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5 間違った方向への決意・後編~ルーカスの決意~
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「終わった」
確認を終えた書類を魔法で王城へ転送したルーカスは黒い手袋を嵌めた手を本へ伸ばした。
「さて、どんな本なのか……」
そもそも本には興味がなく、魔法書以外の本はほとんど読んだことがない。それでも、シルフィアが勧めたというだけで、どんな魔法書よりも重要な意味を持つ。
椅子に座り直し、書類仕事をしていた時より綺麗な姿勢で分厚い表紙を開いた。
「……騎士関係の本か」
内容としては平素からの騎士としての立ち振る舞いや、有事の際の心構え、戦の時の仲間との連携など、主に精神面でのことについて物語風に書かれている。
シルフィアとしては、その精神面から騎士同士の恋愛要素を見出し、萌えているのだが、ルーカスがそのことに気づくはずもなく。
最初はキラキラと期待に満ちていた深紅の瞳がページをめくることに分かりやすく光を失っていき、活き活きとしていた顔は一気に三十歳ほど老けたようにシワだらけに。
「……師匠は騎士が好きだったのか?」
パタリと最後のページを閉じた音が執務室内に虚しく響いた。
悲嘆に暮れながらもキッチリと最後まで読み切るところにルーカスの几帳面さが滲み出ていたが、本人はそれどころではない。
机に両肘をつき、両手で額を押さえたまま俯いた。
「そういえば、師匠が聖女の頃は軍に追従していたし、周りは騎士だらけだった……」
ここでルーカスは気が付いたように顔をあげた。
「そうか! だから、オレが大魔導師になっても反応が鈍かったのか! それなら、オレが騎士団長になれば……」
と、ここで現在の騎士団長であり、腐れ縁のような関係であるアンドレイ・オルネンスの顔が脳裏に浮かんだ。
逆立った赤髪に、吊り上がった琥珀の瞳。強面で、騎士服の上からでも分かる立派な筋肉を持っており、隣にいるだけで圧迫感がある。
「あいつを消して、オレが騎士団長になればいいのか。いや、その前に騎士にならないといけないな。そうなると、あいつを消す前に利用できるところまで利用して……」
ブツブツと物騒な言葉を並べながら考え込むルーカス。
そこに執務机の端にある水晶が淡く輝いた。
『ルーカス、王弟からの命令だよ。明日、登城するようにって』
再び水晶の中に副団長の顔が現れるが、騎士になる方法を模索しているルーカスはその要請を無視しようとした……が、次の一言で無視できなくなる。
『聖女のことで聞きたいことがあるそうだ』
俯いていた顔をあげ、深紅の瞳が水晶を睨みつける。
「聖女の何を聞きたいんだ?」
王弟は聖女の婚約者であり、聖女が毒殺されてからは、どれだけの令嬢から求婚されようが結婚どころか婚約もしなかった。その身持ちの固さから、いまだに聖女を想い続けていると、まことしやかに美談として語られているほど。
だが、どんな美談であろうともルーカスからすれば不快以外の何物でもない。
一方的に聖女を戦場で戦わせ、功績をあげたから褒美として王族と結婚してやるという、その上から目線と身勝手さが殺したくなるほど気に食わなかった。
『内容については分からない。だが、王弟は今日聖女の墓参りに行ったそうだよ』
その説明にルーカスが眉間にシワを寄せる。
精霊に愛された者の墓が濡れることはお伽噺のように広まっており、平民でも知っている。
そして、シルフィアは前世の頃から精霊に溺愛されており、墓が濡れていることは想像に容易い……が、それは聖女の魂が墓にある間のみ。生まれ変わった今、聖女の魂は墓にないため墓がどうなっているのか……
「そこで何かがあったのか?」
『ちょっとした依頼があったけど、一つは受けて、一つは断ったよ』
「それは、どういう依頼だ?」
水晶に顔を寄せるルーカスに副団長が困ったように眉尻をさげた。
『依頼内容については関係ない者には言えない。わかっていることだろう?』
「団長に聞け、ということか」
その言葉に副団長がはぁとため息を吐いた。
『魔導師団長をそんな風に扱うのは、おまえぐらいだよ』
魔導師団の中でも限られた者の前にしか姿を現さない魔導師団長。その実体は、先代の王であるライニール・レオノフ。
腐敗した貴族と隣国からの間者だらけの王都で、確実な情報と戦力を維持するため、王だったライオニールが自ら組織した魔法の精鋭部隊である魔導師団。騎士団が表で国を守る存在なら、魔導師団は裏から国を守る。カゲとしての隠密行動にも長けている。
聖女が毒殺された後、紆余曲折を得てライオニールに拾われたに等しいルーカスにとっては大恩人のような存在なのだが、本人にその感覚はなくお節介な変人という認識で敬いの欠片もない。
そんな不敬丸出しの発言に副団長が額を押さえて唸った。
『いろいろ言いたいことはあるが、そんなことで忙しい団長の気を散らすな』
「なら、依頼の内容を教えろ」
『おまえが王城まで来たらいいよ』
少しの沈黙の後、黒髪が小さく動いた。
「……わかった。明日は登城する」
もっとゴネると思っていた副団長は少しだけ表情を崩した後、すぐに言葉を返した。
『その言葉を忘れないように。あと、王弟のところへ先に行くよう……プッ』
再びルーカスは一方的に会話を終了させ、椅子から立ち上がった。
「騎士団への編入方法を調べるには城へ行くのが手っ取り早いからな」
魔導師としての実績があるから騎士になることも可能なはず。ただ、そのために面倒な書類手続きがあるだろうから、それの手筈をしないといけない。
「騎士団長になって、今度こそ師匠に認めてもらわなければ」
黒い手袋を嵌めた手で握りこぶしを作る。
こうしてルーカスの間違った方向への暴走が始まった。
確認を終えた書類を魔法で王城へ転送したルーカスは黒い手袋を嵌めた手を本へ伸ばした。
「さて、どんな本なのか……」
そもそも本には興味がなく、魔法書以外の本はほとんど読んだことがない。それでも、シルフィアが勧めたというだけで、どんな魔法書よりも重要な意味を持つ。
椅子に座り直し、書類仕事をしていた時より綺麗な姿勢で分厚い表紙を開いた。
「……騎士関係の本か」
内容としては平素からの騎士としての立ち振る舞いや、有事の際の心構え、戦の時の仲間との連携など、主に精神面でのことについて物語風に書かれている。
シルフィアとしては、その精神面から騎士同士の恋愛要素を見出し、萌えているのだが、ルーカスがそのことに気づくはずもなく。
最初はキラキラと期待に満ちていた深紅の瞳がページをめくることに分かりやすく光を失っていき、活き活きとしていた顔は一気に三十歳ほど老けたようにシワだらけに。
「……師匠は騎士が好きだったのか?」
パタリと最後のページを閉じた音が執務室内に虚しく響いた。
悲嘆に暮れながらもキッチリと最後まで読み切るところにルーカスの几帳面さが滲み出ていたが、本人はそれどころではない。
机に両肘をつき、両手で額を押さえたまま俯いた。
「そういえば、師匠が聖女の頃は軍に追従していたし、周りは騎士だらけだった……」
ここでルーカスは気が付いたように顔をあげた。
「そうか! だから、オレが大魔導師になっても反応が鈍かったのか! それなら、オレが騎士団長になれば……」
と、ここで現在の騎士団長であり、腐れ縁のような関係であるアンドレイ・オルネンスの顔が脳裏に浮かんだ。
逆立った赤髪に、吊り上がった琥珀の瞳。強面で、騎士服の上からでも分かる立派な筋肉を持っており、隣にいるだけで圧迫感がある。
「あいつを消して、オレが騎士団長になればいいのか。いや、その前に騎士にならないといけないな。そうなると、あいつを消す前に利用できるところまで利用して……」
ブツブツと物騒な言葉を並べながら考え込むルーカス。
そこに執務机の端にある水晶が淡く輝いた。
『ルーカス、王弟からの命令だよ。明日、登城するようにって』
再び水晶の中に副団長の顔が現れるが、騎士になる方法を模索しているルーカスはその要請を無視しようとした……が、次の一言で無視できなくなる。
『聖女のことで聞きたいことがあるそうだ』
俯いていた顔をあげ、深紅の瞳が水晶を睨みつける。
「聖女の何を聞きたいんだ?」
王弟は聖女の婚約者であり、聖女が毒殺されてからは、どれだけの令嬢から求婚されようが結婚どころか婚約もしなかった。その身持ちの固さから、いまだに聖女を想い続けていると、まことしやかに美談として語られているほど。
だが、どんな美談であろうともルーカスからすれば不快以外の何物でもない。
一方的に聖女を戦場で戦わせ、功績をあげたから褒美として王族と結婚してやるという、その上から目線と身勝手さが殺したくなるほど気に食わなかった。
『内容については分からない。だが、王弟は今日聖女の墓参りに行ったそうだよ』
その説明にルーカスが眉間にシワを寄せる。
精霊に愛された者の墓が濡れることはお伽噺のように広まっており、平民でも知っている。
そして、シルフィアは前世の頃から精霊に溺愛されており、墓が濡れていることは想像に容易い……が、それは聖女の魂が墓にある間のみ。生まれ変わった今、聖女の魂は墓にないため墓がどうなっているのか……
「そこで何かがあったのか?」
『ちょっとした依頼があったけど、一つは受けて、一つは断ったよ』
「それは、どういう依頼だ?」
水晶に顔を寄せるルーカスに副団長が困ったように眉尻をさげた。
『依頼内容については関係ない者には言えない。わかっていることだろう?』
「団長に聞け、ということか」
その言葉に副団長がはぁとため息を吐いた。
『魔導師団長をそんな風に扱うのは、おまえぐらいだよ』
魔導師団の中でも限られた者の前にしか姿を現さない魔導師団長。その実体は、先代の王であるライニール・レオノフ。
腐敗した貴族と隣国からの間者だらけの王都で、確実な情報と戦力を維持するため、王だったライオニールが自ら組織した魔法の精鋭部隊である魔導師団。騎士団が表で国を守る存在なら、魔導師団は裏から国を守る。カゲとしての隠密行動にも長けている。
聖女が毒殺された後、紆余曲折を得てライオニールに拾われたに等しいルーカスにとっては大恩人のような存在なのだが、本人にその感覚はなくお節介な変人という認識で敬いの欠片もない。
そんな不敬丸出しの発言に副団長が額を押さえて唸った。
『いろいろ言いたいことはあるが、そんなことで忙しい団長の気を散らすな』
「なら、依頼の内容を教えろ」
『おまえが王城まで来たらいいよ』
少しの沈黙の後、黒髪が小さく動いた。
「……わかった。明日は登城する」
もっとゴネると思っていた副団長は少しだけ表情を崩した後、すぐに言葉を返した。
『その言葉を忘れないように。あと、王弟のところへ先に行くよう……プッ』
再びルーカスは一方的に会話を終了させ、椅子から立ち上がった。
「騎士団への編入方法を調べるには城へ行くのが手っ取り早いからな」
魔導師としての実績があるから騎士になることも可能なはず。ただ、そのために面倒な書類手続きがあるだろうから、それの手筈をしないといけない。
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