完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

文字の大きさ
16 / 36

16 違う方向へ揺れ動く心

しおりを挟む
「サラ!?」

 シルフィアの背後に控えていたサラが飛び出す。
 そのままバランスを崩して固まっているアンドレイの前で両手を広げて立った。

「クッ!?」

 予想外のサラの行動にルーカスが反応したが剣の勢いは止まらない。
 剣を手放したアンドレイが無理やり体を捻り、太い腕でサラを抱き込む。

「ガッ!?」

 軌道が変わった剣先がアンドレイの左肩を突いた。

「騎士団長様!?」

 腕の中で叫んだサラに苦痛を隠した声が落ちる。

「怪我はないか?」
「は、はい。私は、平気です」

 震えながらもしっかりと答えたサラに琥珀の瞳が緩む。

「それなら、よかった」
「あ、ありがとうございます」

 その言葉にアンドレイがフッと笑った。

「いや、礼を言うのはオレのほうだ」
「え?」

 見つめ合う二人に焦った声が入った。

「サラ、大丈夫ですか!?」

 騎士団長の腕の中にいるサラを心配してシルフィアが手を伸ばす。その後ろには怪訝な顔で状況を見守るルーカスが立つ。

「は、はい。騎士団長様のおかげで大丈夫です」

 言葉とともに全身を確認して無事を確認したシルフィアがホッと息を吐きながらサラを抱きしめた。亜麻色の髪がキュッと縮こまり毛先がプルプルと震えている。

「どうして、このような危険なことを……あなたは騎士でも魔導師でもない、普通の女の子なのに」
「だからです」
「え?」

 シルフィアが抱きしめていた手を緩めた。
 そばかすの上にある大きな目が真っ直ぐシルフィアを見上げる。

「この戦いは本の中のお話ではありません。現実なのです。物語なら、私が割って入るようなことは起きないでしょう。ですが、これは現実で何が起きるか分かりません。人の気持ちも同じです。すべてが本に書かれている通りとは限りません」

 サラが言っている意味がわからない、という風に翡翠の瞳が瞬く。

「どういうことですの?」
「お嬢様、現実を見るべき時は、現実を見てください」
「……現実?」

 分かっていないシルフィアを諭すようにサラが言葉を続ける。

「物語が悪いわけではありません。ただ、現実と混同しすぎてはいけませ、ん……」

 ここでサラの目が閉じて全身から力が抜けた。

「サラ!? サラ、どうしました!?」

 ぐったりと脱力した侍女の体をアンドレイが右腕で支える。

「外傷はないがルーカスの殺気をもろに浴びたからな。本来ならオレの前に立った時点で、ルーカスの殺気に呑まれて失神していてもおかしくなかったんだが……気力だけで意識を保っていたんだろう」

 前世では強大な魔力のため戦場に駆り出されていたシルフィアにとってルーカスの殺気はそよ風が吹いた程度のもの。しかし、普通の淑女には強すぎる。
 そのことを失念していたシルフィアは理解できないとばかりに頭を横に振った。

「どうして、そこまでして……」
「そこまでしてでも、今の言葉を伝えたかったんだろ」
「今の、言葉を……? ですが、物語とはいえ本に書かれている以上、根本にあるのは事実ですよね?」

 そう元弟子に確認するように亜麻色の髪を揺らして振り返る。
 その視線の先には、少しだけ眉間にシワを寄せて深紅の瞳で見つめるルーカス。その表情に同意の色はなく……

「……違いますの?」

 ポツリと戸惑いを含んだ声が訓練場に落ちた。

~~

 救国の聖女と呼ばれたシルフィアの前世は、すべての行動を管理されていた。

 戦争と枯れた土地を潤す毎日の中で許された行動は魔法書と戦術書を読むことのみ。そのため、本がすべてで、そこに書かれたことが事実で、それが世界だった。

 毒殺されて呆気なく生涯を閉じたが、気が付けば伯爵令嬢に転生。

 前世と同じ轍を踏まないように考え、現世の判定の儀ではド根性で魔力を隠して無事に無能判定を得た。

 そして、実家ではメイド扱いとなったが自由な時間を得たシルフィアは、誰が置いたのか隠すように本棚の奥にあった本を手にした。それは魔法書とは違う、初めて目にする物語が書かれていた。
 ドキドキとハラハラに感動が詰まった、宝石のように煌めく眩しい世界。

 そんな本の世界にシルフィアがどっぷりと浸かるまでに時間はかからなかった。

「このような世界があったのですね」

 最初に触れた本が通常の恋愛モノや冒険モノなどであれば、また未来は違ったかもしれない。

 しかし、幸か不幸かシルフィアが読んだのは貴族令息同士の恋愛本であった。

 ライバル関係の家柄の二人はお互いに負けてはならないと重圧の中で育てられていた。あいつさえいなければ、という憎しみさえあり、常に競い合う。
 だが、とある仮面舞踏会で二人はお互いの素性を知らずに出会い、意気投合して酒を飲み交わした。似たような境遇と環境。会話と酒は進み、好意的な印象を持ってその場は終わった。

