【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

文字の大きさ
208 / 243
振り返りからの進展

それは、終わりの始まりでした

しおりを挟む
 オグウェノがクリスを庇うように前に立つ。
 二人の視線の先では体が思うように動かず、一歩一歩が重いルドがいる。琥珀の瞳は怒りで燃え、全身から吹き出した魔力が周囲を灰へと変えていく。

 オグウェノが背後に庇っているクリスにそっと訊ねた。

「月姫、次の手はあるか?」
「ない」

 クリスがキッパリと断言する。オグウェノは苦笑いを浮かべながら視線を落とした。二人の足元には、かろうじて息をしているイディがいる。
 クリスは手をかざしてイディの全身を診た。

「こいつも魔力の使い過ぎだ。自分を回復するための魔力も残ってない。これでは治療が出来ない」
「オレを守るために限界を超えて無理をしていたからな。担いで逃げるしかないか」
「いや、下手に動かすのも危険だ。首や背中の骨にヒビが入っている。固定してから動かさなければ骨が折れるし、神経を傷つければ手足が動かなくなる」
「そんな悠長なことをしている時間はないぞ」

 クリスとオグウェノの額に汗が流れる。お互いにイディを見捨てる気はない。対策を考えている間にも殺気をまとったルドが少しずつ、だが確実に距離を詰めてくる。

 二人が同時に息を飲む。じっとりと嫌な汗が全身を濡らす。

 オグウェノがクリスに提案した。

「月姫は増援を呼んできてくれ。イディを運べるだけの人数が来れば、連れて逃げられる」
「それなら、おまえが呼んできてくれ。あいつの狙いは私だ。おまえならすぐに殺されるが、私をすぐに殺すつもりはないようだからな。時間稼ぎをするなら、私のほうがいいだろう。だが、外から侵入できないように結界が張られているぞ」
「厄介なことをしてくれてるな。増援がこない理由は、それか」

 話し合いながらも、二人とも視線をルドから外さない。まだ距離はあるが油断はできない。

 外見はルドだが、中身は戦の神。

 オグウェノがクリスを庇いながらジリジリと下がる。

「フッ」

 ルドが軽く息を吐いただけで熱風が襲いかかった。オグウェノが腕を広げてクリスの前に立つが体を巻き上げられ、吹き飛ばされる。

「ガハッ!」

 オグウェノは壁に背中を叩きつけられ、地面に落ちた。
 熱風で喉が焼け付き、息をするだけで熱と痛みが走る。口の中の砂を噛み締めつつ、オグウェノは動かない体を無理やり起こした。どうにか視線を上げると、クリスに迫っているルドの姿がある。

「月ひ……逃げ……ゴホッ、ガハッ」

 鉄の味とともに血を吐き出す。

「オグウェノ!」

 クリスはオグウェノの下へ駆け出そうとしたが足が動かなかった。全身が凍ったように固まっている。

「さぁて、どうするか」

 声だけで心臓を鷲掴みにされる。クリスは視線だけをルドの方へ向けた。琥珀の瞳が怪しく光り、クリスの全身を舐めるようにジットリとねめつける。普段のルドからは想像もできない表情。

 クリスが両手をキツク握り、体が震えないように堪える。だが、それだけで精一杯だった。少しでも声を出せば恐怖に押し潰されてしまう。

 ひたすら睨み返すしか出来ない。そんなクリスにルドがゆっくりと手を伸ばす。

「赤狼……やめ、ろっ!」

 オグウェノの叫びも虚しく、声がかすれて届かない。

 クリスに触れる直前でルドの手が止まり、顔が湖の方を向く。

 クリスとオグウェノもつられてそちらを見ると、湖面に立つカリストがいた。
 漆黒の髪は夜の闇にも溶けることなく存在を主張し、美麗な顔立ちの中で黒曜の瞳がより美しく輝く。月明かりの下、幻のように艶麗に微笑む。

「カリ……スト? なぜ、ここに!? いくら呼んでも反応がなかったのに!?」

 驚くクリスにカリストはいつも通り優雅に頭をさげた。

「申し訳ございません。準備に少々手間取っておりましたので」
「準備?」
「はい」

 カリストが漆黒の瞳をルドに向ける。静かにカリストを睨んでいたルドは思い出したように叫んだ。

「貴様、何度か見た……まさか、黒の一族か!? 何故、気づかなかったのだ!? いや、それより黒の一族は遥か昔に滅ぼし……」
「うるさいですよ」

 カリストの声に応えるように影が伸びる。地面から伸びた影は立体になり、頭が三つある竜へと姿を変えた。

「しばらく、喰われていてください」
「なにを!」

 ルドが抵抗しようとするが、それより早く影が囲む。ルドが急いで魔法を詠唱する。

『火めっ』

 詠唱の途中で三つ首がルドを一斉に食べた。

「なっ!?」
「赤狼!?」

 突然の展開にクリスとオグウェノが絶句する。カリストは靴を濡らすことなく湖の上を歩いて二人の前へ移動した。

「影の中に閉じ込めただけですので、犬の体は無事ですよ」
「そうか……」
「本当か?」

 安堵するクリスとは反対に、オグウェノは警戒を解かない。クリスが安心させるように説明する。

「こいつはこう見えて、犬のことを結構気に入っている。大丈夫だ」
「簡単に信用するのは危険だ。オレたちがあんなに苦戦した相手を、軽く影に閉じ込めたんだぞ」
「それは、あなた方の功績のおかげです。あそこまで動きを押さえていなければ、影の中に閉じ込めることは、出来ませんでしたから」
「……本当か?」

