【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

月からの流れ星と治療

オグウェノと髪の色

　クリスはベレンを押し退けるように前に出ると、コンスタンティヌスに淡々と質問をした。

「一つ聞くが、オグウェノこいつの何を見て〝神に棄てられた一族〟と判断した？」

　コンスタンティヌスが鼻で笑う。

「その髪と目だ。今は布で隠しているが、その金髪と緑の目は〝神に棄てられた一族〟以外にあり得ぬ」
「そうだな。確かに金色だ」

　クリスは同意しながらオグウェノが被っている白い布をはぎ取った。太陽のように輝く金髪を前に騎士や兵士たちが下がる。

「で、これがこいつの本当の髪の色だと思っているのか？」

　全員がオグウェノの髪に注目する。コンスタンティヌスが再び鼻で笑った。

「入城した時、本人確認のため魔法の類で外見を変えていないか確認済だ。魔法は一切使っていない」
「魔法以外の方法で髪の色を変えていたら？」
「なに？」

　クリスはオグウェノの頭部に手をかざした。

『毛髪促進』

　オグウェノの髪の毛が一気に背中まで伸びる。

「おい！　なにすんだ！」

　オグウェノが長く伸びた前髪をかきわけた。毛先は金髪だが、根元は黒。
　その髪色にコンスタンティヌスが絶句した。

「こいつは髪を金色の染料で塗っていただけ。元々は黒髪だ」

　一瞬唇を噛んだコンスタンティヌスだが、すぐに思考を切り替えた。

「何故、そのようなことをした？」
「交渉を有利に運ぶために外見を利用することは、よくある。そもそも〝神に棄てられた一族〟の特性を考えれば、こいつがその一族ではないと分かるだろ？　それとも、現帝から何も教えられていないのか？」
「ぐっ……」
「こいつが気に入らないなら、さっさと品書きと詫びの品を受け取って立ち去らせろ」
「い、言われなくても、そのようにする」

　コンスタンティヌスが話を切ろうとしたところで、誰もが知る声が響いた。

「待て」

　騎士たちが二手に割れ、現帝が登場する。

「オグウェノ第四王子、この度の件はこれで流そう。だが、次はないぞ」

　オグウェノの雰囲気がフッと変わり威圧が周囲を包む。現帝の近くにいた数人の兵が自然と平伏しかけ、慌てて姿勢を正した。

「寛大な計らい、感謝する」
「ケリーマ王国とは、今後も友好な関係を築いていきたいのでな。貸しにしておく」
「そうだな。ところで、しばらくこの国に滞在したいのだが、良いか？」

　オグウェノの申し出に、コンスタンティヌスが身を乗りだす。

「こんな騒ぎを起こして、なにをぬけぬけと……」
「よい」
「父上！？」

　異議を唱えようとするコンスタンティヌスに、オグウェノが説明した。

「旅の続きだ。滞在中に問題が起きれば、我を連行して煮るなり焼くなりすればいい」

　そこまで言われたコンスタンティヌスが不満を隠すことなく睨む。

「では、問題を起こさぬように過ごすことだな」

　コンスタンティヌスが護衛を連れて去る。その後ろ姿に、現帝が息を吐いた。

「まだまだ、だな」
「よく出来た息子じゃないか」

　いつもの雰囲気に戻ったオグウェノの軽い言葉に現王が苦笑いをする。

「いや。国を背負うには、まだまだだ。それに比べ、ヴィグ王は上手く跡継ぎを育てられたようだ」
「ん？　オレは跡を継がないぞ」
「なんと！？」

　驚く現帝にオグウェノが当然のように言った。

「オレよりも姉貴たちのほうが適任だからな」
「次も女が跡を継ぐのか？」
「男とか女とかは関係ない。優秀なヤツが継ぐだけだ」
「……そうか」

　現帝が微妙な顔になる。

「ところで飛空艇を着水させて品を下ろしたいのだが、近くに広い川か湖はないか？」
「それなら、近くの川がいいだろう。案内を」

　現帝の声に、以前クリスたちを案内をした若い執事が現れた。

「こちらへどうぞ」

　若い執事に誘導され、オグウェノが飛空艇を帝城の近くの大きな川へ移動させる。

　飛空艇が着水して固定が終わると、すぐに荷下ろしが始まった。屈強な男たちが次々と積荷を下ろす。その人たちに混じり、ルドたちも飛空艇から降りた。

　馬車の前に立つクリスたちを見つけ、ルドが駆け寄る。

「師匠！」
「疲れたな」

　空から降りてきた大きな帆船に野次馬が集まる。これ以上、注目される前に姿を消したい。

「帰りますか？」
「あぁ。明日の準備をしないといけないからな」

　飛空艇から降りてきたカリストとラミラもクリスの側に来る。そこに、荷下ろしの指示をしていたオグウェノが走ってきた。

「月姫はどこに泊まるんだ？」

　ルドが視線をキツくする。

「その呼び方は……」
「いい。私が好きにしろと言ったんだ。どうせ拒否しても、こいつは呼び方を変える気などないからな」
「ですが……」
「文句があるなら、こいつを直接説得しろ。で、話を戻すが、今は犬の実家に厄介になっている」
「それならオレも……」

　手を上げて便乗しようとしたオグウェノの肩に白い華奢な手がのった。

「ケリーマ王国の王子が城に泊まらないで、どこに泊まるというのです？」

　オグウェノが振り返ると、良い笑顔をしたベレンが。

「帝都にいる他国の王子を臣下の屋敷に泊まらせるなんて、我が国の顔に泥を塗るつもりです？」
「い、いや。そんなつもりでは……」
「では、帝城にお泊り下さい。現帝から許可は得ています」
「いつの間に！？」

　オグウェノがガックリと肩を下ろす。その様子を見ながらクリスは言いにくそうに口を挟んだ。

「さっきは……その、悪かったな」
「ん？　なんのことだ？」
「お前が〝神に棄てられた一族〟ではないと言って」
「あぁ、アレ。別に気にしてないぞ。確かに一時は悩んだけど、オレがお袋から産まれたことは事実だからな。周りがどう言おうが関係ない。むしろ、この外見を利用するだけだ」

　オグウェノが長くなった髪を一つにまとめて、ニヤリと笑う。

「強いな」
「そんなことないぞ。これでも、ふとした時に悩むことがある」

　クリスは一歩前に出て、オグウェノとの距離を詰めた。

「そういう時は、どうするんだ？」

　オグウェノが無言でクリスに手を伸ばす。クリスの頬に手が触れる直前で白い服が遮った。ルドの琥珀の瞳とオグウェノの深緑の瞳が睨み合う。
　そこに、クリスがルドの背中から顔を出した。

「どうした？」

　クリスの声でルドがハッとした表情になり、慌てて振り返る。

「す、すみません。あの、話の邪魔をするつもりは、なかったのですが……」

　うろたえるルドにクリスは首を傾げた。

「オグウェノに用があったのか？」
「いえ、そういうわけでは……あの、自分でもよく分からなくて……」

　なぜ二人の間に入ったのか、ルド自身が理解していなかった。困惑しているルドにオグウェノが笑う。

「まったく、面白いな」

　深緑の瞳が鋭くなり、威圧が周囲を包む。

「二人とも、ケリーマ王国に欲しくなる」
「絶対！　ダメですわ！　二人は渡しませんからね！」

　必死なベレンにオグウェノが表情を緩めた。

「大丈夫だ。その時は、おまえも一緒に来ればいい。イディも気に入っているようだからな」
「なっ！　なんで！　イディが出てきますの！？」

　顔を真っ赤にして両手を振り回すベレンの姿にクリスが呟く。

「あぁ、そういうことか」

　納得しているクリスに、ベレンが掴みかかる。

「そういうことか、ではありませんわ！」
「では、どういうことだ？」
「何もありません！」

　否定するベレンにクリスはニヤリと笑った。

「では、なぜそんなに騒ぐ？」
「騒いでおりません！」

　クリスとベレンのやり取りと眺めながら、ラミラが呟く。

「どうして人の恋愛は分かるのに、ご自分のことになると疎いのでしょう……」
「それがクリス様ですから」

　ラミラとカリストは楽しそうにベレンをからかうクリスを見守った。