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(48)餌付けする課長

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「カオリ……さん?」

 ずいぶん日本的な名前だな。俺たち転移者のお仲間なんだろうか?

「うむ。ここに落とされてから知り合った方でな。彼女も仲間とはぐれたと言うので、一緒に行動をしていたのだよ」
「女性なんですか?」
「うむ」

 建物の陰から、一人の女性が現れた。

(──あれ?)

 その女性を見た瞬間、何だかひどい既視感に襲われる。

 知らない女性のはずなのに、どこかで会った気がする。でも、元の世界にはこんな知り合いはいない。
 異世界に来てから会ったのだろうか?
 不思議に思いながら女性の顔を眺めると、彼女もまた俺の顔を穴が空くほど見つめているのに気がついた。
 やはり、どこかで会ったことがあるのだろうか?

「あの、すみません。失礼ですが、どこかでお会いしたことはありませんか?」

「……っ!」

 俺の言葉に、彼女が息を呑むのがわかった。

「やだなぁ、先輩! 初対面の女性をナンパするなんて。いつの間にそんな口説き文句覚えたんですか? 僕、先輩をそんなチャラ男に育てた覚えはありませんよ?」

 そこへ、何とものんびりとした九重の声が響いた。
 別に、ナンパしようとしていたわけじゃない。
 本当にそう感じたから口にしただけなのに。
 だけど、よく考えたら「どこかでお会いしたことが~」は、ナンパの常套句とも言える言葉だな。

 俺は慌ててその女性に手を差し出した。

「突然すみません。俺は近江って言います。よろしくお願いします」
「あ、えーっと、わ、わたしはカオリです。こちらこそよろしくお願いしますぅ」

 女性は俺の手を握り返して、どこかぎこちない笑顔でそう返した。

 しゃべり方にも既視感を覚えるのは、多分矢城さんに似ているからだと思う。
 そういえば、柴崎とか矢城さんは元気なんだろうか?
 ここのところ忙しくて、思い出すことさえしていなかったな。

 森の中に置き去りにされた俺たちと違って、彼らは王女様とお城へ行ったわけだから、まぁ、野垂れ死にとかはしていないだろうけど……。

 あの時は確かにムカついたけれど、別にもう恨んでなんかいない。
 あいつは元々ああいうやつだったし。
 むしろ、俺とあいつの関係に課長を巻き込んだんじゃないかと思って、ちょっとバツが悪いくらいかな。

(ああ、そうか)

 既視感があるのは、柴崎と同じ場所にピアスをしているせいかもしれない。
 右耳に二つ、左耳に一つ。
 カオリさんという女性の耳には、シルバーのピアスが光っている。

(ま、偶然だろ)

 気にはなったものの、俺はあまり深く考えないことにした。
 それこそが異世界でノーストレスでやっていく極意だ。うん。

 目の前の女性も割と美人だなぁとは思うけど、九重と課長には負けるかな。
 九重はふわふわ清楚系の美少女だし、課長は何だか人外な美貌のお姉様になってしまっている。

 ところで、あの髪の毛、一体どこから生えてきたんだろう?
 女性化する時も、質量保存の法則とか完全無視なんだな、異世界──。
 嬉しそうに自分の髪を触っている課長の、ばーんと突き出た二つの胸を見ながら、何だか感慨深げに思った。

「あ、そういえば、課長! ここまで、どうやって来たんですか?」
「歩いてきたぞ」
「いや、そうでなくて。何か危険な目にはあいませんでしたか? 俺、一回死にかけたんですよ~」

 俺は、課長にあの寄生キノコや九重たちとの再会について話した。

「うーむ……私たちは特に死ぬような目にはあっていないのだが。何度かおかしな奴には襲われたかな?」
「なっ……それが俺の言ってる危険な目ですよ! 何に襲われたんですか?」
「いや、羽の生えた何かと、巨大なトカゲみたいな何かだったな」
「えっ……それで、どうしたんですか?」
「まぁ、対話の暇もなく襲ってくるから応戦したよ。ああ、そういえばトカゲの方は美味かったぞ」

(食ったんかーい!!!)

 心の中で全力で突っ込んだ俺、悪くなくない?
 やっぱり課長の心配は要らなかったな。
 この人、多分どんな状況でも生きていける気がするわ。

「羽の生えた方は残念ながら、食える程の肉がなくてなぁ」

「ああ、それは残念でしたね」

 俺たちは幸い遭遇しなかったけど、やっぱりこの遺跡にも、ダンジョンみたいにモンスターがいるんだな。
 脱出する時には気をつけなくちゃいけないな。

「お肉、残念でしたねぇ……」

「おや。メイシアくん」

 いつの間にかそばには、ヨダレをダラダラと垂らしたメイシアが立っていた。
 え?
 ヨダレをダラダラさせる箇所、今の話にあったっけ?

「トカゲの肉は燻製にしてみたのだが、食べてみるかね?」
「くんせい?! 食べます! もちろん! くだしゃい!」

 おっと──メイシアのヨダレが洪水すぎて、語尾が不明瞭になっている。

「よく噛んでお食べ」

  課長は空間収納から、鮮やかな桜色をした肉塊を出してメイシアに手渡した。

 外見は美女なのに、相変わらず孫にお菓子をあげるおじいちゃんのような課長。
 美女に餌付けされる青髪の元聖女。
 まぁ、ある意味平和な光景だな、うん。
 課長とも無事合流できたことだし、次の問題はこの遺跡からの脱出か。




 そんな俺たちを、さっきの女性が驚愕の顔で眺めていたことには、誰も気が付かなかった。



 
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