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(28)課長駆けつける
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一方その頃の近江くん。串刺し二秒前くらい?
──────────
切っ先は、あやまたず俺の眉間に向かっている。
俺の方はと言えば、さっき動いたせいで痺れが全身に回ってしまったらしい。
もう、身体が完全に動かない。
──避けられない!
(クソッ!ここまでか……)
俺は壁にもたれかかったまま、向かってくる鉄の棒を茫然と眺めていた。
(ううっ! 俺、注射も苦手なのにっ! 刺さる──っ!)
俺が耐えきれずに、ぎゅうっと目を閉じようとした、その時。
──ごおおおぉぉ──────っ!
目の前に火柱が立った。
「…………っ?!!!」
否、目の前のものが突然火柱へと姿を変えたのだ。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ──っ!!!」
火柱は、この世のものとは思えないほど凄まじい悲鳴をあげる。これは、断末魔だ──。
もうもうと煙をあげて、燃え上がっていた。
呆然と、煌々と燃えるその火柱を見つめる俺。
しっかし今度は煙がくさい!
でもこのニオイ、どこかで嗅いだ覚えが……あっ! あれだ!
「蚊取り線香──?!」
すると、いつの間にかそばに来ていた課長が言った。
「除虫菊の粉と、油を混ぜた物を発火剤にしたからな。蚊取り線香と同じようなものだ。よく燃えるな」
「あ、課長! ありがとうございました!」
「間に合ってよかったよ。メイシアくん、頼む」
「はいっ!」
メイシアも来ていたのか。
彼女はなお燃え続ける火柱(蚊取り線香恐ろしい……)に向かって手を掲げ、何かを唱えた。
すると──。
何もない空中にモヤモヤとした雨雲のようなものが発生し、ゲリラ豪雨のような大量の水が上から降ってきた。
──ザァァァァ────ッ!!!
「……うわぁぁっ!」
「きゃーっ!? ごめんなさいっ!! 力の加減間違えちゃいました!!」
いや、いいよ。
部屋中がびしょ濡れだけど。
水を浴びたおかげか、痺れが取れて動けるようになったし。
課長も俺もびしょ濡れだけど。
当然、火柱はすっかり消えていた。
◇◇◇
「先輩! 無事でよかったです!」
──わふ! わふ!
建物の外へ出ると、九重とウメコが駆け寄ってきた。
うん? 二人とも犬属性だっけ? 九重にも耳としっぽが見えるぞ……。俺は思わず目をゴシゴシと擦った。
「ちゃんと、下流の方の水門も開けてきましたよ!」
ニカッと真っ白な歯を見せながら、九重はサムズアップした。
──わふわふ!
九重とウメコは、下流の水門の方へ行ったそうだ。
下流の水門には、ここみたいな管理用の建物はなくて、水門を操作するハンドルが橋についているだけだったらしい。
ハンドルを操作しようとしたら、俺と同じような蚊人間らしきものに襲われたが、ウメコが元の大きさに戻って一口で食べてしまったのだそうだ。
「ウメコちゃん、それはもう大活躍だったんですから! ねー!」
──わっふぅーっ!
九重が絶賛すると、ウメコはいっそう鼻をフンフン鳴らした。
わかる、わかるよ! 今、お前ドヤ顔してるだろう、ウメコよ!
「よくやったな、ウメコ! 偉いぞ!」
俺は、ガシガシとウメコの身体を撫で倒した。
彼女は気持ちよさそうに目を細めている。
今度、労をねぎらってブラッシングでもしてやろう!
と思ってたら、またウメコがペッペッと吐き出した黒い塊を、俺のズボンに擦り付けてきた。
「えっ……ちょっ……ウメコ?!」
──わふ!
スッキリした顔をしたウメコは、俺の腕をスルッとすり抜けて課長の方へ向かっていく。
「…………」
やっぱり俺、泣いていいかな?!
