完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

文字の大きさ
17 / 36

17 騎士団長vs侍女

しおりを挟む
「お嬢様が治療魔法を……?」

 治療魔法は高難易度の魔法であり、使える人は限られている。だから、最初に治療魔法をかけた、と言われても軍医か誰かが治療魔法をかけたのだと思っていた。
 そもそも、シルフィアは魔力ゼロの無能と判定されており、水を出すような簡単な魔法は使えても、治療魔法のような高度な魔法は使えないはず。

 疑問符を頭上に浮かべるサラの前でルーカスがシルフィアの隣に立った。

「師匠が魔法で治せない怪我はない」
「あら、さすがに死んだ人は無理ですよ?」
「逆に言うなら、生きていれば治せるということですよね?」

 逞しい黒い腕が細い腰に絡み、グッと体を引き寄せる。
 甘く見下ろす深紅の瞳に翡翠の瞳が少しだけ悲しそうに微笑んだ。

「そうですが……意識を失った人は難しいですね。サラがなかなか目覚めないので、心配でした」

 その言葉に黒い眉がピクリと動く。

「師匠が他人を気にかける珍しいですね」

 顔は微笑んでいるが深紅の瞳は笑っておらず嫉妬混じりの不穏な殺気がサラに向かって溢れ出す。そこに、素早く空気が流れた。

 スカッ。

 ルーカスがさりげなく体を傾けたため、アンドレイの拳が空を切って終わった。

「おい、ここは大人しく頭に拳骨を受けるところだろ」

 不服混じりに訴えるアンドレイに対して黒髪がフンッと揺れる。

「なぜ、わざわざ殴られなければならない?」
「目覚めたばかりの女性に殺気をむけたからだ。そもそも、女主人にとって身の回りの世話をする侍女が特別な存在であることは当然だろ」
「……そうなのか?」

 納得がいかないと睨む深紅の瞳にアンドレイが説明を続ける。

「誰よりも女主人について把握し、夫には言えない悩みを相談されることもある存在だぞ。よい侍女がいることは、それだけで女主人の生活が豊かになる。婚約者を大事に想うなら侍女を雑に扱うな」

 その内容の真偽を確認するようにルーカスがシルフィアへ視線を向けた。

「そうなのですか?」
「そうですね。サラがいなければ私は(溢れる腐の気持ちを)どうしたらいいのか分からなくなります」

 シルフィアにとってサラは誰よりも深い腐の同士。腐の本を嗜み、お互いの解釈を語り合う時間は何よりも尊く貴重であり、それが居なくなるなど考えられない。

 だが、言葉通りに受け取ったルーカスはクッと目を閉じた。

「わかりました。師匠の円滑な生活のために必要な存在と認識します」

 一連のやり取りが終わったところでサラはホッと力を抜いた。
 その様子にシルフィアが声をかける。

「やはり、まだ休んだようがよろしいのでは? それとも、もう一度、治療魔法をかけましょうか?」
「いえ、本当に大丈夫ですので」

 両手を胸の前で横に振りながらサラはつい気になったことを訊ねた。

「あの、どうしてお嬢様は治療魔法が使えるのですか? 魔力判定の儀では魔力がないと判定されたとお聞きしていたのですが……」
「魔力がない?」

 サラの言葉に反応したのは、シルフィアでもルーカスでもなくアンドレイだった。

「それはおかしいだろう。王城でもあれだけの高度な魔法を使っていたし、指南した者がいるはずだ」

 その話をサラが即座に否定する。

「それこそおかしいです。お嬢様は実家ではメイド同然の扱いをされておりまして、魔法を習う機会などありませんでした」
「ならば、独学であれだけの魔法を学んだというのか? それこそ、不可能か天才の所業だ」
「でしたら、天才なのでしょう。お嬢様はご実家の屋敷におられた時から、何もないところより水を出しておりましたし」

 どこか誇らしげな口調に対して、アンドレイがフッと軽く笑う。

「それぐらいなら、簡単な詠唱で使える初歩の魔法だ。どこかで魔法書を読めばできる」

 シルフィアを軽く見ているような声音にそばかすの上にある大きな目が自分より大きな男を睨んだ。

「ですから、お嬢様はその魔法書を読む機会がありませんでした。お屋敷にある魔法書は旦那様の部屋にしかなく、鍵がかかる本棚で厳重に管理されており、お嬢様は読むどころか手にすることさえできませんでした」
「ならば、魔法書も読まずに魔法を使えるようになったというのか? それこそ不可能だ。あり得ない。詠唱を出鱈目に唱えても魔法は発動しない」

