【完結】女医ですが、論文と引きかえに漫画の監修をしたら、年下大学生に胃袋をつかまれていました

文字の大きさ
58 / 63

チョコを渡そうとしたのですが、連行されました

しおりを挟む

 自分のアパートに戻る、と黒鷺に言えないまま十四日がきてしまった。

 黒鷺は医療漫画の最終話のペン入れと、新連載となるファンタジー漫画の準備で忙しいらしい。最近は会話どころか、顔を合わせることもなかった。


「仕方ないか」


 私は静寂に包まれたリビングを見回した。たった一ヶ月だったのに、数年ぐらい過ごしたかのような感覚。

 我が家よりも我が家みたいで。とても居心地がよくて。離れ難い……けど。

 そっとお礼の手紙と合鍵をコタツの上に置いた。


「ここなら、気付くよね」


 少ない荷物を鞄に詰め、こっそり洋館を出る。前もって荷物を運んでいたので、残っていた物は少ない。

 外に出ると、冷たい風が突き刺した。二月の中旬、寒さの真っただ中。すれ違う人々も自然と早足になっている。

 バスで移動した私は、北風から逃げるように自分のアパートに入った。


「……ただいま」


 暗い部屋に声が響く。自分の家のはずなのに、どこかよそよそしい。
 郵便物とか荷物を取りに時々帰っていたのに。なぜか、寂しくて心が冷える。


「きっと、部屋が寒いせいよ」


 私はすぐにエアコンのスイッチを入れた。

 部屋は暖かくなっても、なにも変わらない。物悲しい……って、ダメよ! そんな気持ちじゃ!

 私はブンブンと大きく首を振った。


「買い物! 買い物にいかないと! お腹も空いたし!」


(気分が落ちているのは空腹のせい! それに、食料も買わないといけないと!)


 私は空元気を出して、街へ出かけた。


※※


 やけに明るい街を独り歩く。


「なんか物足りない……」


 巷で噂の美味しい天丼を食べたけど、大きなエビ天は私の心の隙間を埋めることはできなかった。

 サクッとした衣に、プリッとした甘味が強いエビ。そこに甘じょっぱいタレと白米が調和して、エビの旨味を引き立てる。申し分ない美味しさだった。



 ――――――――でも……



 黒鷺が作った年越し蕎麦にのっていたエビのほうが美味しかった。


「……はぁ」


 自然とため息がこぼれる。洋館を出る時に残した手紙を思い出した。

 自分のアパートに帰ることと、世話になった礼を手紙に書いた。でも、直接言うべきだったかなぁ……あれだけ、迷惑もかけたし。

 ほとんど治った右腕に視線を落とす。


「最後ぐらいは顔を見てお礼を言わないと失礼だよね」


 ふと、ショーウィンドウに目を向ける。可愛らしくラッピングされたお菓子や小物たちが、華やかに彩る。


「そうか。今日はバレンタイン……」


 街がキラキラして見えたのは、そのせいだったのか。今の私には無縁の煌めき。でも、これだけ輝いているなら、少しぐらい便乗しても、いいかな。

 私は女の子たちで賑わっているチョコレート店のドアを押し開けた。


※※


 あれから数時間後。私は黒鷺の家の前を何度も往復する不審者になっていた。


「どうしよう……」


 置いてきた手紙を読まれた後で、チョコを渡しに戻ってきました、なんて恥ずかしい。
 なら、ポストにチョコだけ入れて立ち去れば……いや。でも、やっぱり直接お礼を言わないと……

 と、うろうろ悩みながら歩くこと一時間。明るかった空が薄暗くなり、星が顔を出し始めた。


「やらずに後悔より、やって後悔!」


 私は両手に力を入れ、庭に一歩、足を踏み入れた。
 ずんずんと歩き、玄関の前に立つ。インターホンを押そうとして、指が震えていることに気づいた。


(そういえば、初めてここに来た時も緊張で震えていた。大学受験や医師試験より緊張して。なのに、出てきたのはペストマスクで。驚いたり、騒いだり、で血圧が下がって倒れた私を黒鷺君が…………)


