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バイクですが、慣れました
しおりを挟むバイクが一定のスピードで走り抜ける。そんなに速くないとは思うけど、体に直接風が当たるのは少し怖い。
そのせいか、私は黒鷺に強く抱きついていた。細く見える腰は布越しでも筋肉があるのが分かる。
体がしっかりしているため、ドキドキしているが安心感もある。
と、ここで我に返った。
(これは大学生。大学生よ。大学生なんて、子ども。そう、子どもなのよ。初めてのバイクに緊張しているだけ。このドキドキはバイクのせい。それだけ、なんだから)
私は自分を落ち着かせるため、ひたすら心の中で呟いた。
「ここですか?」
「へ?」
顔を上げると、私が住んでいる三階建てのアパートがあった。新築なので外観は綺麗。オートロックもあるから安全、安心。
しかも、職場行きのバス停はすぐそこ。ただし、最終バスの時間が早いところが残念。
「そう。ここよ」
「待ってください」
先に黒鷺がバイクから降りてストッパーを下ろす。バイクが安定したところで私は降りた。
「ありがとう」
ヘルメットを外して黒鷺に渡す。すると、黒鷺もヘルメットを外した。
家に帰るならヘルメットを取る必要ないよね?
「どうしたの?」
「病院まで送りますから、早く準備をしてきてください」
「え? いや、いや。そこまでは悪いわ」
私は断ったが、黒鷺が動く様子はない。なんか、変な方向に頑固よね。
私は真っ青な空を見上げた。
朝とはいえ日陰がない屋外は暑い。ここで待たせるのは気が引ける。
「じゃあ、バイクをそこの駐輪場に置いて、私の部屋に来て。オートロックだから、インターホンで私の部屋番号を押して。部屋は202よ」
「別に、ここで待っていますよ」
「熱中症になったら困るの。汗だくで待たれるのも、気分が悪いし」
「……わかりました」
黒鷺がバイクを押して駐輪場へと移動する。同時に私は猛ダッシュした。
アパートに入ると階段を駆け上がり、二階へ。
玄関に鍵をねじ込み、勢いよくドアを開ける。そこで熱い空気に襲われたが、負けじと速攻でエアコンのスイッチを入れた。
次に、散らかっている服や本をクローゼットに押し込む。
とりあえず床が見えて、座れる場所があればいいよね。引っ越した時から置いたままの段ボール……は、そのままでいっか。
エアコンから涼しい風が出てきた頃、インターホンが鳴った。
「どうぞ」
入り口のオートロックを外す。あとは、シャワーを浴びて、昨日の化粧を落として。あ、着る服を準備しないと。
動きながら考えていると、玄関のインターホンがなった。急いでドアを開ける。
「入って」
「お邪魔します」
黒鷺が部屋に入る。部屋は急速冷房のおかげで、涼しくなっていた。
私はリビングのソファーに案内して、冷蔵庫にあったペットボトルのお茶を渡した。
「これ、飲んでて。私はシャワーをしてくるから」
それだけを言い残し、お風呂にダッシュする。素早く化粧を落とし、シャワーを浴びて汗を流す。
スッキリしたところで着替え。
選んだ服はベージュのワイドパンツに、ピスタチオカラーのダボッとしたカットソー。風通しが良く涼しい。
着ていた服は洗濯して返さないと。でも、今は時間がない。
急いでリビングに戻る。あ、エアコンの風が気持ちいい。
「お待たせ」
「早いで…………すね」
振り返った黒鷺の動きが止まり、間抜けな顔になる。
(なに? その鳩が豆鉄砲くらったような顔は?)
私はタオルで髪を拭きながら睨んだ。
「私の顔に何かついてる?」
「いや、別に……」
黒鷺が顔を逸らす。口元を押さえて、なにかを堪えているような? あれ? 頬が少し赤い?
私が首を傾げていると、黒鷺が手で追い払うようなジェスチャーをした。
「さっさと髪を乾かして、化粧をしてください。時間がないんでしょう?」
「あ、化粧をしていないから、見苦しいってこと!?」
化粧について喧嘩売るなら、もれなく買うわよ! こっちだって、好きで化粧をしているわけじゃないんだから。でも化粧をしないと、いろいろ言われるのよ!
怒る私に黒鷺も怒りで返す。
「どこをどう解釈したら、そうなるんですか!?」
「さっさと化粧をしろって、そういうことでしょ?」
私は頬を膨らましながら、ドライヤーを手に取った。
黒鷺が困ったように頭をかく。
「そういう意味ではなく……あぁ、もう手伝いますから、早くしてください」
「どういうこと?」
「僕が髪を乾かしますから。その間にファンデーションと口紅と眉ぐらいは出来るでしょう?」
「むー」
私は不満に思いながらも言葉に甘え、髪を乾かすことは任せた。緊急事態だから、しょうがない。
黒鷺が慣れた手つきで髪を乾かしていく。髪を掬うように持ち上げ、その隙間を温風が流れる。
(あ、これ気持ちいい)
「さっさと化粧をしてください」
「わ、わかってるわ」
黒鷺の声で現実に戻った私はファンデーションと口紅と塗り、眉を描いた。
それから乾かしてもらった髪を軽く一つにまとめる。
「よし! 完成!」
時間もギリギリ間に合いそう。
「では、いきましょう」
「お願いします!」
「次はないですからね」
しっかり釘を刺されてしまった。すみません、ダメな大人で。
駐輪場に移動した私は、さっきよりスムーズにバイクに跨った。私のドヤ顔に黒鷺が肩をすくめてバイクを発進させる。
(直接風が当たるのって、気持ちいいかも)
慣れてきたのか、周囲の景色を見るぐらいの余裕が出てきた。並走している車の運転手につい目が向いてしまう。
あ、あの人、運転しながら朝ご飯食べてる。おぉ、あの人は信号待ちの間に化粧をしてる。
人間観察に気を取られ、いつの間にか病院の裏口に到着していた。職員用の出入口から少し外れた場所にバイクが止まる。
「ここで、いいですか?」
「ありがとう。助かったわ」
私はヘルメットを外して黒鷺に渡した。
「昨日、着ていた服は洗濯しています。もうすぐ漫画の監修をしてもらいますので、その時に返します」
「あ、借りていた服も洗濯して返すわ。あの服、すぐにいる?」
「姉の服なので、いつでもいいです。当分、帰ってこないでしょうし」
「お姉さん?」
「はい。海外でバックパッカーをしています。いつ帰ってくるかは不明なので」
姉がいるとは意外……でもないか。年上の女性慣れした感じがあるのは、お姉さんの影響かも。
「もしかして、私が寝ていた部屋は……」
「姉の部屋です」
「そうなんだ。あ、髪を乾かす時に慣れた感じだったのも?」
「姉の風呂上がりに、させられていました」
やっぱり、と納得したところに他の声がした。
「あれ? ゆずり先生。こんな所で、どうした?」
軽い口調と、この呼び方。顔を見なくても誰か分かる。
声がした方を向くと、予想通りのイケメンがいた。
「柚鈴だって言ってるでしょ? 蒼井先生」
「はい、はい。それより、午前の診察が始まるぞ」
「分かってる。黒鷺君、ありがとうね」
私は手を振って走り出した。
「……すっぴんの方が可愛いって、卑怯だよな」
「ん? なにか言った?」
微かに聞こえた声に足を止めて振り返る。しかし、黒鷺は何事もなかったかのように、バイクに跨っていた。
「空耳かな」
「ゆずり先生、遅刻だぞ」
「だから、柚鈴だって!」
私は叫びながら職場に入った。
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