課長と行く異世界の旅〜異世界転移に巻き込まれた課長がチートを発揮している件について。

真辺わ人

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挿話 一方その頃の課長③

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「ふむ……真っ暗だな」

 五島は、空間収納から懐中電灯を取りだした。もちろん彼のモットーは備えあれば憂いなし、だ。

「はぁ、こんなことならば近江くんを押し止めるのではなかったかな」

 自分しかいないその空間で独りごちる。
 足元が大きく揺れた時点で、地震かと思ったのだ。大きな地震の場合は、無闇に動くと転倒して頭を打ったりする危険がある。棚が倒れてきたりなどの状況がない限りは、とりあえずは地震が収まるまではその場に留まる方がいいだろうと判断した。

 しかし、事態は思わぬほうに転がり──というか、まさか地面が崩れるなど誰に予想ができようか。
 不思議なことに、落下に抗おうとすると何故か速度が増すので、一切抵抗をやめてみたらいつの間にか無事地面に到着していたのだが。

「ここは洞窟──のようなものだろうか? 仕方がない。とりあえずは近江くんを探すとしよう」

 懐中電灯の底についている方位磁石を確認してみたものの、二色の針はグルグルと回り続けるだけで、方位はわからなかった。
 森の中にいた時のように、高い木に登って現在地を確認する手も使えない。

「……ああ、そうだ」

 彼はまた空間収納に手を入れてゴソゴソ探ると、小さな銀色の鈴を取り出した。
 熊よけの鈴、である。

 ──チリー……ン。

 試しに振ってみると、狭い空間に小さな音が反響していた。

「こいつを鳴らしながら行けば、近江くんも気がつくだろう」

 それに、懐中電灯の照射範囲は限られる。
 鈴の音の反響は、それ以上の空間の広さの大体の把握にも役立つだろう。音速は秒速約340mだから、音が返ってくるまでに1秒を要すれば、単純計算で壁までの距離が340mあるということだ。
 まぁ、この世界の音の伝わり方が元の世界と同じだと仮定して、になるが。

 ──チリー……ン。

 今いる場所は狭い。しかし、そこから伸びている通路は深く、懐中電灯ごときでは全く先が見えなかった。
 その時、彼は少しの違和感に首を傾げた。
 いつもより、身体が少し重いのである。
 加えて、筋肉の動きがいつもとはどこか違う。

「……」

 じっと、自分の手を見る。

「ふむ……」

 そして、視線をずらし……。

「何と……!」

 人生五十年生きてきて、これほど驚いたことはなかったかもしれない。

「どういうことだ?」

 彼の目は、自分の胸に突然現れた二つの膨らみに戸惑っていた。

「……え?」

 今、史上最高に動揺しているかもしれない。今まで常に冷静に、を心がけてきた彼が。

「これは──」

 震える手でその膨らみを抱えてみると、ずっしりとした重みを感じた。

「………」

 それから、たっぷり五分ほどは固まっていただろうか。
 ふうっと息を吐くと、何事もなかったように歩き出した。
 どうやら今の状況が、彼の思考の限界を超えてしまったらしい。ここにはツッコミ役の近江もいない。
 自分一人でこの異常事態を精査するのは難しいと判断してのことだった。

「さて、近江くんを探さなくてはな」

 どこか白々しく響く自分の声に気付かないふりをしたまま、ない前髪をかき上げようとして、再び固まることになるのだった。

 ぺた、ぺた、と恐る恐る手を頭頂の方へ近づけていく。

「は、生えている!!!」

 不毛の大地であったそこに、確かに感じる手応え。

「ふぉおおうっ!」

 ──カランッ!

 転がり落ちた懐中電灯が、硬い音を立てた。

(髪が! 髪が生えているだと?!)

 信じられない気持ちが半分、泣き出したくなるような気持ちが半分。
 そして、その全てを凌駕するほど、踊り出したくなる気持ちが溢れだしている。

(思えば長い道のりだった──○○社のリ・ヘアーを試したり、頭皮の超音波マッサージに通ったり……家内に無駄金だと鼻で笑われるのにも耐え……)

「ついに、ついに……!」

 感無量、実に感無量である。

「うおおぉぉぉぉ──っ!!!!」

 五島は両腕の拳を突き上げて、軽やかにステップを踏みまくった。
 まるで求愛をダンスで表す鳥のように、華麗に軽やかに豊かな髪をなびかせながら踊った。

(髪が、なびいている!!!)

 自分の動きに合わせてふわふわと髪がなびく感覚は、何ものにも変え難い感動を与えてくれる。
 彼は時間も忘れ、暗闇の中でなびく髪の感覚だけを、ただ一心に感じていた。



「はぁ、はぁ……はぁ……」

 やがて踊り疲れて息を切らし、空間収納から取り出したペットボトルで水分を補給した。
 ついでにタオルで汗を拭く。

「はぁ……取り乱してしまった」

 汗で額に張り付いた髪を払いながら、満面の笑みをこぼす五島。

「あ、あの、すみません……」

「えっ……?」

 懐中電灯を拾った五島が声のした方を照らすと、そこには女性が一人立っていた。

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