前から彼のことをきっと想っていた。

「でもいくら治療の一環とはいえ、わたくしなんだか抵抗感もあって……」

 惹かれている相手に触れられれば、心地よいけれど恥ずかしい。治療だが恋人同士の触れ合いみたいだ。
 
 メルは葛藤するようにクリスティンに視線を返した。

「……クリスティン様が抵抗を覚えるのでしたら、いたしません。体力を快復させるお力になれればと思いますが、逆効果になってしまってもいけませんから」
「逆効果になることはないわ」

 宿屋でも、体調は快復した。あの後、大立ち回りをしたが何も支障はなかった。

「でもそんなことするの嫌ではない? これは継続的にする必要があるって書かれていたし……」
「継続的に……」

 メルは瞠目する。

「……私は私以外の者がクリスティン様にこういうことをするのは、絶対に嫌です。クリスティン様がご不快でなければ、今後も私に任せてください。本に書かれていること以外はいたしません」
 
 考えすぎているのだろうか。
 唇を合わせて触れられ、しかも相手は惹かれていると気付いた彼。
 
 ──治療を施し力になってくれようとしているのだ。
 発作もおさまるかもしれないし、現に宿屋では体調が快復した。
 クリスティンは勇気をふり絞って頷く。

「いい、ですか?」
「ええ……」
 
 メルは瞳に熱を灯らせ、クリスティンの肩に手をのせた。
 綺麗な顔が近づき、クリスティンの唇に彼の唇が擦るように重なった。

 クリスティンの心臓は早鐘を打つ。

(メルと……キスをしている……!)
 
 幼い頃から傍にいて。好きだと自覚した相手。 
 治療の一環だが、ときめいてしまうのをとめられない。

 唇が何度も触れ合う。互いに震えている。クリスティンは涙が滲みそうになる。

「クリスティン様……」

 二人は熱く見つめ合った。

「……ごめんなさい……座ってもいい?」

 立っていられない。

「大丈夫ですか……? ご気分が悪くなったりしませんか?」
「大丈夫……」
 
 クリスティンは寝台の端に座り、彼の指に指を絡める。
 
 彼はもう片方の手でクリスティンの頬にそっと触れた。
 恋をしている相手と口づけ、身が蕩けるよう。

「心配です。お傍についていたいです」

 メルは眼差しを揺らせ、瞼を赤らめて睫をおろした。

 彼はクリスティンの隣に座る。
 夜着を通し、ぬくもりが伝わってくる。清らかな触れ方だ。
 
 月の灯りのもとで、彼はクリスティンに唇を寄せた。
 心臓が怖いほど強く打ち付ける。
 立っていたなら、確実に倒れていた。
 互いに瞳を潤ませ、唇を重ねる。
 
 
 ──あっという間に時間は過ぎた。

「それではクリスティン様……。私は失礼いたします」

 メルは、ぐったりした感じで立ち上がった。

「メル、大丈夫?」

 クリスティンは甘やかな痺れに包まれている。
 エネルギーが満ち、幸せな心地だが、彼はなんだか疲れているよう。

「ひょっとして、この治療、あなたからエネルギーを吸い取ってしまうものなのかしら」
 
 そういったことは記されていなかったけれど……。
 
 心配になってしまうと、彼は急いでかぶりを振った。

「違います。己と戦い、精神的に疲れただけなのです。エネルギーを吸い取られたわけでは決してないので、ご心配なさらず」

(……どういうこと?)

「己と戦う?」
「……いえ。クリスティン様がよろしければ、これからも私に任せていただきたいのです。私以外にはどうか絶対に頼まないでください」
「あなた以外にこんなこと決して頼んだりしないわ」

 メルはほっと息をついた。

「では……クリスティン様……おやすみなさいませ」
「ええ……おやすみなさい」
 
 クリスティンは、隣室に帰るメルを見送る。
 なんだか切ない感覚を覚え、その夜はなかなか眠れなかった。
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