【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
29 / 63

年明けですが、早々に予定が決まりました

しおりを挟む

 固まっていた黒鷺が突如、咳込んだ。


「かっ、家族って!? そのっ、げほっ、ごほっ!」


 あ、むせた。まあ、突然こんなことを言われたら、むせるよね。

 私は黒鷺に湯飲みを差し出した。リクがニコニコと笑顔で話す。


「日本には、同じ釜を食う家族、という言葉があります。それなら、柚鈴先生は家族です」


 それ、いろいろ違うから! 私は心の中でツッコミながら訂正した。


「それを言うなら、同じ釜の飯を食う、です。苦楽を共にした親しい間柄、という意味になります」

「そうですカ。でも、ワタシにとって、柚鈴先生は可愛い娘で家族です」

「いや、ですが……」


 私が戸惑っていると黒鷺が間に入った。


「父さん、ゆずりん先生にも家族がいるんだから、勝手に娘って決めたらいけないよ」

「オウ、そうですネ。柚鈴先生のご両親に挨拶しないといけません」


 変な方向に話が飛んだ!

 私は慌てて両手を横に振った。


「そこは挨拶なしで大丈夫です」


 むしろ、挨拶に来るほうが困る。だって……


「あ、除夜の鐘」


 ミーアの声に全員が黙る。微かに除夜の鐘が聞こえる。


「風流ですネ。イタリアの賑やかな年始もいいですが、静かなのもいいです」


 リクが感慨深く呟く。しっとりとした落ち着いた雰囲気。これぞ、日本の正月……

 そこに、黒鷺が思い出したように言った。


「そういえば、ビール飲みます?」

「あるの!?」

「待ってください」


 黒鷺が冷えたビアグラスとビールを持ってきた。


「キャー! ありがとう!」


 私はビールをビアグラスに注いで一気に飲んだ。


「ぅん、もう、最高!」


 先程までのしっとりとした空気は消し飛んだ。ミーアが勢いよく手を上げる。


「私にもビール、ちょうだい」

「はい、はい」

「ワタシはワインください」

「え? 蕎麦にワイン?」


 ミーアが思いっきり怪訝な顔をしたが、リクは盛大に頷いた。


「ワインはどんな料理でも合います」

「えー、蕎麦には合わないわよ」

「そんなことありません」

「えー?」

「それより、父さんは書類仕事が残っているんだから、ワインは無し」


 黒鷺の宣告にリクが青ざめる。


「ワイン無し!? アマネは人でなしですカ!?」

「人でなし、で結構。ちゃんと仕事を終わらせなかったのが悪い」

「一口! 一口でいいですから!」

「仕事が終わったら、どうぞ」


 黒鷺がツンと顔を背ける。リクが私に飛びついてきた。


「柚鈴先生! アマネが人でなしになってしまいましたァ!」

「えっ!? わ、私に言われても困ります!」

「父さん、ゆずりん先生を巻き込まない!」

「だから、私の名前は柚鈴ゆりだって!」


 ミーアが笑いながらビールを開ける。


「ゆずりんったら。新年早々、怒らないの。ほら、ビール飲んで」

「でも、ちゃんと言わないと……って、こぼれる!」


 注いだビールがビアグラスから溢れそうになる。私は慌ててビアグラスに口をつけた。


「ほら、ほら。飲んで、飲んで」

「もう! 私がビール好きでも、こんなに一気に飲めないわよ」


 賑やかな声が洋館に響く。


(すっごく居心地がいい。こんな気持ちになったのは何年ぶりだろう)


 私は一生分の運を使った気がした。


※※


 蕎麦でお腹いっぱい。ビールでほどよく酔ったところで、お開きとなった。


(明日は休みだから、好きなだけ寝れる。文字通り寝正月が過ごせる! しかも、起きたらお雑煮とおせちがある!)


「ここは天国か!」


 私は喜びながらベッドにダイブした。ぽふんぽふんとマットが跳ねる。


(おっと、他人様のベッドをいうことを忘れていた)


 淡い緑色のシーツがかけられたクイーンサイズのベッド。あとは棚とテーブルと椅子しかない。ビジネスホテルのようにシンプルだけど、部屋は広い。


「こんな客室があるんだから、すごいよね」


 私は抱いていたハリネズミのぬいぐるみに声をかけた。

 海外の友人が泊りに来ることがあるため、客室が二部屋もあるという。私が泊まる時は、この部屋を準備してくれる。


『たまには使わないと埃が溜まりますから』


 そう言いながら手早くベットメイキングした黒鷺は、いつでもホテルで働けると思います。


「すごいよねぇ。これで料理上手で、イケメンで、なんで彼女がいないんだろうねぇ。小児科の看護師たちが知ったら飛びつくのに。あ、今度、誰か紹介しようかな」

「そういうのを大きなお世話って言うんですよ」

「ふぃひゃぁ!?」


 完全に無防備な状態だったため、変な声が出た。というか、この声どこから出た!?


 反射的に体を起こした私は、ドキドキする胸をハリネズミのぬいぐるみで押さえた。

 体を起こし、そぉっと声がした方を向く。開いたドアの前に黒鷺が。


「ど、どうしたの!?」


 慌てる私を不機嫌そうに黒鷺が見下ろす。


「ノックしても返事がなかったので」

「あ……」


 ベッドの上でゴロゴロしていたので、聞き逃していた。


「ごめん。気が付かなかった。で、何か用?」

「朝の雑煮のお餅の数を確認しておこうと思いまして。何個食べます?」

「二個!」

「わかりました。あまり寝坊しないでください。姉さんが一緒に初詣に行きたいと言っていましたから」

「んー。じゃあ、午前中に起きるわ」

「……十時ぐらいには起きてください」

「わかったわ」


 黒鷺が私の胸に視線を落とす。その先にはハリネズミのぬいぐるみ。

 ものすごく気に入ってるように見える? いや、実際に気に入っているんだけど、なんか恥ずかしい。


「この子、抱いて寝るのに丁度いい弾力なのよね」


 ちょっと言い訳っぽかったかな?


「……」


 黒鷺が無言でハリネズミのぬいぐるみを見つめる。その沈黙が痛いのですが……


「な、なに? ぬいぐるみを抱いて寝るのは、子どもっぽいって言うの?」

「いえ、そうではなく……」

「はっきり言いなさいよ」


 黒鷺が無言でハリネズミのぬいぐるみの一点を指さす。そこにはハリの毛に埋もれた小さな耳。しかも、雫型のピンクパープルのイヤリングを付けている。


「……オシャレなぬいぐるみね」

「オシャレなぬいぐるみでも、イヤリングはしないと思いますけど?」

「ですよねぇ……」


 もしかして、このイヤリングもクリスマスプレゼントの一つだった? でも、片耳だけ?

 あれ? なんか……このイヤリング、どこかで見たような? こういうの既視感デジャブって言うんだっけ?

 私が首を捻っていると、黒鷺が額を押さえて唸った。


「まさか、気付いてなかったなんて。しかも、片方なくなってるし」

「ごめん、ごめん。私の部屋に落ちてると思うから、帰ったら探すね。あ、あと、お年玉を奮発するから、楽しみにしてて」

「…………お年玉?」

「お年玉、知らない? お正月に大人が子どもにあげるの」


 流暢に日本語を話すから忘れがちだけど、黒鷺は海外育ち。意外なところで日本文化を知らないことがある。


「お年玉は知ってますが…………僕が言いたいのは、そういうことではなく」

「ん?」


 薄い茶色の瞳がまっすぐ見つめる。私はそれをベッドに座ったまま顔を上げて眺めた。


(背も高いし、体格もいいし、大きいなぁ)


 酔った頭でぼけぇーと考えていると、黒鷺が大きくため息を吐いた。


「いえ、いいです。お疲れでしょうから寝てください」

「うん。そろそろ、眠い……ふぁ」


 自然と出た欠伸を手で受け止める。


「では、おやすみなさい」

「おやすみなさぁい」


 私は手を振って布団に入った。静かにドアが閉まる音。

 おやすみなさいと言って、人の気配を感じながら眠る。久しぶりに感じる人の温もりと不思議な心地よさ。
 
 微睡んでいると、脳裏にハリネズミのぬいぐるみが付けていたイヤリングが浮かんだ。


(どこかで同じものを見たんだけどなぁ。確か、仕事から帰る時……)


「医局で見た!」


 私は体を起こした。


 医局で鞄を落とした時、その衝撃でイヤリングの片方が飛んだのかもしれない。それを蒼井が拾って私に見せた。


「早く回収しないと! 失くしてたら大変!」


 急いで蒼井にメールをすると、空き時間だったらしく、すぐに返事がきた。


「よかった。ちゃんと持っていてくれたのね」


 イヤリングを返してほしいとメールをしたら、予想外の要求が。


「寝正月したかったのに……」


 私は渋々返信し、スマホのアラームをセットして寝た。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...