【完結】秀才の男装治療師が女性恐怖症のわんこ弟子に溺愛されるまで

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後日談

ルドの断末魔

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 帝都にある魔法騎士団の宿舎。その食堂のテーブルにルドはうつ伏せていた。その目に生気はなく、口からはブツブツと呪怨が垂れ流れる。
 そんなルドを仲間の騎士たちは声をかけるでもなく、遠巻きに眺めていた。

 ルドの直属の上司であり、第一部隊の副隊長であるアウルスが隣で食事をするウルバヌスに訊ねる。

「ルドはどうしたんだ?」
「師匠不足、だそうです」

 よく見れば、こちらも死にそうな顔をしている。いつも滑らかな髪がボサボサに毛羽立ち、目の下にクマがある。

「どうした? 顔色が悪いぞ」
「新しい治療魔法を覚えるのに、寝不足でして……」
「それにしても酷い顔だな」
「魔力のコントロールが物凄く難しいのです。これなら冬の山越えの演習のほうが、ずっとマシです」
「そんなに大変なのか?」
「それは、もう……ひたすら植物相手に魔力のコントロールです。少しでも魔力が多いと植物は枯れてしまうので、凄く神経を使います。そして、魔力が尽きれば、書を読み、新しい治療魔法と人体構造の暗記。そして魔力が戻れば、再び植物相手に魔力のコントロール。この繰り返しです」

 細かい魔力のコントロールと座学が苦手なアウルスの顔が引きつる。

「それは大変だな」
「しかも、魔法騎士団の騎士オレたちが新しい治療魔法を覚えるまで、ルドは師匠とかいう、あの治療師に会えないそうで。もう、とにかく必死に教え込んでくるんですよ。そんなの知るかって感じです」

 ウルバヌスは力なくテーブルに俯せた。アウルスが脱力したウルバヌスと、抜け殻になっているルドを見比べる。

「第三皇子がしそうなことだな」
「きっと、この状況を楽しんでますよ。おかげで、こっちは最悪です」
「なら、ルドをその治療師と会わせたらいいだろ」
「え?」

 アウルスが食べかけの肉の塊を頬張る。

「偶然を装って二人を会わせるんだ。そうすれば、ルドも少しは落ちつくだろ」
「その手がありました! さっそく!」

 急いで食事を平らげたウルバヌスは、新しい治療魔法の勉強で苦悶している仲間たちに声をかけた。


 闇のごとき濃霧を撒き散らしながら、ズルズルと暗い影が廊下を移動する。その気配と異様さから、屈強の騎士たちも本能的に道を開ける。
 琥珀の瞳は濁り、ブツブツと口から漏れ出る言葉は誰も聞き取れない。

「せっかく師匠と両想いになれたのに……ずっと会えてない。最後に会ったのは、いつだ? いつになったら、自由に師匠と会えるんだ? いつになったら、師匠のそばに……師匠、師匠はどこだ……」

 今は落ち着いているが、いつ魔法騎士団が出陣する事態になるか分からない。早急に新しい治療魔法を教え、最低限の治療が出来るようにしなければならない。それは時間との戦いでもあった。
 それには、家と魔法騎士団の本部を往復する時間と体力さえも惜しい。

 その結果、ルドは魔法騎士団の宿舎に寝泊まりをすることに。そのため、ルドの実家にいるクリスと会えていない。

 魔法騎士団の騎士たちが最低限の治療魔法を使えるようになれば、家に帰れる。が、その前に自分が発狂する。

(せめて声だけ……声だけでも……)

「おい」

 無愛想に呼ぶ声。ついに、師匠の幻聴まで聞こえてきた。

「どうした?」
「師匠?」

 ルドが顔を上げるとクリスがいた。黒い治療師服を女性用のドレス風に仕立て直した服。首から下げている白のストラ。
 クリスしか着ることが出来ない服。

「師匠!? ほ、本物ですか!?」
「本物も偽物もないが……どうしたんだ? 顔色が悪いぞ。ちゃんと食べっ……グッ」

 腕の中でクリスが呻く。ルドはクリスの首に顔を埋めて深呼吸をした。

「はぁ……師匠だ……」

 しみじみとクリスを堪能する。どす黒い気配が消え、清々しく爽やかな風が吹き抜ける。ルドの顔に生気が戻り、明るくなった。
 あまりの変化にクリスが訊ねる。

「どうしたんだ?」
「師匠不足で倒れかけていました」
「なんだ、それは?」
「ずっと師匠と会えていなかったんですよ? 師匠は寂しくなかったのですか?」

 クリスが顔を赤くして俯く。逃げたくてもルドにしっかりと腰を捕まれているため、動くこともできない。

「いや、それは、その……」
「ん? よく聞こえませんが?」

 ゴニョゴニョと言葉を濁すクリスの口元にルドが耳を寄せる。

「その、私も……さみしかっ……」
「もっと大きな声で言わないと、聞こえませんよ?」
「おまっ、わざと言ってるだろ!」
「そんなこと、ありません」

 クリスが目を潤ませて睨む。しかしルドは、それもご褒美です、と言わんばかりの溶けた笑みで見つめる。

 二人から漂うド甘い空気。蜂蜜やチョコレートを無理やり突っ込まれたように口の中が甘い。

 そもそも、魔法騎士団は世の女性から見たら魅力的な相手。だが、出会う場面がない。そのため、魔法騎士団の騎士たちは一人身が多かった。
 それゆえ、徐々に集まる嫉妬と妬みと、その他もろもろの視線。

