【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
204 / 243
振り返りからの進展

それは、クリスの回想でした

しおりを挟む
 乾いた風に強い日差し。日陰にいる分には問題ないが、少しでも素肌に日が当たると、焼けるようにチリチリと痛みが走る。
 砂漠特有の気候で人間が過ごすには過酷な環境。だが、植物は葉を広げ育っている。
 そんな庭を眺めながら、クリスはポツリとこぼした。

「人は……弱いな」

 いつも側にいるのが当たり前だったのに。いつも笑顔で、犬のように後をついてまわっていた。魔法を教えればキラキラと琥珀の瞳を輝かせて、こちらを見てくる。

 それが、いつからだろう。

 その笑顔に胸を締め付けられるような、苦しく感じるようになったのは。

 いつからだろう。

 他の人と話している姿に、いら立ちがこみ上げるようになったのは。気が付くと、その姿を探すようになったのは……

 こんなに感情を乱されるなら、側にいないほうがいい。そう思っていた。だが、実際にいなくなると、スッポリと半身を失くしたような、虚しさが心を占める。

「いや……私が弱いのか……」

 椅子に座ったまま深緑の瞳を閉じる。

『師匠』

 微睡の中、懐かしい声がする。ぼんやりとした背景の前に立つ人影。

「夢……か」

 夢と分かっていても……いや、夢だからこそ人影に近づく。
 風になびく赤い髪。温かい微笑みとともに差し出される武骨な手。顔をあげれば人懐っこい琥珀の瞳。

 カチャ。

 茶器が擦れた音で現実に引き戻される。クリスは慌てて目を開けて飛び起きた。
 その様子にラミラが驚いて手を止める。

「すみません。起きておられると思っておりまして……」

 クリスは大きく息を吐くと安堵したように全身を椅子に預けた。

「いや。考え事をしていただけだ」
「外出続きで、お疲れなのではないですか?」
「……大丈夫だ。それより、犬に変わった様子はないか?」
「ありません」
「そうか」

 どこかホッとした様子のクリスにラミラが紅茶を差し出す。
 その匂いにクリスは体を起こした。

「どうぞ」

 勧められるままクリスが紅茶に口をつける。慣れ親しんだ味に張りつめていた心が少し緩む。ポタポタと目から雫が落ちた。

「ク、クリス様!?」

 動揺するラミラにクリスが顔をあげる。

「雨、か?」
「違います!」

 ラミラが速攻でツッコんだ。クリスは平然と手の甲で目元を拭った。

「冗談だ。オークニーの屋敷から茶葉を持ってきていたのか?」
「はい」

 屋敷でよく飲んでいた紅茶。香料も砂糖もミルクも入っていないストレートティー。無理やりにでもオークニーのことを思い出す。

「……これが懐かしいという感覚か」
「クリス様?」

 よく聞き取れなかったラミラが首を傾げる。クリスは椅子から立ち上がった。

「疲れているようだ。少し休む」
「は、はい」

 クリスは自室に戻りベッドに倒れた。



 体も精神も相当疲労していたらしく、ぐっすりと眠っていた。
 クリスが目覚めたのはノックの音がきっかけだった。

「月姫?」

 ドアの向こうからオグウェノの声。クリスが目を開けると周囲は真っ暗だった。ベッドから下りてドアへ移動する。

「どうした?」
「開けてもいいか?」
「あぁ」

 ドアが開き、オグウェノが暗い室内を覗きながら訊ねた。

「寝ていたのか?」
「ちょうど起きたところだ」

 クリスが室内の明かりをつけようとした手をオグウェノが止める。

「食事を準備したのだが、いつもと場所を変えて食べないか?」
「場所を?」
「あぁ。ついてきてくれ」

 布で素早く髪を隠したクリスは黙ってオグウェノの後を歩いた。


 連れて行かれた先はオグウェノとルドがサシ呑みと、殴りあいをした場所。

 泉からは尽きることなく透明な清水が湧き出し、白い大理石の柱が立つ。中央にドーム型の屋根がついたテラスがあり、そこに料理と酒が並んでいた。

「暗いな」
「まあ、見ていろ」

 オグウェノが男前の笑みとともに右手を出す。

『灯よ、星とともに舞え』

 手のひらサイズの光球がオグウェノの右手の上に数個現れた。オグウェノが光球を撫でるように手を動かす。
 すると、周囲に点々と明りが灯り、鏡のように泉に反射して、幻想的な空間へと変わった。

 これで落ちない女はいない、と言わんばかりの雰囲気を作り上げたオグウェノが自信満々にクリスを見る。
 ところが、クリスは感動どころか、興味さえ持った様子もなく腰を下ろした。
 あまりのことにオグウェノがおずおずと声をかける。

「つ、月姫?」

 クリスが顔をあげて周囲を見回した。

「もう少し明るくできないか? 料理がよく見えない」
「……わかった」

 オグウェノが諦めたように指を鳴らす。それだけで光球が倍の輝きになった。と、同時に幻想的な世界は消え、昼の明るさとなる。

「これでいい」

 満足するクリスにオグウェノはガックリと肩を落とした。

「そうか。まあ、月姫がそれでいいなら、いいんだが……いいんだが……いや、でも、やはりムードというか、雰囲気ぐらい……」

 いじけるオグウェノにクリスが声をかける。

「先に食べるぞ」
「あぁ」

 すべてを諦めたオグウェノはクリスと向かい合うように床に座った。

「おまえは食べたのか?」

 食事量が一人前だったので、クリスがメイン料理を自分の方へ引き寄せる。そして、酒のつまみになるような物と、酒瓶をオグウェノの方へ移動させた。
 オグウェノがグラスに酒を注ぎながら頷く。

「オレは食べてきた。飲まないか? この酒は甘くて飲みやすいぞ。アルコールもそんなに強くない」

 自分のグラスに注いだのとは別の酒をクリスに勧める。オシャレな細い瓶に気泡が浮かぶピンク色の酒。
 クリスは少し考えて答えた。

「では、食後にもらおう」

 パクパクと食べていくクリスをオグウェノが深緑の瞳を細めて眺める。雑なように見えて食事をする動作は優雅で綺麗。
 そんなオグウェノの視線に気づいたクリスが顔をあげる。

「どうした?」
「ムワイが聞き出したことを報告しようと思ってな」
「なにか分かったことがあるか?」
「ムワイ曰く、今の赤狼は剣を出した時と魔力が微かに違うそうだ」

 クリスが食事をしていた手を止める。

「どういうことだ? 人は生まれもった魔力が途中で変わる、ということはないはずだが?」
「だが、ムワイは微かに他の魔力を感じたそうだ。その魔力が混じったことで変わったらしい」
「カリストが魔力の変化を感じないほどの変化か? そもそもカリストは、魔力が犬のものだから犬の影にも移動できる、と断言していたぞ?」
「微かな変化なんだろうな。赤狼の魔力に一滴、別の魔力が混じったようなものだそうだ。だから本質は変わらないし、ほぼ赤狼の魔力だ。だが、一滴は一滴だ。魔力は変わった」

 クリスが食事を再開する。

「だが、その変化は性格を変えるほどのものではないだろ?」
「あぁ。微かな変化だからな。性格に影響が出るとは思えん」
「なら、問題ない。だが、その混じった一滴の魔力は、誰の魔力だ?」
「どこの誰かは分からんが、赤狼が竜巻を消した時に使った場所に残っていた魔力と同じ、だそうだ」
「やはり、あの魔法が怪しいか。で、今ムワイは何をしているんだ? まだ、犬に質問しているのか?」 

 ムワイの性格を考えれば、まだまだ質問攻めにしていてもおかしくない。
 オグウェノはグラスに口をつけながら言った。 

「それが、またいいタイミングで、赤狼が資料として自分の髪の毛を数本差し出したんだ。それに大喜びしたムワイは、髪の毛を持って急いで研究に戻った」
「研究一筋で羨ましいな」

 オグウェノが細いグラスに酒とフルーツを入れ、クリスに差し出す。

「しかし、それで体を壊したら元も子もないからな。食事と休養、あと気分転換も必要だぞ」
「……そうだな」

 クリスはグラスを手に取り、ゆっくりと口を付けた。ほのかな甘みがあるが、炭酸が後味をスッキリさせる。

「美味いな」

 そう言って酒をジュース感覚で呑んだ結果……

「だから。私はぁ。犬のことはぁ。なぁーんとも、思ってないのにだなぁ」

 クリスは見事に酔っぱらい、オグウェノに絡んでいた。






しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする

葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。 そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった! ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――? 意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

処理中です...