【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

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医療ですが、基本を思い出しました

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 まっすぐ見つめてくる澄んだ薄い茶色の瞳。けど、今にも私に飛びかかりそうな気迫。

 黒鷺が意を決したように口を開いた。


「僕は、柚鈴のことが……「ただいまぁ!」


 玄関から明るく大きな声が響いた。軽い足音とともにリビングのドアが開く。


「最終の新幹線に乗れたから、帰ってきましたヨ!」


 今までの重い空気が一気に消し飛ぶ。二人そろって呆然とリクの顔を見上げる。

 そんな私たちの様子に、何かを察したリクが額に手を当てて天を仰いだ。


「オォ! 私としたことが、とんだお邪魔虫しましたネ」

「ち、ちっちちちち、違います!」

 私は慌てて立ち上がり、いままでの経緯を説明した。





 私の反対側の椅子に座るリクが静かに頷いた。


「そのお父さんは、子どもの死が受け入れられないのでしょうネ」

「だからと言って、柚鈴を刺すのは間違っている」


 黒鷺がテーブルにお茶をドンと置いた。力入れすぎでお茶が飛び散ってるよ。


「そうですネ。それは、そのお父さんの問題です。柚鈴先生に向ける感情ではありません。ですが、こういうことは、どうしてもあります」

「リク医師でもあるのですか?」

「はい。ですから、必死に考えて選んで治療します。他に方法はないか。ベストな方法はどれか。目の前の患者を確実に助けるために。そして、少しでも自分への後悔を減らすために。悔やまないために」


 優しくシワを刻んだ笑顔。私と同じ気持ち。私だけでは、ないんだ。同じように悩みながら治療している。


(そう。同じだけど、違う)


 両手を握りしめた。


「私は…………怖い、んです」


 振り絞るように声を出す。


「また、あの子のように助けられないんじゃないか、治療できないんじゃないか、って……」


 あれから、ずっと私を縛りつける感情。私は逃げるように俯いて目を閉じた。

 リクが大きく息を吐く。


「それで灯里アカリの治療に必死だったのですネ。ですが、いつもそんなに必死だと、いつか柚鈴先生が倒れてしまいます」

「私に家族はいません。倒れても「僕が心配する」


 私の言葉をかき消すように黒鷺が言った。顔を上げると、黒鷺が怖いほど私を睨んでいる。


「アマネ、黙っていなさい」


 低く威圧的な声が黒鷺を刺す。初めて聞くリクの重い声に、私の体が固まる。

 そんな私を安心させるようにリクが微笑んだ。


「柚鈴先生は、もう少し頼ることを覚えたほうがいいです」

「たよ……る……」

「はい。医療はチームです。一人では、できません。もっと周りを頼って、使ってください。そして、柚鈴先生の負担を軽くしてください」


 他の人に何度も言われた。でも、実行するのは難しい。

 悩む私にリクが言葉を続ける。


「人は頼られると嬉しいものです。でも、頼ってもらえないと悲しくなります」

「そうなんですか?」


 リクが頷く。


「はい。私は灯里の手術の時、柚鈴先生に助手を頼みました。それは、迷惑でしたカ?」

「い、いいえ。むしろ、あの時は手術の道具の滅菌や、手術の準備を任されて、認められてるんだって思って、嬉しく……」


 私はリクの言いたいことに気づき、口を閉じた。


「わかりましたカ?」

「はい。あの時は、自分の技量を認められているんだと、嬉しくなりました。ですが、私は……私はずっと、頼ることは、迷惑をかけることだと思っていました」

「それは、時と場合です。頼り過ぎると重くなることもあります。ですが、まったく頼られないと、信頼されていないようで悲しくなります」

「それは……気づいていませんでした」

「なら、もう少しだけ、周りを見てください。頼ってほしいと思っている人もいますヨ」


 リクが黒鷺に視線を向ける。すると、黒鷺が不機嫌な顔で言った。


Non avrei mai pensato di essere geloso di mio padre.父さんに嫉妬するなんて思ってもみなかった

Aspettative per il future.まだまだだな


 リクが余裕のある渋い笑顔で返す。イタリア語で会話なんてズルい。こっちは分からないのに。

 私の不満に気づいたのか、リクが軽く笑いながら視線をこちらに戻した。


「柚鈴先生が治療をすることを、怖いと思うのも苦しいと思うのも分かります。ですが、それは必要な気持ちです。その気持ちを、忘れないでください。もし、その気持ちを忘れたら、治療をするだけのマシーンになってしまいます」

機械マシーンに?」

「はい。同じ病気でも、同じ人はいません。病気とともに人も診てください。病気だけを診るマシーンになってはいけません」


 この気持ちと共に仕事をしていくのは正直、辛い。でも、リクが言っていることも分かる。私はちゃんと両立していけるのだろうか…………


「柚鈴」


 名前を呼ばれると同時に頭を撫でられた。驚いて顔を上げる。


「一気に全部しようとしなくていいですよ。できることから、少しずつやってみてください」

「……え?」

「僕も手伝いますから」

「でも、そんな……」

「僕は頼りないですか?」


 私は慌てて頭を振った。


「そんなことないわ! むしろ、頼りっぱなしで……」

「なら、もっと頼ってください」

「でも……」


 困惑する私に、リクが朗らかに笑う。


「そう、そう。もっとアマネに頼ったらいいです。それに、柚鈴先生が頑張りすぎて倒れたら、悲しいです」

「へ?」

「悲しくて、悲しくて、手術が出来なくなってしまいます」

「えぇ!?」

「なので、自分を大切にしてくださいネ」


 もしかしなくても、これって脅迫!? 手術を出して脅すなんて、ひどくない!?


「は、はい」

「約束ですヨ」

「はい」


 あまりの話題の展開についていけず、つい頷いてしまった。手術が出来なくなる……なんて、冗談よね?

 そぉーとリクを覗き見すると、良い笑顔を返された。


「ワタシ、ウソは言いませんから。手術はとても繊細です。その日の感情が影響します。柚鈴先生が倒れたら、心配すぎて手術が出来なくなります」


 あ、これ本当にするヤツだ。

 私が体ごと引いていると、黒鷺がリクを睨んだ。


「父さん、あまり柚鈴を困らせないように」

「アマネがもっと頼れる男になったら、いいだけですネ」

「これから、なる」

「うん。黒鷺君なら、なれるよ」


 突如、黒鷺の顔が火を噴いたように真っ赤になった。


「どうしたの!?」

「い、いえ。なんでもありません!」


 黒鷺がそそくさとキッチリへ移動する。


(突然、どうしたんだろう?)


 黒鷺は大学生で、まだまだこれから。就活とかいろいろ忙しくなるんだろうけど、英語もイタリア語も話せるから、引く手数多になりそう。

 それに加えて、この容姿で家事まで出来る。


「うん。どう考えても将来は有望よね」


 私は一人で納得した。
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