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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!
(9)マリーさんは内職に夢中らしい
しおりを挟む「何なのよ、2のメインヒーローが出てくるなんて聞いてないわよ」
早速おうちで一人反省会。
屋敷に戻った私は、自室で前世のゲーム内容を書き留めたノートを開いている。
日に日に前世の記憶は不確かになっていったから、そのことに気づいた時に早急にまとめたのだ。これをまとめたのは確か十歳頃だったかしらね。
フォル恋の異世界編vol.2は、1と同じ世界観の別物なのよね。
確か1は主な舞台が学園だからヒロインちゃんも学生なんだけど、2のヒロインちゃんは冒険者の娘だ。
冒険者としてダンジョンを攻略中に出会うのがその国の王子……という感じのストーリーで。
フォル恋シリーズの中ではちょっと異色で、魔獣と呼ばれるモンスターとの戦闘をこなして好感度を上げるシステムだった気がするんだけど。
ちなみに攻略対象者は第二王子、Sランク冒険者、魔導士、王国騎士、獣人とかだったかしら?
攻略対象が学園内の人間に限られていた1よりは多彩な顔ぶれだったように思うんだけど。
「うーん……困ったわねぇ」
在りし日(アレクサンドラ十歳)のメモには名前がリオルドしか書いてないし、今からじゃ細かいシナリオどころか大まかなあらすじさえ思い出せないわ。
ヒロインちゃんが冒険者なんだから、みんなで力を合わせて魔王を倒すとかかしらね?
大体、よ?
隣国の話だから、1の悪役令嬢であるアレクサンドラは2には登場しない。だから2は適当にしか思い出してなかったのよ。
まさかそれを悔やむ日が来るだなんて……。
「やっぱりあれかなぁ。私がヒロインちゃんじゃなくてジェラルドをいじめたせいで、シナリオがおかしくなってるのかしらね?」
前世でもそういうウェブ小説を読んだことがあるわ。
そういう小説なんかではシナリオが変わったら折れたはずの死亡フラグが復活していたりしたわね。
「そんな……」
大丈夫、大丈夫よきっと。
フォル恋は全年齢対象ゲームだもの。
シナリオが多少変わったところで、アレクサンドラは酷い目には合わないはず。
「お嬢様? また何かおかしなことで悩んでらっしゃるんですか?」
「おかしなこととは失礼ね、マリー。わたくしにとっては死活問題なのよ」
「そういえば、今日のお茶会は随分早く切り上げられたようですね? 何かございましたか?」
そういえば、ジェラルドがいつもの護衛騎士以外を人払いしちゃったから、庭園の散歩にはついてこなかったんだっけ。
ぶっちゃけイチから説明するのは面倒だし、リオルドの登場以外は概ね平常運転だったわ。
それよりさっきから気になっているのは、女子力激高マリーさんの手元にある刺繍。彼女は何故か刺繍の片手間に私の話し相手をしている模様。えっと……何故刺繍?
「何かあったと言えばあったかもしれないけれど、別に大したことじゃないわ、いつものことよ。……ところでマリー、その刺繍はいったい……」
「あら、お伝えしてませんでしたっけ? 私、これでも結構刺繍が得意なのですよ」
「いえ、聞きたいのは、何故、わたくしの部屋で、今、刺繍をしているかってことなんだけど……それ、わたくしへのプレゼントとかかしら?」
「いえ。まさか」
マリーさん即答。
ですよね。
いや私も、プレゼントじゃないだろうなーとは思っていたんだけれども。
有能な侍女マリーさんは妖艶な微笑みを口元に湛えた。
こう見てみるとマリーも、美人な悪役令嬢付きの侍女なだけあってか、容姿のレベルがなかなか高いのよね。さすがに侍女まではゲームには出てこなかった気がするけれど、
「内職ですよ」
「ない……しょく?」
おかしいわね。この世界では聞き馴染みのない言葉が聞こえた気がしたわ。
いえ、きっと聞き間違いね。
天下の公爵家の侍女ともあろう者が内職だなんてする訳が──。
「内職です!!!」
内職だった!
「二回も言わなくても聞こえたわよ」
「あら、さようで。聞こえなかったことにしようとしているかと」
──ぎくり。
「そ、そんなことないわよ? 内職だなんて……もしかしてマリーは、うちのお給金に不満があるのかしら?」
「いいえ。旦那様からは充分頂いておりますわ」
「じゃ、じゃあ何故内職をしているの?」
「これからの時代は、女性も手に職でございますので」
「は?」
「はぁー……お嬢様は、今月の『月間貴婦人』をまだご覧になってないのですね」
「な、何よ。『月間貴婦人』がどうしたのよ?」
──げ、月間貴婦人くらい知ってるわよ!
