課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

文字の大きさ
35 / 68

挿話 一方その頃の課長②

しおりを挟む



 五島から怪しい石を受け取ったメイシアは、地面にそれを置いて跪いて、何やら祈り始めた。

 驚いたことに、祈り始めたメイシアと石の周りを、キラキラとした光の粒が舞い始める。同時に、周囲の悪臭がすうっと消え、清浄感すら漂い始めた。

 これが恐らく浄化という行為なのだろう。

 きっと、この調子でいけばあの石はまもなく浄化されるに違いない。
 この調子でいけば、だが。

「そう簡単にはいかないようだな」

 五島が空を見上げると、さっきよりも雲が低く黒くなっていた。
 ウワァーン、ウワァーン、と低くうなり出した空気が、鼓膜を震わせる。

「……祓い給い、清め給え、神ながら守り給い、応え給え」

 五島が、目を閉じ集中しながらそう唱えると、彼の周りで何かがパチパチと小さく弾けた。

 ちなみにこの呪文は、神道の唱え言葉をもじったものであるが、唱えることに特に意味はない。
 唱えた方が雰囲気が出るとか、そういう理由だけで考えたものだ。

(とうとうこの技を使う時が来たというわけか。この世界でも気の力が使えるようだな。実践で使うのは初めてだが……今まで散々イメージトレーニングしてきたから問題ないだろう)

雷気招来らいきしょうらい

 五島がそう呟いて空に手をかざした瞬間、ピリピリと肌を刺すような空気が一気に上昇した。

 ──バリバリバリバリ────ッ!!!

 刹那、分厚い木の壁でも破壊するかのような衝撃音が耳をつんざき、一瞬の閃光が辺りを照らした。

 すると、五島の危惧した通りのものが、上空からパラパラと落ちてきた。

 蚊の死骸だ。

 やはり、雨雲などではなかった。
 あれは、蚊の作った偽の雲──というよりも雲などではなく、単なる蚊の大群だ。

(映画で見たイナゴの大群を思い出すな……)

 イナゴが農作物を食べ尽くし、仕舞いには人間を食べ始めるというあらすじのB級ホラーだったが……。
 五島は再び空を見上げた。

 上空の黒い雲は、突然走った雷撃に驚いたようだ。揺れ動き、渦巻き、ひとところに集まろうとしていた。
 それはまるで、町中の蚊が一斉に集まったかのようだった。

 メイシアの方を見ると、まだ彼女は手を胸の前で合わせて祈っている。
 彼女と石を取り巻く光はいっそう強くなっており、その青い髪などと合わせて見ても、いっそう幻想的な光景だ。

(とにかく、あれが終わるまでメイシアくんを守らなければ)

 上空で渦巻く蚊の集団は、いよいよ巨大な渦となり、まるで竜巻のようにズッズッと上下に伸びた。

 そして、とうとうその一端が地上へ到達し、巨大な蚊柱へと姿を変えたのだった。

「うわぁぁぁ──っ! 何だアレは──っ?!」

「逃げろ、逃げろぉ──っ!!!」

 最初は興味本位で、遠巻きに事と次第を見守っていた町民だったが、巨大な蚊柱が出現した瞬間、恐れおののき逃げ始めた。

 その様子を見ながらも、五島は考える。

(この世界に、蚊が媒介する伝染病があるかどうかはわからないが……万が一を防ぐためにも、彼らを退治するのには本来火気を使う方法が最適なんだがな。ただ、万が一にも火の粉が飛んで、町の人々や建物に被害が及んではいけないし……かと言って、剣や拳などの物理的な攻撃では、暖簾のれんに腕押しのような状態になるのは目に見えている。どうするべきか?)

 先程の雷撃では、無数にいる蚊たちを満遍なく撃退することは出来ない。

 巨大な蚊柱に迅速に甚大なダメージを与えられ、かつ周囲における被害を最小限に抑える方法……。

「ふむ……できないことはないな」

 策をひとつ思いついたらしい五島は、未だ澱んで水が泥色に濁る川の方へ、手を伸ばした。

水気招来すいきしょうらい

 すると川の水面が盛り上がり、持ち上がり、ゆっくりと細かい水に分解され、霧のようになって蚊柱の方へ吸い込まれ始めた。
 大量の水が川から消えていく。
 その大量の水は、水蒸気の龍となって、蚊柱を中心に螺旋状に包み込みながら空へ登っていった。

火気招来かきしょうらい

 ──ボッ……ボッ……ボッ……!

 五島を囲むようにして、小さな小さな火種のような青白い炎が灯る。
 すっと蚊柱の方へ手を向けると、その無数の火種がふわふわと蚊柱の方へ飛んでいった。

炎気転化えんきてんか

 ──ボフッ!

 呼応するかのように、蚊柱の内部へ入り込んだ小さな火種は、たちまち何十倍もの大きさの炎へと膨れ上がった。
 そうして、やがて炎同士が一つの火柱となるのにそう時間はかからなかった。

 高温の火柱で加熱された水の粒は、高温の水蒸気となって瞬間的な蚊柱を熱した。

 更にそれは、またたく間に水の沸点を超えた過熱水蒸気となり、瞬間的な蒸気の温度は何と2000℃にも及んだ。

 ──ジュウゥゥゥゥゥ────ッ!!!

 一気に噴き上がる白い蒸気。
 それが、蚊柱もろとも消え去るまで、わずか三秒ほどだった。

 跡形もなく。

 ちなみに、五島が使用した川の水もまた跡形もなくなっていて、ヘドロが表出してカラカラになってしまっていたが、今はこれでいい。

「うむ。イメージ通りに片付いたようだな」

 五島は、結果に満足したように頷いた。

 メイシアの方を振り返ると、彼女の作業もほぼ同時に終わったらしい。
 彼女はその手に、白い輝きを取り戻した石を抱えていた。

「多分、浄化できたと思います! 解呪と一緒の要領でした!」

「そうか、よくやったなメイシアくん。このカロリルメイツ、いちごバター味でも食べなさい」

 五島は彼女に、空間収納から取り出したスティック型の栄養補助食品を手渡した。

 すっかり異世界の食べ物に慣れたメイシアは、こなれた手つきで包装を剥いて、次々口へ放り込む。

「わぁい! ありがとうございます! むぐむぐ……サクサクしてるけどしっとりもしてる! いちごとバターの風味が口の中で溶け合って……お、おいひいっ! ……むぐむぐっ!」

「ほらほら。そんなに詰め込むと喉に詰まらせてしまうぞ。まだあるからゆっくり食べなさい。さて、それじゃあ、近江くんの様子でも見に行こうか」

「むぐむぐ……はひっ!」

 メイシアは、五島から受け取ったそれを、腕いっぱい抱えたまま彼の後を追った。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

処理中です...