 肩をすくめて頭を横へ振るアンドレイにサラがムッと口を尖らせた。

「そもそも、お嬢様は詠唱などされておりません。それでも、何もないところから水を出されておりました」

 得意げに赤茶の髪を揺らす侍女に対して、琥珀の瞳が驚愕の色に染まる。

「なっ、詠唱なしに魔法と使うなど、それこそあり得ない! どんな天才であろうと無理だ!」

 怒鳴るような大声に負けじとサラも声を大きくして返す。

「ですが、お嬢様は実際に何も言わずに水を出されておりました!」
「あり得ないことだ!」
「では、私が嘘を言っているというのですか!?」

 立派な体躯の男と華奢な女が距離を詰め、睨み合う。

「そもそも、無詠唱で魔法を使うなど救国の聖女でもできなかったことだぞ!」

 その発言に亜麻色の毛先がピクリと動き、翡翠の瞳が逃げるように窓を外を向く。
 だが、そんなシルフィアの動きに気づいていないサラがますます語彙を強めて訴えた。

「なら、お嬢様は救国の聖女ができなかったこともできる天才です!」
「それなら、神殿が魔力測定の儀の時に見つけている!」
「そのようなことは知りません! とにかく、お嬢様は常識を超えた天才なのです! 存在自体が素晴らしいのです! そもそも、あなたはお嬢様の何をご存知なのですか!? どのような環境であろうとも絶望することなく立ち進む姿は、有象無象の雑草の中でも凛と咲き誇るアイリスのように美しく、逞しく、至高なのです! しかも、それだけではなく……」

 これまで表に出すことを我慢して厳重に蓋をしていた感情が噴き出し、怒濤のごとく語るサラ。
 その言動にシルフィアの頬が少しだけ朱に染まる。胸の奥がむずがゆいような、くすぐったいような、不思議な感覚に亜麻色の髪の毛先もウネウネと絡まるように動く。

 どこか身の置き所がないようにモジモジするシルフィアにルーカスが軽く首を傾げた。

「師匠、どうかされましたか? もし、生理現象を我慢されているなら」

 暗にトイレの心配をされたシルフィアは思わず言葉の途中で止めた。

「そうではなくて! その、サラの言葉を聞いているとムズムズしてしまいまして……」

 その説明に深紅の瞳が大きくなり、それからすぐに細くなった。
 そして、黒い手袋をした指が小さな顎を掴み、視線を合わすように上へあげる。ふわりと広がる甘い空気が、アンドレイとサラによるギスギスした気配を遮断し、まるで二人の世界のような雰囲気を作り出す。
 深紅の瞳が翡翠の瞳を覗き込み、誰もが頬を染める眉目秀麗な顔で甘い声とともに微笑みかけた。

「師匠が天才なことは事実ですし、あのメイドが話していることもすべて事実ですから、恥ずかしがることは何もありませんよ。大魔導師である自分の自慢の師匠であり、大切な婚約者です」

 その言葉にシルフィアがキョトンとした後、プッと吹きだすように笑った。

「もう、ルカってば。口も上手になりましたのね」

 軽く振った手とともに甘い空気が霧散する。
 まったく本気にされていない様子にルーカスが慌てた。

「口が上手とかではなく、本心ですから!」
「はい、はい。サラも大丈夫そうですし、屋敷へ戻りましょうか」

 シルフィアがあっさりと逞しい腕から抜け、いつの間にかシルフィアがいかに素晴らしいかと話し続けているサラの元へ歩いて行く。

「全部、事実なんですけど! 師匠!?」

 叫びながら亜麻色の髪を追いかける黒い手は何も掴むことはできなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

無能と婚約破棄された公爵令嬢ですが、冷徹皇帝は有能より“無害”を選ぶそうです

鷹 綾
恋愛
「君は普通だ。……いや、普通以下だ」 王太子にそう言われ、婚約を破棄された公爵令嬢フォウ。 王国でも屈指の有能一族に生まれながら、彼女だけは“平凡”。 兄は天才、妹は可憐で才色兼備、両親も社交界の頂点―― そんな家の中で「普通」は“無能”と同義だった。 王太子が選んだのは、有能で華やかな妹。 だがその裏で、兄は教会を敵に回し、父は未亡人の名誉を踏みにじり、母は国家機密を売り、妹は不貞を重ね、そして王太子は――王を越えようとした。 越えた者から崩れていく。 やがて王太子は廃嫡、公爵家は解体。 ただ一人、何も奪わず、何も越えなかったフォウだけが切り離される。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き冷徹皇帝。 「有能は制御が難しい。無害のほうが使える」 駒として選ばれたはずの“無能な令嬢”。 けれど―― 越えなかった彼女こそ、最後まで壊れなかった。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

処理中です...