 その時のことが脳裏に浮かぶ。ポンっと顔が赤くなった気がした。
 心臓がバクバクと音をたてる。いや、実際に音がするわけじゃないけど、そんな感じ。


(落ち着け。落ち着け、心臓。今は不整脈をおこしている場合じゃないのよ)


 私はもう一度気合いを入れ直した。

 両手を広げ、全身で深呼吸をする。インターホンに指を伸ばす。


「よし!」


 力を入れてインターホンを押そうとしたところで、家の中からドタバタと大きな足音が響いた。そのままガチャガチャと玄関の鍵が開く。


(誰か出てくる!?)


 私は反射的に玄関のドアの影に座った。



 ――――――バン!



 勢いよくドアが開き、黒鷺が出てくる。手には私が置いてきた手紙。


(もしかして、今読んだのかな)


 ドアの影から覗き見る。黒鷺は私に気づいていない。


「よりにもよって、今日出て行かなくても……」


 黒鷺が玄関にある棚からヘルメットとバイクの鍵をひったくる。


(もしかして、私の家に行くつもり!? 私、ここにいるのに!?)


 黒鷺がドアを閉めて鍵をかける。

 暗くなっているせいか、私の存在に気づかない。と、いうか周りが見えてない? 無表情で行動が荒い。こんな黒鷺、初めてみたかも。

 黒鷺がバイクを取りに裏へ足を向けると同時にスマホを出す。素早く操作をして耳に当てる。


 ちゃっちゃらぁ~、ちゃらら、ちゃんちゃん。


 私のカバンから、有名な某ご長寿番組のテーマソングが響く。
 緊張感の欠片もない、間抜けにも程がある。いや、別の意味で緊張が走る。


 なんで、この着信音を選んだ!? 過去の私のバカ!!


 苦悩していると、黒鷺が足を止めた。振り返った先には、玄関の隅に座り込んだ私。すんごく間抜けな光景。

 黒鷺が無言のまま大股で近づいてくる。私は慌てて立ち上がった。


「いや、あの、チョコをね。あの、渡したら、すぐに帰っ……」



 ――――――えっ?



 思いっきり抱きしめられた。冷えた体を包み込む温もり…………

 って、痛い! 力が強い!

 驚きより、体の痛みの方が強い。声をかける前に黒鷺が息を吐いた。


「……よかった」


 心から安堵した声。こんな弱々しい黒鷺の声を聞いたのは初めてかも。

 私が驚いていると、黒鷺が怒った顔で言った。


「で、なんで出て行ったんですか?」

「だ、だって傷が治ったから」

「まだ完治していないでしょう?」

「でも、日常生活は問題ないし」


 私の言葉に、黒鷺が頭を横に振った。


「いや、傷のせいにしたらいけないですね。とにかく、家に入ってください」

「ま、待って。私はチョコを渡しに来ただけで、すぐに帰るから」


 黒鷺の薄い茶色の目が丸くなる。


「……チョコ? 僕に?」

「お、お世話になったから、そのお礼に」


 私はずっと持っていたチョコの箱を黒鷺に押し付けた。ラッピングのリボンが手を振るように揺れる。


「じゃ、じゃあ、それだけだから」


 急いで回れ右をして走り出す。あと一歩で道路、というところで腕を掴まれた。


 ヒュン。


 私の眼前をトラックが走り去る。


「昨日から表通りが工事中なので、抜け道としてこの道を走る車が増えているんです。気を付けないと轢かれますよ?」

「あ、ありがとう……って、なに!?」


 黒鷺が引きずって洋館へと戻る。


「では、詳しい話は家でしましょう」

「いや、私の要件はこれで終わりだから! 話すことはないから!」

は話があります」


 わざわざ僕を強調してきた!? なんか、ちょっと怖いんですけどぉ!?
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...