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(24)ピンチのようです、課長
しおりを挟む「え……なんで……?」
──ヴヴ……ヴヴヴ……。
確かにスプレーを吹きかけたはずなのに、それは微塵も変わっていない。
蚊柱改め蚊人間が、俺の目の前に立っていた。
いや、落ち着け。
よく見ろ。
微塵も変わっていないわけじゃない。
殺虫剤は確かに効いた。
何故ならば、蚊人間の足下に死骸がいくつかパラパラと散らばっているからだ。
ただ、決定打にはなっていないだけだ。
そこで俺は、殺虫剤をもう一度構えた。
ノズルを蚊人間へ向けて──。
「はい、発射────っ!!!」
トリガーを一瞬だけ引くと、
──プシュッ!
って音がして、ノズルの先っちょからは少しだけ薬剤が噴霧される。
すると、何と蚊人間が一瞬ぶわっと膨らんで……消えたのだった。
(なるほどなぁ……)
要は、個々の蚊がスプレーを回避したのだ。
膨らんで見えたのがその証拠だ。
蚊たちが殺虫剤を避けてそれぞれ外側へ逃げるので、一瞬蚊人間が大きくなったように感じるのだ。
どうやらこの世界の蚊は、俺が殺虫剤を使うことを知っていて、更に学習能力と言うものがあるらしい。
相手が蚊だと思って侮った俺が悪かった。
だって、小さすぎて脳みそなさそうじゃん?
そういえば、向こうの世界の蚊もまた、大きさの割に知能は高かったっけ。
奴らは、見つからないように忍び寄る天才だったからな。
──ヴ、ヴ、ヴ……。
「来たか」
俺のスプレー攻撃を避けて分散した蚊たちは、しばらくするとまた一ヶ所に集まりだした。
「でも、おかげでいいこと思いついた」
俺はニヤッと笑った。
大量の蚊が集まる蚊柱に取り込まれるから、大量の血を吸われるのだ。
だから──。
またさっきと同じように、殺虫剤のスプレー缶を構える。蚊たちによく見えるように。
「行くぞ~! さん、にぃ、いちぃー、発射ぁ──っ!」
号令とともに俺は大きく息を吸い込んで──。
「プシュ──ッ!!!」
叫んだ。
◇◇◇
「へへっ……楽勝楽勝!」
俺は、すかさず後ろ手に扉を閉めた。
え? 蚊人間はどうなったのかって?
もちろん俺がしっちゃかめっちゃかにしてやって、コテンコテンにのしてやったぜ!
……と、言いたいところだけど。
「まぁ、実体がないならないなりに、すり抜けりゃいいだけだからな」
そうなのだ。
さっき俺が殺虫剤のノズルを向けて噴射する真似をしたことで、また薬剤をかけられると思った蚊たちは、避けようとして膨らんだ。
俺は、ただその隙に奴らをすり抜けて、走って建物の中に入っただけである。
異世界の吸血蚊柱と言えど、密度が薄ければ空気と一緒だからな。
蚊たちの中途半端な学習能力が、返って仇になったのだ。
──ブゥン、ブゥン!
抗議してくるように付きまとってきたいくつかの蚊を、握りつぶす。
「悪く思うなよ。これが弱肉強食の世界。食うか食われるかの戦いだからな」
実際にこの町の人々は、蚊に血を食われているんだからな。容赦をすればこちらの身が危ない。
「水門を開くギミックは……あれか……?」
外から見えた窓は、何故か内側から板を打ちつけられて塞がれているようで、部屋の中は真っ暗だった。
ほとんど光の入らないその部屋で目を凝らせば、部屋の壁際にある大きな水色のハンドルが目に入った。
恐らく、あれを回せば閉じている水門が開き、新しい水が流れ込むだろう。
そして、川が流れさえすれば、少なくともボウフラや卵も一緒に流されるはず。
「よし、じゃあ早速……」
そう言いかけて俺は、ハンドルへ向かう足をピタッと止めた。
「…………っ!!!」
(部屋の中に何か、いる……!)
そう、お馴染みの野生動物の勘だ──って、自分で言ってて虚しいわ!
とにかく、見えないけれど何かがいるのは間違いない。
このまま闇雲にハンドルを回しにいけば、待ち構えているその何かの餌食になりそうだ。
──プシュゥゥゥゥ────ッ!
俺は予備動作なしで殺虫剤を振りまいた。今度は本当に。
もちろん自分の鼻と口は覆って。
たちまち白い霧が部屋中に充満する。これが俗に言うバ〇サン状態だ。
「小賢しい真似をしおって……!」
そう憎々しげに声が響いて、薬剤の霧の中から姿を現したのは、女、だった。
「え……どちら様で?」
と、思わず聞いてしまった俺は悪くないと思う。うん。
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