【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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漫画家ですが、風邪をひいていました

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 数日後。

 その日の私は早く仕事を切り上げるため、朝から奔走した。
 定時は無理でも、日が沈む前には職場を出たい。

 昨日の夜、黒鷺から漫画のネームが出来たので監修してほしい、とメールがあった。監修なんて、よく分からないけど、漫画を読んで気になったところを言うだけらしい。


「先生……ゆずりん先生?」


 可愛らしい声に呼ばれて意識が戻る。ベッドに座っている灯里に視線を落とした。


「コラ。柚鈴ゆり先生でしょう?」

「だって先生、ボーっとしてるんだもん。今日は私が退院する日なのに」


 灯里が髪を揺らして拗ねる。

 そう、今日は待ちに待った退院日。

 手術後の経過は順調で、検査結果も問題なし。通院できる状態になった。
 まだ完全に安心はできないけど、ホッとする。


「ごめん、ごめん」


 私は謝りながら、灯里の頭を撫でた。手術の痕は髪で見えないけど、触れると微かに凹凸がある。でも、これは時間とともに消えていくから問題ない。

 蒼井は宣言通り、傷がほとんど分からないように縫合した。その技術は本当にすごい。軽い性格なのに。


「経過が順調で良かったわ」

「うん。ありがとう、先生! 遠足にも行けるんだよね?」

「行けるけど、まだ様子をみないといけないから。走ったり、運動したりしたらダメよ」

「うん。お約束は守るよ」


 激しい運動や、興奮するようなことはしない、など日常生活に多少の制限はある。けど、時間が経過すれば、それも必要なくなる。

 それまで、もう少しの辛抱。きっと、灯里ちゃんなら大丈夫。


「次は二週間後の外来でね。あ、痙攣が起きたり、ひどい頭痛がしたら、すぐに来て。お母さんにも説明してるけど」

「わかった」


 灯里が食い入るように見つめてくる。


「どうしたの?」

「先生も遠足があるの?」

「どうして?」

「なんか、そわそわしてる」


 突然の指摘に私は頭を抱えた。

 早く帰るため、朝からそわそわしていた。自覚はある。でも、それを子どもに見破られるなんて。表情や動作に出さないようにしていたのに。

 そこに看護師長が来た。


「白霧先生、用事があるのでしょう? お帰りください」

「でも、灯里ちゃんの退院の見送りを……」

「先ほど灯里ちゃんのお母さんから、仕事でお迎えが遅れる、と連絡がありました。あとは看護師わたしたちがしますので」

「本当に大丈夫? 必要な指示とか、ない?」


 今日は早く帰るため、仕事のやり残しがないか何度も確認していた。そのせいか、看護師長の態度と雰囲気が塩対応になっている。なんか、しょっぱ冷たい。

 看護師長が往年の貫禄をのせ、残念そうに頭を振った。一気に空気が重くなる。

 看護師長がゆっくりと口を開いた。


「今はありません。それと」

「それと?」

「もう少し、任せてもらえませんか?」


 お説教されるような雰囲気だったので、思わぬ言葉に拍子抜けした。


「任せる?」

「先生の指示がないと動けないこともありますが、そうではないこともあります。難しい時は指示を仰ぎますので、もう少し看護師に任せて、先生の負担を軽くしてください。でないと、そのうち倒れますよ?」


(いや、だって自分でやった方が早い時もあるし、頼むのも気が引けるというか……)


 心の中で言い訳を並べながら、チラリと看護師長に視線を向ける。


 険しい表情。でも、その目は……


(本当に私のことを考えてくれているんだ……)


