【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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黒鷺家ですが、居候することになりました

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 いや、いや、いや。安心している場合じゃない。

 この黒鷺は夢!? 幻!? いや、でも蒼井も驚いた顔をしているから、見えているのは私だけではない。

 と、いうことは本物ってことだけど、警備はどうなっているの!? ここに来るまでに警察がいたはずなのに、白衣を着ているだけで会議室ここまで来れたの!? 

 唖然としている私を他所に、黒鷺が蒼井を睨みながら会議室に入る。いや、なぜ蒼井を睨む?

 黒鷺が蒼井に訊ねた。


「僕の家なら父さんも姉さんもいて、人が多い。一軒家で客室もある。そちらは?」


 蒼井がすぐにいつもの軽い笑みを浮かべる。


「男の一人暮らしのマンションに、女性が一人で泊まるのは危険だと?」

「理解が早くて助かります」


 椅子に座る蒼井を黒鷺が冷めた目で見下ろす。

 三十代の刑事が突然乱入してきた黒鷺を訝しんだ。


「あなたは、誰ですか?」

「僕は……」


 黒鷺の言葉を遮るように蒼井が説明をする。


「彼は世界的に有名な脳外科医の息子でして、身元はしっかりしています。確かに彼が言う通り、不特定多数の人が出入りする私のマンションより、彼の家の方が安全かもしれません」

「いいの?」


 蒼井の思いがけない言葉に私は二人を見た。蒼井が頷く。


「決めるのは君だ」


 私は二人を交互に見た後、黒鷺に視線を向けた。


 せっかく申し出てくれた蒼井には悪いけど、通いなれた黒鷺の家の方が過ごしやすい。


「じゃあ、お言葉に甘えても、いい?」

「どうぞ」

 黒鷺はホッとしたように微笑んだ。


※※


 私は犯人がどこにいるか分からないという理由から、二人の刑事と一緒に荷物を取りに家まで帰った。

 とりあえず、必要なものをスーツ―ケースに投げ入れる。玄関で刑事が待っているため、なんとなく焦る。


「あ、これも忘れずに」


 ベッドに転がっているハリネズミのぬいぐるみを持った。耳にはイヤリングがちゃんと付いている。


 私はハリネズミのぬいぐるみを抱きしめた。


 麻酔が効いている腕だと感覚が鈍い。なのに、少しでも気を抜くと、震えて動けなくなりそう。


「……大丈夫。私は大丈夫。大丈夫よ」


 自分に言い聞かせると、ハリネズミのぬいぐるみをスーツケースに押し込んで閉めた。

 スーツケースを転がして玄関に移動する。そこで待っていた三十代の刑事が私に声をかけた。


「忘れ物はありませんか?」

「大丈夫だと思います」

「持ちましょう」

「ありがとうございます」


 麻酔が効いているので痛みは軽いとはいえ、両腕に傷があるので、あまり力は入れないほうがいい。スーツケースを運んでもらえるのは助かった。


 黒鷺の家まで車なら十五分ほど。けど、犯人を警戒しているのか、車は遠回りをして複雑な道を通った。私も知らない道ばかり。

 結局、車は三十分かけて黒鷺の家に到着した。

 呼び鈴を鳴らす前にドアが開き、黒鷺が出てくる。もしかして、待ってた?


「どうぞ」

「お、お邪魔します」


 初めてではないのに、なぜか緊張する。後ろで黒鷺が刑事から私のスーツケースを受け取る。

 玄関に入ると五十代の刑事が言った。


「この周囲の見回りは強化しますが、なにか異変があったら、すぐに連絡をしてください」

「はい」

「お仕事は?」

「明日は休みで、明後日は仕事です」


 刑事二人がコソコソと相談した後、こちらを向いた。


「わかりました。では、今日はこれで失礼します」

「あ、ありがとうございました」


 二人が立ち去り、玄関のドアが閉まる。黒鷺が鍵を閉めたところで、私は気が抜けた。


「はぁぁぁぁぁ……」

「どうしました!?」


 思わず脱力して座り込んだ私に黒鷺が慌てる。


「いや、ちょっと気が抜けたというか、なんというか……」

「とりあえずリビングまで移動しましょう。動けます?」

「大丈夫よ……ぉお?」


 あれ? 動けない。立ち上がれない。もしかして、腰が抜けたってやつ?


 私がバタバタと焦っていると、黒鷺が床に膝をついた。
 そして、私の脇の下と膝裏に手を入れ、抱き上げた。俗に言うお姫さま抱っこだ。


「へ!? いや、ちょっと待って! 歩ける! 歩けるから!」

「はい、はい。暴れないでください。リビングに移動するだけです」

「うぅ……」


 軽々と持ちあげられ、移動する。力もあるのかなぁ。とっても安定している。

 そんなことを考えていると、リビングにあるソファーに降ろされた。


「コタツの方が良かったですか?」

「ううん、このままで大丈夫。コタツは目の前だし、それぐらいなら自分で動けるから」

「では、荷物はいつもの客室に置いておきますね。あ。コートは脱いでください」

「ありがとう」


 私は脱いだコートを黒鷺に渡した。漫画の作業で忙しい時期なのに悪いなぁ……

 ソファーに体を倒す。

 緊張の糸が切れたのか、疲労が出てきたのか、全身が重い。そこにハリネズミのぬいぐるみと毛布が降ってきた。


「え?」


「勝手ながら、スーツケースを開けました。必要でしょう?」


 毛布の中でハリネズミのぬいぐるみを抱きしめる。この感触と肌触りが落ち着く。


「ん、ありがとう」

「休んでください。あ、なにか食べますか?」

「大丈夫。黒鷺君、漫画描かないといけないでしょ? 私はここで休んでるから、仕事してきて」


 うん。私は大丈夫。今までも一人で大丈夫だったんだから。これ以上、迷惑はかけられない。

 黒鷺が渋々な様子で頷く。


「……じゃあ、なにかあれば声をかけてください」

「うん。ちょっと寝るね」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 人の気配がある。それだけで安心する。

 私は重くなった瞼を閉じた。
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