◇◇◇
それから三日も経つと、町民たちの顔色はほとんど改善し、汚染された水が消えたことで町の空気も澄んだものへと変わっていた。
上流、下流の水門の開放によって流れを取り戻した川からは、まず蚊の幼虫であるボウフラがいなくなった。
また、俺が拾ってメイシアが浄化した石は『へそ石』と呼ばれるものだったらしい。
神殿の聖女によって、水害などの厄災避けを祈願された石。
川のほとりに町を作るにあたり、神殿からその石を貰い受けて町の中心部……つまりへそとなる場所に投げ込んだのだそうだ
そのへそ石を正常な状態で再び川に投下したことによって、川の浄化が一気に進んだ。
あの灰色のヘドロも目に見えて減っている。
一週間後には、全町民体制で大清掃をすることに決まった。
それから、いつの間にか蚊のモンスターの巣窟になっていた水門の監視塔だが。
定期的に巡回員を派遣して、上流に異常がないかや、水門の開閉のタイミングなどをチェックすることになったらしい。
副町長も、何故こうなるまで水門のことに気づかなかったのかわからないらしく、首を傾げていた。
更に、建物内にあった『血魔石』だが。
あの建物には、相当な量の血魔石が蓄えられていた。
それだけ、町民たちの被害が大きかったのだろう。
二階部分は、ほぼあの赤く不気味な石で埋め尽くされていたそうだ。
さぞかし処分に困るだろうと思っていたら、何と副町長は目にした瞬間に小躍りして喜んでいた。
血魔石はモンスターだけではなく、人間にも効果があるとのこと。
小指の爪ほどの血魔石を取り込むだけで、増血効果が期待され、新陳代謝が活発になり体調不良も瞬く間に改善されるのだそうだ。
そこで、町民たちに血魔石を配って摂取させたところ、次の日にはもうみんながスキップしながら町内を散歩できるほどに回復していた。
すごい効果だ。
被害にあった全町民に配ってもなお、有り余るほどの血魔石が蓄えられていた。
何もかもが滞っていたこの町の経済を活性化するために、しばらくそれをこの町の特産品にするのだと、副町長は張り切っていた。
血魔石って、結構いい値で売れるらしい……マジか。
さすがに副町長ともなる人は、転んでもタダでは起きないというか……。
どこの世界でも、人間って本当に逞しいよね。
──────────
切っ先は、あやまたず俺の眉間に向かっている。
俺の方はと言えば、さっき動いたせいで痺れが全身に回ってしまったらしい。
もう、身体が完全に動かない。
──避けられない!
(クソッ!ここまでか……)
俺は壁にもたれかかったまま、向かってくる鉄の棒を茫然と眺めていた。
(ううっ! 俺、注射も苦手なのにっ! 刺さる──っ!)
俺が耐えきれずに、ぎゅうっと目を閉じようとした、その時。
──ごおおおぉぉ──────っ!
目の前に火柱が立った。
「…………っ?!!!」
否、目の前のものが突然火柱へと姿を変えたのだ。
「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ──っ!!!」
火柱は、この世のものとは思えないほど凄まじい悲鳴をあげる。これは、断末魔だ──。
もうもうと煙をあげて、燃え上がっていた。
呆然と、煌々と燃えるその火柱を見つめる俺。
しっかし今度は煙がくさい!
でもこのニオイ、どこかで嗅いだ覚えが……あっ! あれだ!
「蚊取り線香──?!」
すると、いつの間にかそばに来ていた課長が言った。
「除虫菊の粉と、油を混ぜた物を発火剤にしたからな。蚊取り線香と同じようなものだ。よく燃えるな」
「あ、課長! ありがとうございました!」
「間に合ってよかったよ。メイシアくん、頼む」
「はいっ!」
メイシアも来ていたのか。
彼女はなお燃え続ける火柱(蚊取り線香恐ろしい……)に向かって手を掲げ、何かを唱えた。
すると──。
何もない空中にモヤモヤとした雨雲のようなものが発生し、ゲリラ豪雨のような大量の水が上から降ってきた。
──ザァァァァ────ッ!!!
「……うわぁぁっ!」
「きゃーっ!? ごめんなさいっ!! 力の加減間違えちゃいました!!」
いや、いいよ。
部屋中がびしょ濡れだけど。
水を浴びたおかげか、痺れが取れて動けるようになったし。
課長も俺もびしょ濡れだけど。
当然、火柱はすっかり消えていた。
◇◇◇
「先輩! 無事でよかったです!」
──わふ! わふ!
建物の外へ出ると、九重とウメコが駆け寄ってきた。
うん? 二人とも犬属性だっけ? 九重にも耳としっぽが見えるぞ……。俺は思わず目をゴシゴシと擦った。
「ちゃんと、下流の方の水門も開けてきましたよ!」
ニカッと真っ白な歯を見せながら、九重はサムズアップした。
──わふわふ!
九重とウメコは、下流の水門の方へ行ったそうだ。
下流の水門には、ここみたいな管理用の建物はなくて、水門を操作するハンドルが橋についているだけだったらしい。
ハンドルを操作しようとしたら、俺と同じような蚊人間らしきものに襲われたが、ウメコが元の大きさに戻って一口で食べてしまったのだそうだ。
「ウメコちゃん、それはもう大活躍だったんですから! ねー!」
──わっふぅーっ!
九重が絶賛すると、ウメコはいっそう鼻をフンフン鳴らした。
わかる、わかるよ! 今、お前ドヤ顔してるだろう、ウメコよ!
「よくやったな、ウメコ! 偉いぞ!」
俺は、ガシガシとウメコの身体を撫で倒した。
彼女は気持ちよさそうに目を細めている。
今度、労をねぎらってブラッシングでもしてやろう!
と思ってたら、またウメコがペッペッと吐き出した黒い塊を、俺のズボンに擦り付けてきた。
「えっ……ちょっ……ウメコ?!」
──わふ!
スッキリした顔をしたウメコは、俺の腕をスルッとすり抜けて課長の方へ向かっていく。
「…………」
やっぱり俺、泣いていいかな?!
◇◇◇
それから三日も経つと、町民たちの顔色はほとんど改善し、汚染された水が消えたことで町の空気も澄んだものへと変わっていた。
上流、下流の水門の開放によって流れを取り戻した川からは、まず蚊の幼虫であるボウフラがいなくなった。
また、俺が拾ってメイシアが浄化した石は『へそ石』と呼ばれるものだったらしい。
神殿の聖女によって、水害などの厄災避けを祈願された石。
川のほとりに町を作るにあたり、神殿からその石を貰い受けて町の中心部……つまりへそとなる場所に投げ込んだのだそうだ
そのへそ石を正常な状態で再び川に投下したことによって、川の浄化が一気に進んだ。
あの灰色のヘドロも目に見えて減っている。
一週間後には、全町民体制で大清掃をすることに決まった。
それから、いつの間にか蚊のモンスターの巣窟になっていた水門の監視塔だが。
定期的に巡回員を派遣して、上流に異常がないかや、水門の開閉のタイミングなどをチェックすることになったらしい。
副町長も、何故こうなるまで水門のことに気づかなかったのかわからないらしく、首を傾げていた。
更に、建物内にあった『血魔石』だが。
あの建物には、相当な量の血魔石が蓄えられていた。
それだけ、町民たちの被害が大きかったのだろう。
二階部分は、ほぼあの赤く不気味な石で埋め尽くされていたそうだ。
さぞかし処分に困るだろうと思っていたら、何と副町長は目にした瞬間に小躍りして喜んでいた。
血魔石はモンスターだけではなく、人間にも効果があるとのこと。
小指の爪ほどの血魔石を取り込むだけで、増血効果が期待され、新陳代謝が活発になり体調不良も瞬く間に改善されるのだそうだ。
そこで、町民たちに血魔石を配って摂取させたところ、次の日にはもうみんながスキップしながら町内を散歩できるほどに回復していた。
すごい効果だ。
被害にあった全町民に配ってもなお、有り余るほどの血魔石が蓄えられていた。
何もかもが滞っていたこの町の経済を活性化するために、しばらくそれをこの町の特産品にするのだと、副町長は張り切っていた。
血魔石って、結構いい値で売れるらしい……マジか。
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どこの世界でも、人間って本当に逞しいよね。
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