 オグウェノは疑いの視線を緩めない。クリスは肩をすくめながらカリストに訊ねた。

「とりあえず、犬のことはおまえに任せて大丈夫なんだな?」
「しばらくは大丈夫です」
「しばらく……か。では、人を呼んできてくれ。イディの体を固定して運ばないといけないし、オグウェノの治療が必要だ。私は魔力をほとんど使いきってしまったからな」
「私が呼ばなくても、すぐに来ますよ。犬を影に閉じ込めたので、周囲に張られていた結界は消えましたから。人が来る前に髪を隠しておきましょう」

 カリストがクリスの頭に布を巻いて髪を隠す。そこに、警備兵から治療医師まで、続々と人が流れ込んできた。治療医師の指示でイディの体が固定されて運ばれる。
 オグウェノは他の治療医師がすぐに治療をした。しかし、オグウェノ自身の魔力の残りが少なかったため、完璧には治療ができなかった。

「動けるだけマシか」

 動くたびに痛む体に耐えながらオグウェノが呟く。

「イディ!? イディ!」

 走って来たベレンが運ばれるイディにすがりつく。そちらに気を取られていると、ラミラがクリスの足元で跪き、頭を下げていた。

「申し訳ございません」
「どうした?」
「クリス様が危険な時に側にいることができず……護衛失格です」

 ラミラが下げていた頭をますます低くする。

「結界が張ってあって入れなかったのだろう? ならば仕方ない」
「ですが!」

 悔しさで震えているラミラの頭を、クリスが軽くポンポンと撫でる。

「え?」

 ラミラが驚いて顔を上げる。するとクリスが疲れたように笑っていた。

「まだ、終わってはいない。おまえにはベレンの護衛を頼みたいんだが、いいか?」
「ですが!」
「私は、まだしないといけないことがある。とてもベレンのことまで気を回せないんだ」

 そう言った視線の先には、運ばれるイディを泣きながら追いかけるベレンの姿がある。

「ベレンには、いろいろ助けられてきた。私の代わりに支えてやってくれないか? これは、おまえにしか頼めないことだ」

 ラミラは口を動かしかけたが、グッと力を入れて堪えた。再び頭を下げる。

「……わかりました」
「ありがとう」

 クリスがラミラの肩に手をのせる。ラミラは一礼すると、仕事を遂行するため、素早くベレンのところへ移動した。

「さて」

 クリスがカリストの方を向く。

「いろいろ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「夜も遅いですし、先におやすみになりませんか?」
「どうせ眠れん」
「そうですね。では、お茶を準備しましょう」
「オレも共に聞くぞ」

 オグウェノが断られてもついて行く、という気迫を隠すことなく出している。カリストは拒否することなく、微笑みを浮かべて頷いた。

「ご一緒にどうぞ」

 三人は別のテラスに移動した。木々が植えられた小さな庭に、ソファーが並んでいる。
 オグウェノはソファーに寝転んだ。クリスは一人掛け用のソファーに座る。クッションがほどよく沈み込む。
 カリストはいつも通りの流れる動きで紅茶を淹れ、それぞれのソファーの近くにあるテーブルに並べた。紅茶と茶菓子を並べ終えたところで、カリストが二人に訊ねる。

「さて、なにをお話ししましょうか?」
「そうだなぁ……」

 クリスが紅茶を飲みながら考える。乾いた体に紅茶が染み渡っていく。ほぅ、と一息ついていると、オグウェノが率直に聞いた。

「おまえは何者だ?」
「そうですねぇ……では、私の一族の話からしましょうか」

 カリストの声が夜更けに溶けた。







しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

病弱な第四皇子は屈強な皇帝となって、兎耳宮廷薬師に求愛する

藤原 秋
恋愛
大規模な自然災害により絶滅寸前となった兎耳族の生き残りは、大帝国の皇帝の計らいにより宮廷で保護という名目の軟禁下に置かれている。 彼らは宮廷内の仕事に従事しながら、一切の外出を許可されず、婚姻は同族間のみと定義づけられ、宮廷内の籠の鳥と化していた。 そんな中、宮廷薬師となった兎耳族のユーファは、帝国に滅ぼされたアズール王国の王子で今は皇宮の側用人となったスレンツェと共に、生まれつき病弱で両親から次期皇帝候補になることはないと見限られた五歳の第四皇子フラムアーク付きとなり、皇子という地位にありながら冷遇された彼を献身的に支えてきた。 フラムアークはユーファに懐き、スレンツェを慕い、成長と共に少しずつ丈夫になっていく。 だがそれは、彼が現実という名の壁に直面し、自らの境遇に立ち向かっていかねばならないことを意味していた―――。 柔和な性格ながら確たる覚悟を内に秘め、男としての牙を隠す第四皇子と、高潔で侠気に富み、自らの過去と戦いながら彼を補佐する亡国の王子、彼らの心の支えとなり、国の制約と湧き起こる感情の狭間で葛藤する亜人の宮廷薬師。 三者三様の立ち位置にある彼らが手を携え合い、ひとつひとつ困難を乗り越えて掴み取る、思慕と軌跡の逆転劇。

喪女なのに狼さんたちに溺愛されています

和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です! 聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。 ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。 森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ? ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

処理中です...