「だ、だが、三日前に会っただろ? 帝城での定期報告……」

「「「「「はい、終了!」」」」」

 魔法騎士団の騎士たちがルドを拘束して強制的に引き離す。

「なんだよ、たった三日じゃねぇーか!」
「まるで百日ぐらい会ってない顔しやがって!」
「茶番だ! 茶番!」
「おら、さっさと人体構造とやらの本を書き写して、オレたちに配れ。全然、冊数が足りてないんだよ」
「へっ!? ちょっ、離し……師匠! ししょうぅぅぅうぅ!」

 さすがのルドも、複数の騎士に拘束されたら逃げ出せない。見守っていたウルバヌスがクリスの隣に来る。

「わざわざ来てもらったのに、すみません」
「犬が指導できているか確認するために、ここへ来る予定だったからな。ついで、だ」
「ですが、まさか三日会えていないだけだったとは……」
「いや、私も会えて嬉しかっ……な、なんでもない! なんでもないぞ!」

 クリスが慌てて口元を隠して否定する。頬は羞恥でほんのり赤くなっている。以前、会った時はいけ好かない不愛想な治療師だったが、こうして見ると可愛らしい乙女だ。

 ウルバヌスが微笑む。

「どうせなら、宿舎内も案内しましょうか? 魔法騎士団の宿舎なんて、滅多に見れませんよ?」
「いや、次の予定が……」
「あ、ルドが使っている部屋とか見てみます?」
「なにっ!?」

 断ろうとしていたクリスがピクリと動く。無表情を装いながらも深緑の瞳は興味津々だ。
 ウルバヌスが上品な笑顔でクリスに手を差し出す。

「では、さっそく……」
「ウゥールゥーバァーヌゥースゥー!?」

 ウルバヌスの背後から殺気が上る。振り返らなくても誰の殺気か分かる。
 ボロボロになったルドがウルバヌスの肩を掴んだ。

「今日は治療魔法を人にかける練習をする予定です。なので、怪我をしていただけませんか?」
「いや、待て。早まるな」
「火傷するだけでいいです。あ、骨折でもいいですよ?」
「他をあたってくれ!」

 逃げるウルバヌスをルドが追いかける。
 クリスが呆れたように眺めていると、魔法騎士団長のダーチェが現れた。短く刈り込んだ灰色の髪に、くすんだ青い瞳。渋く年配の落ち着きがある。

「騒がしくて、すまない」
「いや。犬が元気そうで安心した」
「犬……か。魔法騎士団のエースも、治療師総統の前では形無しだな」

 ダーチェは改めてクリスの正面に立つと、まっすぐ頭を下げた。

「シェットランド領侵攻時の、こちらへの配慮。恩に着る。おかげで自国民を傷つけるという、最悪の事態を防げた」

 団長自らが頭を下げた。しかも、女に。
 その光景によるざわつきが周囲に伝播する。しかし、クリスは気にすることなく言った。

「気にするな。それに、あのまま攻めてこられても、領民は傷つけさせなかった」
「ルドから聞いた。それだけの攻撃力、防御力がありながら、部下たちが傷つかないよう最大限の配慮をされていた、と」
「こちらも無駄に傷つけるのは本意ではない。そもそも、クラウディウスの暴走が原因だ。おまえが気に病むことではない」
「そうもいかない」

 ダーチェが目元にシワを寄せ、年齢を重ねた渋みがある笑みを浮かべる。

「礼もかねて、食事を奢らせてもらえないかな?」
「え?」
「だぁーんぅーちょぉーおぉぉぉぉ?」

 クリスは突然、背後から抱きしめられた。ルドがダーチェからクリスを引き離す。

「油断も隙もないんですから! 師匠、団長の言葉に騙されないでください。この人は隙あらば食事に誘う、人たらしです」
「人たらし?」

 ダーチェが落ち着いた雰囲気を消し、軽い口調でルドに訊ねる。

「思ったより早く戻ってきたな。治療魔法の講義は?」
「怪我の治療を実地でするために演習で怪我をしてもらっているところです」
「慣れない治療魔法の実験台になりたくないから、みな必死だろうな」

 ルドはダーチェを睨んだ後、途中で捕まえたアウルスにクリスを差し出した。

「頼りになるのは、堅物の副隊長だけです。師匠をお願いします。師匠、副隊長から離れたらダメですよ」
「……私は子どもか?」
「では、頼みましたよ!」

 ルドが走って消える。アウルスが肩をすくめてクリスに視線を落とした。

「忙しい身の上だろう? さっさと仕事を済ませよう。どこに案内すればいい?」
「では、犬が指導している治療魔法の内容が分かるものを……」

 こうしてルドはクリスが視察に来ていても、まともに会話できないまま、その日を終えた。


「いつになったら師匠とゆっくり会えるんだぁぁぁぁぁ」

 ルドの断末魔の叫びを残して。







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