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挿話 一方その頃の課長②
しおりを挟む五島から怪しい石を受け取ったメイシアは、地面にそれを置いて跪いて、何やら祈り始めた。
驚いたことに、祈り始めたメイシアと石の周りを、キラキラとした光の粒が舞い始める。同時に、周囲の悪臭がすうっと消え、清浄感すら漂い始めた。
これが恐らく浄化という行為なのだろう。
きっと、この調子でいけばあの石はまもなく浄化されるに違いない。
この調子でいけば、だが。
「そう簡単にはいかないようだな」
五島が空を見上げると、さっきよりも雲が低く黒くなっていた。
ウワァーン、ウワァーン、と低くうなり出した空気が、鼓膜を震わせる。
「……祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、応え給え」
五島が、目を閉じ集中しながらそう唱えると、彼の周りで何かがパチパチと小さく弾けた。
ちなみにこの呪文は、神道の唱え言葉をもじったものであるが、唱えることに特に意味はない。
唱えた方が雰囲気が出るとか、そういう理由だけで考えたものだ。
(とうとうこの技を使う時が来たというわけか。この世界でも気の力が使えるようだな。実践で使うのは初めてだが……今まで散々イメージトレーニングしてきたから問題ないだろう)
「雷気招来」
五島がそう呟いて空に手をかざした瞬間、ピリピリと肌を刺すような空気が一気に上昇した。
──バリバリバリバリ────ッ!!!
刹那、分厚い木の壁でも破壊するかのような衝撃音が耳をつんざき、一瞬の閃光が辺りを照らした。
すると、五島の危惧した通りのものが、上空からパラパラと落ちてきた。
蚊の死骸だ。
やはり、雨雲などではなかった。
あれは、蚊の作った偽の雲──というよりも雲などではなく、単なる蚊の大群だ。
(映画で見たイナゴの大群を思い出すな……)
イナゴが農作物を食べ尽くし、仕舞いには人間を食べ始めるというあらすじのB級ホラーだったが……。
五島は再び空を見上げた。
上空の黒い雲は、突然走った雷撃に驚いたようだ。揺れ動き、渦巻き、ひとところに集まろうとしていた。
それはまるで、町中の蚊が一斉に集まったかのようだった。
メイシアの方を見ると、まだ彼女は手を胸の前で合わせて祈っている。
彼女と石を取り巻く光はいっそう強くなっており、その青い髪などと合わせて見ても、いっそう幻想的な光景だ。
(とにかく、あれが終わるまでメイシアくんを守らなければ)
上空で渦巻く蚊の集団は、いよいよ巨大な渦となり、まるで竜巻のようにズッズッと上下に伸びた。
そして、とうとうその一端が地上へ到達し、巨大な蚊柱へと姿を変えたのだった。
「うわぁぁぁ──っ! 何だアレは──っ?!」
「逃げろ、逃げろぉ──っ!!!」
最初は興味本位で、遠巻きに事と次第を見守っていた町民だったが、巨大な蚊柱が出現した瞬間、恐れおののき逃げ始めた。
その様子を見ながらも、五島は考える。
(この世界に、蚊が媒介する伝染病があるかどうかはわからないが……万が一を防ぐためにも、彼らを退治するのには本来火気を使う方法が最適なんだがな。ただ、万が一にも火の粉が飛んで、町の人々や建物に被害が及んではいけないし……かと言って、剣や拳などの物理的な攻撃では、暖簾に腕押しのような状態になるのは目に見えている。どうするべきか?)
先程の雷撃では、無数にいる蚊たちを満遍なく撃退することは出来ない。
巨大な蚊柱に迅速に甚大なダメージを与えられ、かつ周囲における被害を最小限に抑える方法……。
「ふむ……できないことはないな」
策をひとつ思いついたらしい五島は、未だ澱んで水が泥色に濁る川の方へ、手を伸ばした。
「水気招来」
すると川の水面が盛り上がり、持ち上がり、ゆっくりと細かい水に分解され、霧のようになって蚊柱の方へ吸い込まれ始めた。
大量の水が川から消えていく。
その大量の水は、水蒸気の龍となって、蚊柱を中心に螺旋状に包み込みながら空へ登っていった。
「火気招来」
──ボッ……ボッ……ボッ……!
五島を囲むようにして、小さな小さな火種のような青白い炎が灯る。
すっと蚊柱の方へ手を向けると、その無数の火種がふわふわと蚊柱の方へ飛んでいった。
「炎気転化」
──ボフッ!
呼応するかのように、蚊柱の内部へ入り込んだ小さな火種は、たちまち何十倍もの大きさの炎へと膨れ上がった。
そうして、やがて炎同士が一つの火柱となるのにそう時間はかからなかった。
高温の火柱で加熱された水の粒は、高温の水蒸気となって瞬間的な蚊柱を熱した。
更にそれは、またたく間に水の沸点を超えた過熱水蒸気となり、瞬間的な蒸気の温度は何と2000℃にも及んだ。
──ジュウゥゥゥゥゥ────ッ!!!
一気に噴き上がる白い蒸気。
それが、蚊柱もろとも消え去るまで、わずか三秒ほどだった。
跡形もなく。
ちなみに、五島が使用した川の水もまた跡形もなくなっていて、ヘドロが表出してカラカラになってしまっていたが、今はこれでいい。
「うむ。イメージ通りに片付いたようだな」
五島は、結果に満足したように頷いた。
メイシアの方を振り返ると、彼女の作業もほぼ同時に終わったらしい。
彼女はその手に、白い輝きを取り戻した石を抱えていた。
「多分、浄化できたと思います! 解呪と一緒の要領でした!」
「そうか、よくやったなメイシアくん。このカロリルメイツ、いちごバター味でも食べなさい」
五島は彼女に、空間収納から取り出したスティック型の栄養補助食品を手渡した。
すっかり異世界の食べ物に慣れたメイシアは、こなれた手つきで包装を剥いて、次々口へ放り込む。
「わぁい! ありがとうございます! むぐむぐ……サクサクしてるけどしっとりもしてる! いちごとバターの風味が口の中で溶け合って……お、おいひいっ! ……むぐむぐっ!」
「ほらほら。そんなに詰め込むと喉に詰まらせてしまうぞ。まだあるからゆっくり食べなさい。さて、それじゃあ、近江くんの様子でも見に行こうか」
「むぐむぐ……はひっ!」
メイシアは、五島から受け取ったそれを、腕いっぱい抱えたまま彼の後を追った。
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