 私は観念して肩をすくめた。この看護師長には敵わない気がする。


「……わかりました。お言葉に甘えて、先に帰ります」

「ねぇ、ねぇ。先生の用事って、デート? この前のカッコいい通訳さんと?」


 灯里の無邪気な声に私は言葉が詰まった。


「デ、デート!? 黒鷺君と!? ち、違うわよ!」

「そうなの?」


 灯里が不思議そうに私を見上げる。最近の子はマセてるっていうけど、こんなことを言われるとは。

 私は軽く咳払いをして、看護師長に言った。


「じゃあ、何かあったら電話してください。灯里ちゃん、ごめんね。できれば退院するのを見送りたかったんだけど」

「私は大丈夫! ゆずりん先生、デート頑張って!」

「だから、柚鈴だって。それと、デートじゃないから!」

「ほんとうにぃ?」

「本当に!」


 灯里と看護師長に見送られて私は病室を後にした。

 医局で白衣を脱ぎ、借りた服が鞄の中にあることを確認する。


「よし、行くぞ」


 私は気合いを入れて職場を出た。耳に障る蝉の声は消え、代わりに穏やかな鈴虫の声が聞こえる。


「もう、秋なのね」


 すれ違う人たちも薄手の長袖や、暖色系の服を着ている人が多い。



 少し冷えてきた風に背中を押され、黒鷺の家に着いた。
 相変わらず綺麗な庭に、オシャレな洋館。私は軽くチャイムを押した。


『どうぞ』


「ん?」


 なんか鼻声っぽい返事。

 マスクをした黒鷺がドアを開けた。ゆるいTシャツと、ジャージのズボン。いつもと違ってラフな服装。
 しかも、ちょっと目元が赤くなって……目が潤んでる?


「どうしたの?」

「窓を開けたまま寝てしまって、体が冷えたらしく風邪を……ゴホッ」


 立派な鼻声に咳。うん、典型的な風邪っぽい。季節の変わり目に体調を崩す人って、意外といるのよね。


「ネームはリビングに置いてあります。うつしたらいけないので、僕は自分の部屋に……へっ?」

「いいから、来なさい」


 私は黒鷺の腕を掴んでリビングに直行した。


「はい、あーん。あー、って言って」


 マスクを取った黒鷺を椅子に座らせ、口を開けさせる。喉の奥を見ながら、耳の下のリンパ腺を触る。固くないし、熱感もない。


「喉が少し赤いわね。リンパは腫れてない。熱は?」

「昨日の夜、寒気がして。今朝、熱を計ったら、38度ありました」

「あとは、咳と鼻水ね。お腹が痛かったり、下痢したりしてない? 食欲はある? 水分はとれる? 薬は?」


 黒鷺がマスクをしながら答える。


「水分はとっでます。食欲は……食べようと思えば食べれます。薬は市販の風邪薬を飲みました」

「そう。何か食べそうなものはある?」

「お粥とか、うどんなら」

「うーん、それだと栄養が……あ、雑炊は?」

「食べれると思います」


 私は頷いた。

 よし。ここまできたら、見過ごすわけにはいかない。料理は滅多にしないけど、雑炊ぐらいなら作れると思うし。


「じゃあ、寝てて。雑炊ができたら呼ぶから」

「いや、漫画の監修だけで……それに、すぐペン入れをしないと時間が……」

「風邪の時はしっかり休まないと。下手に長引かせても、いい仕事はできないわよ」

「ですが……」


 私は渋る黒鷺を立たせ、リビングから追い出した。


「黒鷺君が雑炊を食べている間に、漫画を読むから。それまで寝ていること。でないと、監修しないわよ?」

「……はい」


 最後の一言が効いたのか、黒鷺が渋々二階へ上がる。

 私は冷蔵庫の中身を確認した。整理整頓がしてあり、どこに何が入っているのか一目瞭然。


「さすが、料理上手ね。作り置きの食材が入ったタッパが、ギッシリ詰まっている。あ、卵発見。次は……」


 野菜室を覗く。こっちはガラガラだが、ニンジンと玉ねぎとジャガイモがあった。


「ニンジンと玉ねぎぐらいは、入れようかしら。あ、ネギがあった」


 私はキッチンを漁り、包丁とまな板を見つけた。


「まずは野菜を切って……あれ?」


 なんか大きさがバラバラに……切れば切るほど形が不揃いになっていく。なんで!?


「……こうなったら、みじん切りにしてやる!」


 それなら大きさも形も関係ない。しかも、食べやすい!


「もしかして、私、天才!?」


 自画自賛しながら切った野菜を鍋へ。水を入れて鍋を火にかける。沸騰したところで、冷凍庫にあったご飯を投入。


「あとは味付け、味付け……雑炊の味付けって何?」


 私は調味料を前に固まった。

 塩……だけだと、お粥よね。砂糖……は違う。醤油……だけだと、しょっぱいだろうし……みりん? みりんって、なんだっけ?

 一人で悩んでいると、とある調味料が目に入った。


「困った時はコレ使えって、誰かが言っていたわ」


 私は沸騰した鍋にその調味料を入れて、溶き卵を流し込んだ。仕上げに刻んだ青ネギを散らす。


「うん、いい匂い。見た目も問題なし」


 食器棚から適当に選んだ器に雑炊を入れる。それから黒鷺を呼ぶために、二階へ上がった。
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