 こうして仮面舞踏会が開かれる度に言葉を交わす二人。その感情は徐々に変化していく。

 友情から愛情へ。

 幾度の逢瀬を重ね、ついには想いを打ち明けて結ばれる二人。喜びとともに仮面を外したところで、目の前にはライバル家の子息。この事実に二人は……

 物語を読み終えた時、シルフィアは本を抱きしめて呟いた。

「なんて尊く、美しいのでしょう」

 前世で魔法書や戦術書など戦に関わる本しか読んだことがなかったため、世間知らずな自覚はあった。
 そのため、自分が知らないだけで、このような世界が実際にあるのだと解釈したシルフィアは腐の本を集めて読み漁り、ずぶずぶと腐の沼へ沈んでいった。
 しかも、実在の人を題材に使用している話が多いため、根底にある事実を元に物語が書かれていると信じたままに。

 どんどんと腐の沼へ沈んでいく状況に伯爵令嬢として、いかがなものかと親しい使用人たちは頭を抱えていた。だが、成長すればするほとシルフィアは義母と義妹から酷い扱いをされるようになり、この趣味が少しでも心の慰めになるなら、と見守っていた。

 そして、サラも最初は他の使用人と同じように見守りながらも、腐の物語を愛する同士として行動するようになっていた。

 だが、大魔導師がシルフィアへ婚約を申し込み、そこから状況は一変。

 シルフィアは実家を出て、ようやく貴族の令嬢らしい暮らしへ。
 女主人としての教育も始まり、使用人たちはこれでシルフィアが少しは男女の恋愛へ意識が向くだろうと考えていた。

 しかし、実際のところは腐へ突き進む姿勢は変わらず。それどころか、ルーカスからの激重愛情も気づかず、むしろ近くで騎士団長との愛の行く末を見守るという決意を固める始末。

 このままではいけないとサラは気を揉んでいたが、己の力では軌道修正できるとは思えず。

 その中で起きた今回の決闘劇。

 なぜ大魔導師であるルーカスが騎士団長になると言い出したのかは分からないが、シルフィアが関係しているのだろう。そう察したサラは自分にできることがないか必死に考えた。
 少しでも現実を見て、ルーカスからの愛に気づいてほしい。そして、腐は腐として楽しんでほしい。

 その結果からの行動だったのだが……

「目が覚めました!?」

 そばかすの上の大きな目が心配そうなシルフィアを映す。

「お嬢様?」

 おずおずとサラが視線だけで周囲を確認すると、そこは先程案内してもらった騎士団の治療室だった。白いシーツが張られた少し固いベッドに寝ている。
 自分の状況を把握したサラをシルフィアが覗き込む。

「治療魔法をかけても目を覚まさないので心配いたしました。どこか痛むところは? 調子が悪いところがあります?」
「いえ、大丈夫です。ご心配をおかけして、申し訳ございませ……そういえば、騎士団長様は!?」

 自分を庇って左肩に模擬剣を受けていた。
 あれだけの打撃だ。打撲か骨折をしていてもおかしくない。

 徐々に鮮明になっていく記憶に押されるように慌てて体を起こすサラ。
 そこに騎士団長の声がした。

「俺は大丈夫だ」

 ベッドの足元へ視線をむければ、自然な姿勢のまま赤髪を揺らして立つアンドレイ。表情は普通で、どこにも怪我はないように見える。
 そして、その隣にはいつも通りの不機嫌顔のまま胸の前で腕を組んでいるルーカス。

 そんな二人の姿を見たサラは急いでベッドから降りて頭をさげた。

「決闘に水を差すようなことをいたしまして、申し訳ございませんでした」

 深々とさがった赤茶色の髪にアンドレイが慌てる。

「いや、それは気にしないでくれ。そのおかげで俺は顔を潰されずに済んだしな」
「ですが、大切な肩にお怪我を……」

 その言葉を封じるようにシルフィアがサラに説明をした。

「私が治療魔法で治しましたから。顔をあげてベッドに座ってください。急に動いたら体にさわりますわ」

 しかし、サラは動くことなく目を丸くしてシルフィアへ視線を動かした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

無能と婚約破棄された公爵令嬢ですが、冷徹皇帝は有能より“無害”を選ぶそうです

鷹 綾
恋愛
「君は普通だ。……いや、普通以下だ」 王太子にそう言われ、婚約を破棄された公爵令嬢フォウ。 王国でも屈指の有能一族に生まれながら、彼女だけは“平凡”。 兄は天才、妹は可憐で才色兼備、両親も社交界の頂点―― そんな家の中で「普通」は“無能”と同義だった。 王太子が選んだのは、有能で華やかな妹。 だがその裏で、兄は教会を敵に回し、父は未亡人の名誉を踏みにじり、母は国家機密を売り、妹は不貞を重ね、そして王太子は――王を越えようとした。 越えた者から崩れていく。 やがて王太子は廃嫡、公爵家は解体。 ただ一人、何も奪わず、何も越えなかったフォウだけが切り離される。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き冷徹皇帝。 「有能は制御が難しい。無害のほうが使える」 駒として選ばれたはずの“無能な令嬢”。 けれど―― 越えなかった彼女こそ、最後まで壊れなかった。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

処理中です...