【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
2 / 63

論文ですが、脅されました

しおりを挟む

 私は自分の下にいる青年を凝視した。


 顔は文句なしのイケメン。その頭上にはペストマスク。

 服はグレーのVネックカットソーに、ふくらはぎがチラ見えする、黒のドロップドパンツ。シンプルでカッコいい服装。
 しかも、適度に鍛えられた体。


(うん、これは女の子にモテる)


 特徴的な薄い茶色の瞳と目が合う。そこで、意地悪く笑われた。


「おねぇーさん。イタイケな大学生を押し倒すのは、良くないと思うけど?」

「ふぇ!? お、押し倒っ!?」


 一瞬で顔が沸騰する。


(まったくもって、そのような気はなかったのですが!)


 慌てて飛び退くと、青年が面白そうに目を細めた。遊ばれているようで気分が悪い。

 無言で睨みつけるが、青年は気にした様子なく、私を玄関に座らせた。


(そういえば、倒れた時も庇ってくれたし、実は優しい?)


 下から覗くと、青年はプイッと顔を背けた。


「また、倒れたら困りますから。で、漫画家の黒鷺くろさぎに、なんの用ですか?」

「あなた、黒鷺先生の知り合い?」

「身内です」


(そうよね。作者がこんなに若いわけないもの)


「私は黒鷺先生が描かれている、漫画の病気の治療法について、話が聞きたくて来たの」

「どうして?」

「私の患者が同じ病気で、治療法がなくて困っているから」

「間さんから聞いた通りか。ちょっと、待っててください」


 青年が廊下の奥へ消え、すぐに戻ってきた。


「どうぞ」


 渡されたのは数枚の日本語訳付き英語論文。

 私は冒頭を読んで息が詰まった。私が求めていた治療法が書かれている。


「これ、いつ、どこで発表されたの!?」

「一昨日かな。治療の参考になると思うよ。これで問題は解消された。はい、さようなら」


 青年が私の背中を押して玄関から追い出そうとする。いや! 強引が過ぎる!


「待って! 一昨日の発表だと、おかしいわ! これを読んで漫画にするには、日数が足りない!」

「そこは企業秘密です」

「なら! 直接、黒鷺先生と話をさせて!」


 青年が手を下げて、ため息を吐く。


「厚かましいって言われません?」

「厚かましくてもいいの! 必要なんだから!」

「ふーん」


 青年が値踏みをするように私を見る。でも、ここで怯むわけにはいかない。

 必死に睨み返すと、青年が意味ありげに微笑んだ。


「じゃあ、ちょっと話をしましょうか」

「だから、黒鷺先生と……」

黒鷺雨音くろさぎあまおと。僕が作者ですよ」

「え?」


 この性悪青年が!?


 目の前が揺れた……が、すぐに立て直す。


「だっ、だって、若過ぎでしょう? さっき大学生って!? 学校はどうしたのよ!?」

「そうは言っても、僕が作者であることは事実ですから。不満ならお帰りいただいても、いいんですよ?」


 黒鷺がふふん、と口角を上げる。単なる挑発だと分かるが、腹が立つ。


「いいわよ! 納得するまで全部聞いてやるわ!」

「では、どうぞ」


 私はどすどすと足音を荒くして家に上がった。

 案内された先は、対面キッチン付きリビング。外観と同じく、オシャレなアンティーク調のテーブルと椅子。その奥には大きなソファーとテレビ。

 壁には庭が一望できる大きな窓に、白いレースのカーテン。天井からは観葉植物が下がり、生活感がまるでない。


(モデルルームですか!?)


「そこ、適当に座ってください」

「えぇ……」


 キョロキョロしながら、アンティーク調の椅子に腰をおろす。

 目の前に緑茶が入ったグラスが置かれた。すりガラスに緑茶の緑が映える。木のコースターは透かし彫り。細かいところまでオシャレ。


「なに? ここはカフェなの?」

「なんですか、その発想」


 反対側に座った黒鷺が笑う。うん、素直に笑った顔は大学生っぽい。

 私は黒鷺を観察しながら緑茶に口をつけた。

 独特の甘みにスッキリとした後味。こんなに美味しい緑茶は飲んだことがない。


「やっぱりカフェでしょ」

「だから、どうして、そうなるんですか?」

「このお茶、すごく美味しいもの」


 率直な感想に黒鷺は目を丸くした後、少しだけ顔を背けた。口元が緩んで、喜んで……る?


「少し良い茶葉を使って淹れただけです」

「え? このお茶、あなたが淹れたの?」

「僕以外に、誰がいるんですか?」

「そういえば」


 周りを見るが他の人の姿はない。オシャレな部屋が急にもの寂しく映る。

 黒鷺が椅子に座り直した。


「で、話の内容ですが。僕と取引しません?」

「取引?」


 黒鷺が真面目な顔になる。その雰囲気に私も姿勢を正した。


「僕は黒鷺雨音というペンネームで、医療漫画を描いています。ですが、僕は海外生まれの海外育ちで、日本文化に疎いところがあります」

「待って、待って、待って。そこまで日本語を流暢に話しといて、それは無理がない?」

「無理とは?」

「海外生まれの海外育ちで、日本文化に疎いってところ」

「母が日本人で、家では両親と日本語で会話をしていました。あとは日本の漫画を読んで勉強しました」


 なんか無理があるけど、そこを気にしたら話が進まない。


「分かったわ。納得したことにする。で、取引って?」

「つまり納得していないってことですね。まあ、そこは重要ではないので、いいです。問題は日本文化です」

「日本文化って、畳とか、靴を脱いで生活とか?」

「そういう日常生活面もありますが、問題なのは、空気を読むとか、察するという文化です」


 話しながら黒鷺が顔を歪める。

 カッコいい子は、どんな表情でも絵になるのね。と、見当違いのことを考えていると、それを断ち切るように黒鷺がテーブルを叩いた。


「ほんっっっっとうに、無駄な文化です。なんで察しないといけないんですか!? 要望があるなら言えばいいのに! むしろ、ちゃんと言え! なんのために口があるんだ!」

「なんか、いろいろあったみたいね」


 私は一歩引いて緑茶をすすった。


「学ぶために大学に入学したんだ! なのに、空気読めとか、察しろとか、超能力者になるために日本に来たんじゃない! 漫画がなかったら、日本の良いところなんて、二つしかないのに!」

「二つ?」

「道路に穴があいていないのと、料理が美味しいところです」

「道路に穴……ゴミが落ちていないとか、電車が時間通りに来る、とかじゃないのね」


 今時の若い子の考えなのか、この子の独特のセンスなのか……


「ゴミはないほうがいいですが、道路に穴があいている方が困ります。穴にはまって車のタイヤがパンクしたことが、何度かありますから。電車は時間通りに来たら、遅刻した時の言い訳に、電車が遅れたって、使えないじゃないですか」

「いや、まず遅刻しないようにしなさいよ」


 この子のセンスの問題だったわ。

 明らかに引いている私に気が付いたのか、黒鷺が軽く咳払いをする。


「とにかく、僕には分からない文化なんです」

「そうみたいね」

「で、僕が描いている漫画の監修をしてほしいんです」

「はい!?」


 話が飛びすぎてグラスを置いた。なぜ、そうなる!?


「病気や治療など、一連の流れは分かります。けど、日本の病院の内部事情など、知らない部分も多いんです」


 黒鷺が深くため息を吐く。疲れ……というより、追い詰められているような?

 私の視線に気づいたのか、その表情は一瞬で消えた。軽い笑みを浮かべ、余裕の表情で話しを続ける。


「今までは、どうにか誤魔化せてきました。ですが、リアリティを追求すると、やはり専門家の監修が必要だ、と編集の間さんにも言われまして。まあ、僕は今のままでもいいんですけど」


 あ、それで漫画を読んだ時、病気は詳しいのに、病院の内部について薄い感じがしたのね。


(ん? ちょっと待って。なんか嫌な予感が……)


「もしかして、間さんがここの住所を教えてくれたのは……」

「監修をしてもらえ、と言われました」


 私は頭を抱えた。そんな裏事情があったなんて……


「でも、僕は会って話すのも、監修を依頼するのも嫌だと言ったんですよ? そうしたら、直接断れって押し付けられて。間さんが紹介した監修候補の人たちを、僕がことごとく却下したからって、酷いと思いません?」

「ことごとく却下してきたのも、それを直接本人に言うのも、酷いと思うわ。そもそも、どうして却下したの?」

「研究職で現場を知らなかったり、話が合わなかったり……いろいろ、です。大学生だからって、見下した態度をする時点で人として……」


 ブツブツと文句を並べていく。あ、これ終わらないやつだ。

 私は話題を変えるために質問をした。


「ペストマスクで出てきたのは、どうして?」

「あれは試行錯誤の結果です。ペストマスクを被って出たら、みんな帰っていきました。あそこで喰いついてきた変人は、あなたが初めてです」

「あなたに変人って言われたくないわ」

「ですが、あなたは日本人でも空気を読めって言わなさそうだし、面白そうなので、話しを聞くことにしました」

「あ、そう」


 半分呆れている私に黒鷺が話を戻す。


「で、監修をしてもらえませんか?」

「私、漫画ってあまり読んだことないし、時間もないのよ」

「時間は無理やり作るものです」

「悪いけど、私には監修なんて無理よ」


 私が椅子から立ち上がると、黒鷺がニヤリと笑った。


「その論文。二枚目以降は読みました?」

「え?」


 あの時は驚きで一枚目しか見ていなかった。


「まさか、白紙とか!?」

「そんなことありませんよ」


 慌てて二枚目を確認する。ちゃんと論文は印刷されていた、が……


「日本語訳が、ない……」


 一枚目は英語に日本語訳があったから、すぐに読めた。でも、二枚目以降にはない。

 この英語論文を自分で翻訳するには時間がかかる。その前に翻訳する時間が……

 絶望でテーブルに伏せる。

 そこに黒鷺が悠然と数枚の紙を取り出した。


「ここに日本語訳付きの論文もあるんですけど」

「え!?」


 私が飛びつく勢いで顔を上げる。そこには、イケメンの満面の笑みが。


「監修、してくれますよね?」


 私の答えは一つしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...