月間貴婦人というのは、月1回発行されている、貴族女性向けの雑誌のようなものだ。
王都で流行りのファッションやスイーツ、ちょっとした恋愛小説の連載なんかが載っている。
お母様が愛読しているのをちょこっと読んだことがあるけれど、対象年齢は有閑マダムたちだもの。私の年代の少女が読むような雑誌じゃなかったわ。
「今月はアーヴァイン卿の特集だったのです」
「アーヴァイン卿……?」
アーヴァイン卿って確か、国内で唯一の爵位持ちの女性であるアーヴァイン卿のこと?
「お嬢様、まさかご存知ないのですかっ?! 今一番熱い、職業婦人ですよ?!」
唾が。マリーの口から唾が飛んでくる!
「い、いや、もちろん彼女の名前は存じ上げてるわよ? ただ、マリーの刺繍とアーヴァイン卿が結びつかないだけなんだけど」
「今月号にアーヴァイン卿のインタビューが載っていたのですよ! これからは女性も手に職をつけてどんどん社会へ出ていくべきであると」
「な……なるほど?」
わかったようなわからないような……とりあえず、今月号にアーヴァイン卿のインタビューが載ってたことだけはわかった。
でも、鬼気迫るマリーの顔が怖かったから、とりあえず理解したフリをしてやり過ごすことにする。
「アーヴァイン卿は……」
立て板に水のような勢いでマリーが説明しだした。
聞く限りでは、アーヴァイン卿というのは随分先進的な考え方をする方のようね。
まるで前世で女性の社会進出を謳い文句にしていた女性政治家のようなことを言っているわ。そしてどうやらマリーは、見事に感化されて傾倒しちゃっている模様。
雑誌に書かれていることをそのまま鵜呑みにするのは危険だということを、前世持ちの私はよく知っている。
特に週刊誌とかワイドショーね。自分たちに都合のいい情報だけを切り取って読者や視聴者に見せて、それがあたかも全てのような錯覚を起こさせる。情報操作の常套手段よ。
まぁ、週刊誌やワイドショーっていうのはあくまでもエンターテインメントだから仕方がない。問題なのは、それを鵜呑みにしてしまう読者や視聴者の方なのだろうけど。
この世界はネットやテレビなんかがないから、たかが噂や雑誌の記事だとしても実生活への影響がすごいのよね。
ましてや、貴族女性の大半が定期購読していると評判の雑誌に掲載された記事。
マリーが傾倒したくなるのも無理はないかもしれない。
とは言っても。
別にマリーの思想までを強制する権利は誰にもないわ。
侍女としての仕事に影響がなければ、誰のことを尊敬していても私も別に構わないんだけれど。
アーヴァイン卿、何だか気になる存在よね。
まさか、転生した元女性政治家とかだったりして……ま、そんなことあるわけないか。
それに、今の私には他に考えることがあるから、女性政治家モドキを気にしてる場合じゃない。
──そう。
あの隣国の第三王子リオルドのこと。
何故、彼が現れたのがこのタイミングなのか?
まだ1のシナリオも終わってないわ。
ただ、ひとつだけ言えることは、私は『1の悪役令嬢』であって『2のヒロイン』ではないということ。
だから、シナリオ外で彼と出会うタイミングがいつであってもおかしくはないような気もする。
それによく考えてみれば、彼はジェラルドと従兄弟なわけだし、ゲーム開始前に彼の婚約者である私と顔を合わせること自体には何ら不思議な点はないわね。
むしろ、今まで顔を合わせなかったのが不思議なくらいだわ。
シナリオが変わってしまったことで、もともとなかった死亡フラグがにょきにょき生えてくる可能性があるんじゃないかと恐れていたけれど。
それは杞憂だったようね。
2のメインヒーローなんだから、今から気にしても仕方ないんだわきっと。
この国をフラフラしているくらいだから、きっと彼のゲームはまだ始まっていない。
ゲーム開始前の行動なんてシナリオにはないはずだから、特に決まってないに違いない。
「なーんだぁ。心配して損しちゃった~」
めちゃくちゃ気が抜けてしまった。
私としたことが、突然の不確定要素の出現で気を張りつめていたみたい。
まずは、目の前のことに集中しなくちゃね。
目の前のことと言えば、もちろん穏便な婚約解消!
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その時、その意味を深く考えなかったことを、後悔することになるとは、この時の私は露ほども思っていなかった。
「……と、いう訳で、私は来週いっぱいお休みを頂きますので」
「えっ」
しまった。どんな訳だったか全く聞いてなかったわ。
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