【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
41 / 63

黒鷺ですが、仕事をバラしました

しおりを挟む

 処置を終えた蒼井が念押しする。


「右腕は、あまり使わないように。重い物とか、絶対に持つなよ。風呂は傷を濡らさないように、この上にラップを巻いて入れ」

「わかった。ありがとう」

生理食塩水生食とガーゼを渡すから、明日は同じように処置をして、明後日の月曜日にオレに診せてくれ」


 そう言いながら蒼井が生食ボトルと滅菌ガーゼを置いた。せっかく持ってきてくれたけど……


「明日は仕事だから、病院で誰かに処置をしてもらうわ」

「明日はオレが代わりに出るから、休め」

「え!? でも!」

「当直も、しばらく無しだ。警察が、犯人がいつ襲ってくるか分からないから、人が少ない時間に仕事をさせるなって。あと小児科の看護師長も、病棟のことは気にせず、しっかり休めって言ってたぞ」


 看護師長の険しい顔が浮かび、思わず吹きだした。確かに言いそう。


(いろんな人に迷惑かけちゃったな。私のせいで……)


「ごめんね」

「悪いのは犯人だ。謝ることはない」

「ん。ありがとう」


 ちゃんと笑って礼を言えたかな。なんとか口角を上げている私の顔を蒼井がジッと見つめる。


「な、なに?」

「おまえ、犯人に怒りはないのか?」

「え……」

「突然、訳の分からないことを言われて、こんな傷だらけにされて。怒っても誰も何も言わないぞ。むしろ、怒れ」


 言い分は分かるけど……私は返事に困って俯いた。


「う、うん……」


 黙ってしまった私に蒼井が肩をすくめる。


「まあ、そこは人それぞれか。あと、しばらくはオレが送り迎えするから」

「ふぇ!?」


 完全に予想外の不意討ち。変な声が出てしまった。なんで、そうなる!?

 私の疑問に答えるように蒼井が説明をする。


「どこに犯人がいるか分からないんだぞ。一人で通勤なんて危ないだろ。それと」


 蒼井が黒鷺を睨んだ。


「リク医師とミーアはどこにいるんだ? 玄関に靴が見当たらなかったが?」


 そういえば、二人の姿を見てない。黒鷺を見ると、シレっと答えた。


「出かけているだけです」


 その答えに納得していないのか、蒼井は眉をひそめた後、私に言った。


「こいつがナニかしたら、すぐオレに電話しろ。いいな」

「ナニかって何?」

 具体的に言ってくれないと分からない。首を傾げる私に、蒼井が額を押さえてため息を吐いた。


「そうだ。こういう話には疎かったんだ。あー、とにかく! 嫌なことがあったら、すぐオレに言え。迎えに来るから」

「嫌なことなんて全然ないけど。ご飯が美味しくて天国だし。あ、でも、私が黒鷺君の仕事の邪魔になるっていう問題が……」

「邪魔ではないです!」


 思ったより大きな声で返されたことに驚く。

 蒼井が片眉を上げて訊ねた。


「仕事してるのか? なら、家を空けることもあるってことだよな? で、今はリク医師もミーアもいない。それなら、オートロックのオレのマンションのほうが安全じゃないか?」


(そういう心配をしていたのね。それなら……)


「黒鷺君は家で仕事してるから、大丈夫よ」

「家で? なんの仕事だ?」


 こんなに食いつくと思っていなかった。ここまで言っといて、なんだけど、これ以上は、私が言ってもいいものか……

 横目で黒鷺を確認すると、露骨に嫌そうな顔をしていた。


「それは、あなたに関係ないでしょう?」

「大学生じゃなかったのか?」

「大学生でもあります」

「学校は?」

「柚鈴の仕事が終わる前には帰ってきます」


 蒼井が目を細める。


「……昨日、医局の会議室に無断侵入したよな?」


 事件の後、私が事情聴取を受けていた会議室のことだ。
 あの時は刑事に怪しまれた黒鷺だったが、蒼井の口添えでどうにかなった。でも、なんでその話を……って、黒鷺の顔から表情が消えた!? 無表情!?

 オロオロと見守る私の前で、二人が見えない火花を散らす。


「たしかに昨日は誤魔化してもらって助かりました。ですが、それとこれとは話が別です」

「どんな仕事をしているのか分からないヤツに、柚鈴ゆりは任せられないって、言っているんだ」


 およ? 珍しく蒼井が私の名前を正しく言った。なんだ。やっぱり言おうと思えば、ちゃんと言えるのね。

 一方の黒鷺は薄い茶色の目を鋭くした。


「分かりました。少し待っていてください」


 黒鷺がリビングを出て二階へ上がる。そして、すぐに戻って来た。


「僕の仕事はコレです」


 一冊の漫画を蒼井の前に出した。それを見た蒼井の顔がこわばる。


「どうかしたの?」

「い、いや、なんでもない。本当に作者だという証拠は?」

「目の前でキャラとサインでも描けばいいですか?」

「い、いいのか!?」


 蒼井の声が上ずり、目が輝く。あれ? 作者なのか疑っていたんじゃないの? なんか嬉しそうに見えるけど。

 蒼井の変化に気づいていないのか、黒鷺は眉間にシワを寄せたまま言った。


「ちょっと待っていてください。ペンと紙を持ってきますから」

「わかった」


 黒鷺が再びリビングから出て行く。蒼井が私に耳打ちをした。


「本当に黒鷺雨音先生なのか?」

「そうよ。私が監修しているんだから間違いないわ」

「なに!? なんて羨まし……じゃなくて! 監修者の名前なんて載ってないぞ!」

「載せてほしくないから断ったの。それにしても……詳しいのね」


 私の話の途中から蒼井が鞄を漁り始めた。そこにペンと紙を持った黒鷺が戻る。


「じゃあ、描きますよ」

「ま、待ってくれ!」


 蒼井が鞄から出した本を黒鷺に差し出した。


「これ! これに描いてくれ!」


 蒼井の手には黒鷺が描いた漫画が……

 驚いている私の隣で黒鷺が固まる。言葉が出そうにない黒鷺の代わりに、私が質問をした。


「……なんで黒鷺君の漫画を持ち歩いているの? あ、医局に置いていた漫画を持って帰るところだったとか?」

「これは医局に置いているのとは別だ。布教用として持ち歩いている本。あと、読む用と保存用が家にある」

「つまり、同じ本を四冊持っている、と?」

「当然!」


 蒼井はいわゆるガチ勢というヤツでした。初めて知った私が絶句したのは、言うまでもありません。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...