20 / 63
長身の美女ですが、再び会いました
しおりを挟む暗闇で姿が見えなかったから、驚いた。いつから、いたのだろう。
私が質問をする前に、蒼井が黒鷺に声をかけた。
「どうした、坊や? 子どもが外出する時間じゃないぞ」
「失礼なオジサンですね。それとも、目が悪いんですか? 成人している初対面の人に坊やなんて」
初めて顔を合わせたはずなのに、なぜか睨み合い。しかも、火花が飛んでません?
「どうしたの? 二人とも」
首を傾げる私に黒鷺が一言。
「メール」
「…………あ!?」
あのまま内容を読まずに放置していた。しかも忙しくて、あれからスマホを操作していない。
私は慌てて鞄からスマホを出した。スイッチを入れるが、ウンともスンとも言わない。
「あ、あれ?」
「電話をしても、電源が入っていないか、電波が届かないところに……のアナウンスが流れるばっかりで、連絡が取れないから、こうして直接来たんですよ」
「えっ!? 来たって、いつから待ってたの!?」
「……」
黒鷺が無言で背を向ける。これは相当待っていたやつだ。
「ごめん。そんな大事な用だと思わなくて。なんのメールだったの?」
「いや、もういいです」
黒鷺が歩き出す。私は黒鷺を追いかけようとして、蒼井の存在を思い出した。
「私、途中で買い物するから、このまま帰るわ」
蒼井が諦めたように手を振る。
「はい、はい。お疲れ様」
「お疲れ様」
私は軽く手を振ると、急いで黒鷺の後を追った。
黒鷺が駐輪場でバイクのヘルメットを被ろうとしている。このまま黙って帰るつもりだろうけど、そうはさせない!
私は黒鷺に飛び付いた。
「待って!」
「……なんですか?」
「いや、なんですか? は、私の台詞よ。メールの内容を教えて」
「メールを見たらいいじゃないですか」
「だから! スマホの電池が切れてて、見れないの!」
無言でヘルメットを被ろうとする黒鷺の手を掴む。このままだと気になって夜も眠れ…………いや、疲れてるから寝れるわ。
と、とにかく! 用件が気になる!
「ここで言えない内容なの?」
「そういうわけでは……」
「じゃあ、教えてよ」
黒鷺が観念したように、ため息を吐いた。顔を逸らして、ボソボソと話す。
「……父さんが『我が家で一緒にクリスマスを過ごさないか?』と言っているけど、どうしますか? ってメールしたんです」
「……それだけ?」
「それだけです」
表情は見えないが、黒鷺の耳は赤い。
(もしかしてメールの返事がないから、確認するために来たの? しかも、この寒空の下でずっと待って?)
そのために、この寒い中で待たせて、申し訳ない。
それなのに、ちょっと嬉しい。なんだろう、この気持ち。
私の中に居座っていた、もやもやした気持ちが、すべて吹っ飛ぶ。
「もちろん参加させていただくわ。明日はちょうど休みなの。そうだ! 家まで送って。黒鷺君に渡したいものがあるから」
「渡したいもの? なんですか?」
「それは、あとのお楽しみ。ほら、ヘルメット貸して」
私が両手を出すと、黒鷺がやれやれと後部座席にぶら下げていたヘルメットを渡してくれた。
(よし、私の粘り勝ち!)
私はヘルメットを被り、バイクの後ろに跨った。
黒鷺の腰に手をまわす。冬服だから夏と違って布の厚みがある。それでも、なんとなく黒鷺の温もりを感じた。
※※
アパートに着いた私は黒鷺を外に待たせたまま、急いで部屋に戻った。
「えっと……どこに置いたっけ?」
あの日、買い物から帰って放置した紙袋を探す。
「あー、もう。適当に置くんじゃなかっ……あったぁぁぁ!」
積み本の影に隠れていた紙袋を掴み、黒鷺のところへ走った。
「はいっ、これ!」
息を切らしながら黒鷺に紙袋を差し出す。
「え?」
白い息が視界を隠す。黒鷺の顔は見えないけど、それより、息が!
「クリスマス、プレゼント」
「僕に?」
「そう。美味しい、ご飯の、お礼」
やっと息が整ってきた。でも、黒鷺が動く様子はない。
私は黒鷺に紙袋を押し付けた。
「とりあえず、受け取りなさい!」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
黒鷺が押し付けられた紙袋を持つ。よし、よし。
満足している私に黒鷺が訊ねた。
「開けても、いいですか?」
「うん、開けてみて」
紙袋の中から箱を取りだす。丁寧にラッピングを外し、出てきたのは……
「マグカップ?」
「そう。しかも、マグカップの上に珈琲フィルターが置ける、猫ちゃんマスコット付き。それと、珈琲豆。某有名カフェ店のね」
黒鷺の薄い茶色の目が丸くなる。
「漫画を描く時に、よく珈琲を飲んでいますけど言ったことありましたっけ?」
「ふふん。私の観察眼をなめないことね」
以前、黒鷺が風邪をひいた時、机の上にマグカップがあった。しかも、内側が茶渋で茶色くなっていた。
そこから珈琲をよく飲むのだろうと予測して、このマグカップと珈琲をプレゼントすることにした。
どうやら私の読みは当たったらしい。黒鷺の顔が綻んでいる。
満足した私に木枯らしが吹きつける。頭が冷え、現実に戻る。
「あー。夕食、買い忘れた……」
いや、もう夜食の時間だけど。この近辺にコンビニはない。だから、職場の周辺にあるコンビニで買って帰ろうと考えていたのに。
「失敗したぁ」
頭を抱える私にプレゼントを紙袋に収めた黒鷺が提案する。
「ウチに来ます? 簡単なものでしたら、作れますよ」
「でも、この時間にお邪魔するのは悪いし……」
「どうせ明日来るつもりだったのなら、今日来て泊まっても同じじゃないですか?」
「そこは違うでしょ」
さすがに、それはねぇ……と考えていたが、次の一言ですべてが覆った。
「ビールを飲んで、そのまま寝れますよ?」
「行くわ!」
私は速攻で部屋に戻ると、必要なものをまとめて黒鷺の家へ移動した。
※※
バイクであっという間に到着。クリスマスイブだからか洋館がいつもより華やかに見える。
「ぉじゃましまぁーすぅ」
「なんで小声ですか?」
「え? 夜遅いし、迷惑にならないように」
小声でコソコソと廊下を歩く私に黒鷺が肩をすくめる。
「なら、声を出さなければいいじゃないですか」
「それは、それで嫌なの」
「変なこだわりですね。とりあえず、風呂に入ってください。その間に、ご飯の準備をしておきますから」
「あ、夜遅いから、量は少なめでお願いします」
黒鷺が少し考える。
「ビールに合う、おつまみ系ならどうですか?」
「さすが黒鷺様! わかってらっしゃる!」
「はい、はい。お風呂はここです。タオルはこれを使ってください」
「ありがとう」
お風呂の使い方の説明を一通り聞いた私は湯船に浸かった。
「足が伸ばせるお風呂最高!」
私のアパートのお風呂は少し足を曲げないといけない。けど、ここのお風呂は広い。
「なんか、こんなことになっちゃったけど……リク医師もいるし、黒鷺君と二人っきりじゃないから、いいよね」
体の真から温まった私は、髪を拭きながら風呂から出た。
「いい湯だったわ。ありがと……」
リビングのドアを開けて私は固まった。
温まったはずの体が一気に冷える。吐いた息とともに言葉がこぼれた。
「なんで、ここに……」
薄い茶色の大きな瞳がこちらを睨む。
柔らかそうな茶色の髪が、無造作に背中に流れている。浅黒い肌に、分厚い艶やかな唇。豊満な胸に引き締まった腰からの長い足。
クレープ屋の前で黒鷺と一緒にいた長身の美女が目の前に。
「どうして……」
そこまで言って、私は自分の口を手で塞いだ。黒鷺の彼女なら、クリスマスを一緒に家で過ごすのも普通。少し考えれば分かること。
私は胸をえぐられたような苦しさを覚えた。
0
あなたにおすすめの小説
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる