34 / 63
正月ですが、楽しく過ごせました
しおりを挟むバスに乗っていたのは十五分ぐらい。なのに、一時間以上バスに乗っていた気分。
フラフラとバスから降りると、冷たい風が火照った体を冷やす。人が多くて暑かったし、逆上せたのかも。心臓も落ち着いてきた。
一息ついて振り返ると、黒鷺の顔も赤かった。もしかして、同じように逆上せたのかな。
「バスの中は暑かったね」
「そうです?」
「違うの? 黒鷺君の顔が赤くなってるから……」
私の指摘に、黒鷺の顔がますます赤くなる。
「あ、赤くないです! ゆずりん先生のほうが、顔が赤いですよ!」
「だから、私の名前は柚鈴だって。私はバスの中が暑くて、逆上せたの」
「ぼ、僕もです! とにかく。早く帰りま……」
黒鷺が突然黙り、表情を固くする。薄い茶色の瞳をキツくして、反対側のバス停を睨んだ。
「どうしたの? 向こうに何かある?」
私も同じ方向に視線を向けると、こちらを見ていた人が路地裏に去った。一瞬すぎて性別も年齢も分からない。
「知り合い?」
「いえ。……早く帰りましょう」
黒鷺がさりげなく私の手を握り、引っ張るように歩き出し……って、ちょっ!? まっ!? 手!?
なんで握る必要が!? バスは降りたし、近くにいる必要はないよね!?
「あ、あの、黒鷺君?」
私の声で黒鷺が気付いたように手を離す。
「す、すみません」
なんか恥ずかしくて、黒鷺を見ることができない。
微妙な空気。
お互いに顔を逸らしたまま家路を急ぐ。目と鼻の先にある洋館が、この時は何故か遠くに感じた。
※※
気まずい雰囲気のまま、リビングに戻る。すると、そこでは……
「そうなのよ、レン! よく分かってるじゃない!」
「学生の頃からの付き合いだからな。でも、そのことに気づいたミーアの目も、なかなか」
「そうでしょ? ゆずりんには、あぁいう化粧の方が似合うと思って。ほら、飲んで」
「ありがとう……って、入れすぎだろ」
酔っ払いが二人、出来上がっていた。
「姉さん?」
「蒼井先生?」
二人がそろって私たちの方を向く。なんか、意気投合していません?
「あ、おかえりぃ~」
「先に食べてるぞ」
おせちの前に日本酒と白ワインがある。しかも、おせちは半分ほど姿を消し……
「ちょっと! もう少し残しといてよ!」
私は急いで上着を脱ぐと、キッチンから取り皿と箸を持って来た。
蒼井が笑いながら数の子を口に入れる。
「帰ってくるのが遅いのが、悪いんだよ」
「だからって、そんなに食べないでよ。それに、当直明けでそんなに飲んで、倒れても知らないわよ」
「少ししか飲んでないから平気、平気」
「いや、今にも寝そうなほど目が閉じかけて……って今はそれより、おせち!」
数の子や伊達巻き、海老に蒲鉾。あ、なま酢に黒豆も忘れずに。どんどん自分の皿へ載せていく。
すると、目の前にビールが入ったビアグラスが現れた。透明なグラスに白い猫の絵が浮かぶ。
顔を上げると、呆れたような笑顔の黒鷺が。
「どうぞ」
「ありがとう! いっただっきまーす!」
冷えたビールに濃い目の味付けのおせちが合う!
数の子のポリポリ食感と、この塩加減は最高。そこに伊達巻きのふんわりとした優しい甘さ。なま酢の程よい酸っぱさに、つやつやと輝く甘い黒豆。
あー、これぞ日本のお正月!
「本当、美味しいわ!」
「はい、はい」
黒鷺が脱ぎっぱなしの私の上着を片付ける。
「あ、ごめん」
「いいですよ。食べてください。と、いうか早く食べないと、姉さんたちに全部食べられますよ?」
立ち上がろうとした私を黒鷺が止める。視線をテーブルに向けると、ミーアがパクパクとおせちを口に放り込んでいた。
「待って? この後、ケーキも食べるんだよね?」
「そうよ」
「こんなに食べて、ケーキも食べられるの?」
「うん」
「それだけ食べて、その体型ってズルくない?」
ミーアが不思議そうに体を見る。
「そう?」
「そうよ……あ、私の黒豆!」
「ボーっとしてたら食べちゃうわよ?」
「食べてから言わないで! そういえば、リク医師は?」
リビング内を見回すが、リクの姿がない。
「お父さんは自分の分のおせちを持って、自室に戻ったわ。正月明けに依頼されている講義の原稿が、まだ出来ていないのよ」
「お正月も仕事って、大変なのね」
同情する私の気持ちをかき消すように、ミーアが豪快に手を振る。
「違う、違う。もっと早くしておけば良かったのに、ズルズルと後伸ばしにしていただけ。長期休みの宿題を最後の数日に徹夜して終わらせる子どもと同じよ」
「え? そうなの? そういうのはテキパキ終わらせるイメージだったのに。なんか意外。蒼井先生もそう思わない……って、蒼井先生?」
蒼井がテーブルに伏せて、気持ち良さそうに寝ている。
「あー、寝ちゃったかぁ。当直して疲れてるのに、お酒を呑むから……しばらく寝かせといてあげてもいい?」
「医者って大変だもんね。いいわよ。そういえば、どうして二人で初詣に来ていたの?」
「それは……」
私は黒鷺の位置を確認した。キッチンで洗い物をしている。
ミーアの耳に顔を近づけ、私は小声で説明をした。
「実は、黒鷺君がクリスマスプレゼントにくれたイヤリングを、医局に落としたの。それを蒼井先生が拾ったから、返してもらおうと連絡したら、初詣に行こうって。一人で初詣に行くのは嫌だし、初詣に行かないのも嫌だって言うの」
「そういうこと」
「カッコつけの寂しがり屋だから」
「よく知っているのね」
「学生時代からの腐れ縁だからね」
ミーアがふうん、と目を細める。
「ところで、どうして小声で話すの?」
「だって、せっかくプレゼントしてくれたのに、失くしかけたなんて言えないもん」
「もんって……言い方が可愛いすぎ。しかも、それで小声なんて……」
ミーアが笑いを堪えるように肩を震わす。私はムッとした。
「いけなかった?」
「ごめん、ごめん。それにしても、天音がイヤリングをプレゼントするとはね。どんなイヤリング?」
「これ」
私はポケットに入れたままだったイヤリングを出した。手の中で雫型の石が揺れる。
「へぇ。天音にしては良いの選んだじゃない。ゆずりんにピッタリ」
「パープルピンクなんて、可愛い過ぎない?」
「ゆずりんにピッタリの色だと思うわ」
「そ、そう」
なんか、こそばゆい。黒鷺がこちらに来る。私はイヤリングをポケットに戻した。
「はい、どうぞ」
「え?」
私の前に枝豆と出し巻き玉子が置かれる。
「おせちが少なくなっているので、代わりに」
「ありがとう!」
「私のは?」
「姉さんはしっかりおせちを食べたでしょう? それに、ケーキもあるんだから」
「むぅー」
ミーアが頬を膨らます。私は枝豆とだし巻き玉子がのった皿を差し出した。
「食べる?」
「いいの。私はゆずりんが美味しそうに食べる姿を見学するわ」
「それは、それで食べにくいんですけど!?」
「気にしないで」
「気になる!」
黒鷺は肩をすくめながら、キッチンへ戻った。
※※
この後、一時間ほどで蒼井が起きたため、そこでケーキを食べた。
蒼井がオススメするだけのことはあり、口に入れた瞬間にとろける生クリームと、しっとりスポンジ。
そこに盛りだくさんのフルーツがのった、美味しいケーキだった。
そんな食べごたえ十分なケーキを、ミーアがワンホール分、軽く平らげる。その姿に、蒼井がドン引きする。
そんな蒼井の姿に私と黒鷺は笑いあった。
いろいろあったけど、結果として私はクリスマスだけでなく、正月も楽しく過ごすことができた。
なんか幸せすぎて、ちょっと怖い気もするけど…………
0
あなたにおすすめの小説
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる