23 / 63
好みが同じなので、姉弟喧嘩が勃発します~黒鷺視点・後編~
しおりを挟む「え!?」
柚鈴が驚きながら、こちらを向く。僕はその様子を横目でチラ見した。
(正面から見たら、よけいに可愛い。あー、なんかヤバい気が…………いや! イヤ! 違う! チガウ! これは、そんな気持ちじゃない! そうだ、別のことを考えよう。そもそも、ここに来た目的は買い物で……)
必死に思考を逸らしている僕に姉が命令する。
「突っ立ってないで、座りなさいよ。日課のジョギングに行ったと思ったのに。買い物に出かけていたのね」
「ジョギングは姉さんが寝ている時間に済ませたよ」
僕は向かい合う二人の間に座った。慣れるまで柚鈴を視界に入れないようにしないと。
「ジョギング?」
(柚鈴が小首を傾げる。可愛らしさが倍増して小動物みたい…………って、見たらダメなんだって、僕!)
苦悶する僕の代わりに姉が答える。
「天音は体力作りのために、朝晩とジョギングをしているの」
「あ、だから体がしっかりしているのね。すごいわ」
簡単に誉めないでくれ! また顔が緩む! なんで、柚鈴と話すとこんなに緩みやすいんだ!?
僕は滅多にださない根性で平静を装う。
「運動不足にならないようにしているだけです」
顔を逸らしながら、先ほどの堕落二人組の動向を確認。男連れかよ、と立ち去っていった。
(これぐらいで消えるなら、姉さんから一方的に叩き潰されて終わっていたかもな)
要らぬ心配だったか、と考えていると、姉からメニュー表を押し付けられた。
「何飲む?」
「カフェモカ」
「え?」
柚鈴が驚いた顔をしている。
「なにか?」
「あ、ちょっと意外だなって。ドルチェを作るのは苦手って、リク医師が言っていたし、漫画を描く時はブラックコーヒー飲んでるみたいだから」
まあ、甘い物が苦手そうとは、よく言われる。理由は不明だけど。
僕はウエイターにカフェモカを注文すると、柚鈴に説明した。
「甘い物も好きですよ。ただ、ドルチェは分量を正確に量らないといけないから、作るのが苦手なんです。漫画を描く時に飲むブラックコーヒーは眠気覚ましです」
「料理は? ちゃんと分量を量らないと、いけないでしょ?」
「料理は適当でも大丈夫なので」
「へぇ」
柚鈴が素直に感心する。本当に料理しないんだな。忙しいんだろうけど、料理が苦手なのかもしれない。別に、問題ないけど。
(ん? なにが問題ないんだ?)
自問自答してしまった自分に首を傾げていると、柚鈴が拗ねたように頬を膨らました。
「どうせ、私は料理もお菓子も作らないから、知らないですよ」
別にそこまで卑下しなくても。
「日本は自分で作らなくても、美味しいものは沢山ありますからね。作らなくても、いいと思いますよ。ところで、二人は何をしていたんですか?」
姉がニッコリと微笑む。
「ゆずりんとデートしてたの」
柚鈴が慌てて否定する。
「デートじゃなくて、買い物よ! 買い物!」
「ゆずりん、は訂正しないんですね」
「……諦めました」
柚鈴の体がシュンと小さくなる。
訂正したら、その倍以上にゆずりん呼びされたんだろうな。この姉は一度決めたことは、意地でも曲げないから。
「さすがの、ゆずりん先生でも姉さんには勝てませんでしたか」
「柚鈴!」
「僕が言ったら訂正するんですね」
「当然!」
柚鈴が胸を張って威張る。本当、見ていて飽きないな。
そこにウエイターが注文したカフェモカを持って来た。受け取って一口飲む。ちょうどいい甘さに、カカオの苦味。体の中から温まる。
僕がカフェモカを堪能していると、柚鈴が姉に言った。
「ミーア。やっぱり、さっきの化粧品代は払うわ」
「いいのよ。私からのクリスマスプレゼントなんだから」
「なら、私もクリスマスプレゼントをあげるわ。なにか欲しいものある?」
「それなら、大丈夫。私は、もう貰ったわ」
「え?」
姉が柚鈴の手を握り、美笑を浮かべる。
その表情に歩いていた男たちの足が次々と止まる。妖艶な雰囲気に見惚れ、歩道渋滞が発生する。
(おい! 姉さん!?)
薄茶色の瞳がうっとりと柔らかくなる。
優しそうに見えて、目の奥では狙った獲物は逃がさない強さを秘める。この眼力で幾人堕ちたか。
「クリスマスという日に、あなたの時間を」
耳が溶けるような、甘い囁き声。細く長い指を柚鈴の顎に添える。自分の魅力を分かっているからこそ、それを最大限に活かした言葉と表情。
(なにを見せられているんだ!?)
「ブファ!」
僕は思わず吹き出していた。
「汚っ! なにしてんのよ!」
姉が怒るが、怒りたいのは僕の方だ。
「なに本気で口説いてるんだよ!」
「わかってるなら、邪魔しないでよ! せっかくの良い雰囲気が台無しじゃない!」
(いや、そもそも柚鈴は口説かれていることに気づいてないし。姉さんの全力の口説きが効かない人も珍しいけど。でも、それより!)
「僕がいる時点で、良い雰囲気じゃないから!」
「空気になりなさい! 空気に!」
「無茶言うな!」
姉弟喧嘩が勃発。言い争う僕たちに、柚鈴は目を丸くした後、楽しそうに笑った。
「姉弟っていいわね。私は一人っ子だから羨ましいわ」
「こんな弟でよければ、いつでもあげるわよ」
「あげぅ!?」
柚鈴の顔が真っ赤になる。が、それより僕は姉への文句が溢れていた。
「こんな弟ってなんだよ。僕が好きになったものを、いつも横取りするくせに」
昔からそうだった。
好みが似ているせいで、いつも玩具の取り合い。でも、姉の方が口がたつから、最後は取られて終了。
「私が好きなものと、同じものを好きになるのが悪いのよ!」
「僕が先に好きになったんだ!」
「順番なんて関係ないでしょ!」
姉と睨み合う。これは決着がつかないパターンだ。でも、僕は一歩も譲る気はない。
(さて、どうするか)
僕が考えていると、柚鈴の顔を見た姉がニヤリと笑った。
「天音をあげるって言ったのは、やっぱ止めるわ。代わりに私をもらってちょうだい」
「え?」
「私、長子だからお姉ちゃんに憧れがあるの」
柚鈴が首を傾げながら訊ねる。
「つまり、私の妹になるってこと?」
「そう」
柚鈴が戸惑う。
そこに、姉が不安そうな表情で柚鈴を覗きこんだ。上目遣いのおねだりバージョン!
「ダメ? お姉ちゃん」
「お姉ちゃん……」
柚鈴が噛みしめるように呟く。あ、これダメなヤツだ。陥落されかかってる。
僕は二人の距離をあけるようにワザと間に入った。
「はい、そこまで。姉さんを貰うぐらいなら、僕を貰ってください。僕なら料理も家事もできるからお得ですし、姉さんみたいにトラブルメーカーにならない……あれ?」
柚鈴が真っ赤な顔で固まっている。
「どうしました? ゆずりん先生?」
柚鈴の顔の前で手を振るが反応がない。それどころか、名前を訂正しない。マジで、どうした!?
焦る僕を姉が笑う。
「ちょっ、笑ってる場合じゃないだろ!」
「若いって、良いわねぇ」
「それ、今は関係ないから!」
僕のツッコミに、なぜか姉がますます笑った。本当になんなんだ……
0
あなたにおすすめの小説
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる