【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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傷ですが、処置されました

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「……うにぃ!?」


 光速で伸びてきた手に、いきなり頬をつねられた。驚いて顔をあげると、怒り顔の黒鷺。


「昨日も言いましたが、全然迷惑ではありません! グジグジ言われるほうが面倒です。何も言わずに傷が治るまで、ここに居てください」

「で、でも……」


 私が反論しようとすると、黒鷺の片眉が上がった。な、なんだろう? 部屋は暖かいのに、急に寒気が……


「次に帰るって言ったら、傷が治るまで監禁しますよ?」


 む、無表情!? あ、これミーアが言ってた、冷静に見えて、冷静じゃないヤツ。何気に目が座ってる!? 本当にやりそう!?


 黒鷺の圧力に私は何度も頷いた。


「わ、わかりました! もう、言いません!」

「本気ですからね?」

「ひゃ、ひゃい!」


 ようやく黒鷺が頬から手を離した。うー、ちょっとヒリヒリする。

 黒鷺が私の腕に視線を落した。


「痛み止めを飲む時間じゃないですか?」

「あ、そうだった」

「水を持ってきますね」


 黒鷺がキッチンへ移動する。


 あー、驚いた。まあ、監禁は冗談だろうけど、そこまで心配してくれるなんて、意外と優しい。でも、自分のことは自分でしないと。

 私は包帯グルグルの両手を見た。
 痛み止めを飲んだら、傷の処置もしないといけない。しかも、右腕の処置は左手で。うまくできるか……


「どうぞ」

「ありがとう」


 水を受け取り、痛み止めを飲む。

 傷の処置は手間取るだろうけど、道具を並べて、準備万端にしておけば……と考えていると、インターホンが鳴った。


「宅配便?」

「土曜日の早朝に? 注文している物もありませんけど」


 黒鷺がインターホンに出る。


「はい……あぁ」


 画面に映った相手に対し、黒鷺が露骨に表情を崩した。それから、二言、三言話して玄関へ。


「知ってる人かな? っと、それより今は傷、傷」


 私はカバンから処置道具一式が入ったビニール袋を取り出した。


「よし!」


 処置をするために気合いを入れる。そこに、聞き覚えがある声が近づいてきた。


「何事もなかったみたいだな」

「何があるんですか?」

「若気の至り、とか?」


 黒鷺が鼻で笑う。


「オジサンは心配性なんですね」

「オレはまだオジサンじゃねぇ!」

「僕は坊やですから」

「根に持っているのか」


 リビングに蒼井が入って来た。予想外の人物の登場に、私は手を止めた。


「どうしたの?」

「傷の処置にきた」

「はい?」


 目を丸くした私の前に、蒼井がコートを脱いで腰を下ろす。紺のタートルネックに黒のスラックスという珍しくシンプルな服装だ。


「昨日、渡した道具は?」

「ここにあるけど」 

「よし」


 蒼井が手際よくビニール袋の中から道具を出してコタツに並べる。道具と言っても傷を覆うものと、テープぐらいだけど。


「ほら、腕を見せろ」

「あ、うん」


 私は袖を捲って包の包帯グルグル巻の両腕を出した。
 蒼井が私の左腕をとる。


「まずは左腕だな。おい、坊や。処置するから覚えて手伝えるようになっとけ」

「はい、はい。オジサン」


 蒼井は眉間にシワを寄せたが、それ以上は何も言わずに私の包帯を外した。一日ぶりに触れた空気は意外と冷たい。

 腕に貼られていたオレンジ色のシートを取る。


「ガーゼを使わない……湿潤療法ですか」

「よく知ってるな」

「ガーゼは傷を乾燥させるので、湿潤療法では使用しない。常識です」

「かわいくねぇな」


 蒼井がシートに付着している液を確認する。傷からの出血はなく、薄い黄色の液が染み込んでいる。


「液が漏れるぐらいなら一日二回交換が必要だが、これなら一日一回交換で大丈夫そうだな」


 次に傷を診る。まっすぐな赤い線が数本。その傷を横断するようにテープが貼ってある。


「血は止まってるな。これなら今晩の風呂は、このまま入っていいぞ。で、風呂から出る時にシャワーで傷口を流して、水気を拭き取ってから処置をしろ。あ、風呂に入った時に石鹸の泡が付かないようにな。石鹸の泡は傷を乾燥させるから」

「気を付けるわ」

「これが被覆材ひふくざいだが、注意するのは一点だけ。この白い面を傷に当てること。オレンジ色は外側だから、液を吸収しないからな」

「わかったわ」


 蒼井が新しいオレンジ色のシートを私の腕に巻いて、それをテープで止める。


「二、三日したら、薄い貼るタイプのシートに変えられるだろう。そうしたら、もう少し処置が楽になる」

「あぁ、あれね。アレなら貼るだけだから、固定のための包帯もいらないわね」

「そうなる。で、問題の右腕だな」


 左腕の包帯を巻き終えた蒼井が私の右腕を見る。私は静かに右腕を差し出した。蒼井が包帯を止めているテープを取る。

 包帯を一巻き外すごとに空気が重くなっていく。いや、そんなに真剣にならなくても。

 と、軽く考えている私を蒼井が睨んだ。


「運よく太い血管と神経から外れたけど、右腕こっちの傷はかなり深いからな。甘く見るなよ」

「……はい」

「皮下だけでなく筋肉まで縫合したんだからな」

「承知しております」

「まったく」


 蒼井が肩をすくめる。

 オレンジ色のシートを外すと、十センチほどの赤黒い血の塊が付いた線が現れた。


「血を洗い流すか」


 洗面所に移動し、蒼井が持ってきた生理食塩水生食で傷を洗い流す。薬が効いているのか、痛みはそこまでない。血で隠れていた小さな傷も見えるようになった。
 結構、傷があったんだなぁと、いまだに他人事のように感じる。

 蒼井は持ってきたガーゼで生食を拭き取った。


「血は止まってるし、感染している様子もないな。傷の周りが赤くなったり、腫れたり、痛みが強くなったら言えよ。抗生剤を処方するから」

「わかったわ」


 深い傷らしいけど、蒼井が綺麗に縫合してくれたので、浅い切り傷がある程度にしか見えない。
 傷の表面の皮膚を縫合すると、針と糸の痕が残る。そこで蒼井は、筋肉と皮膚の下の組織まで縫い、皮膚は専用のテープで止めた。
 それだと表面に針と糸の痕は残らない。

 あとはオレンジ色のシートと包帯を巻いて止めた。
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