完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

文字の大きさ
18 / 36

18 次なる場所は

しおりを挟む
 ルーカスの屋敷へと戻る馬車の中。

「まったく! お嬢様に対して失礼極まりない言動の数々! あれで騎士団長なんて信じられません!」

 馬車に揺られながらプリプリと可愛らしく怒るサラと、その様子を反対側で微笑ましそうに見守るシルフィア。
 結局、アンドレイとサラの言い争いは平行線のまま結論を出すことなく、うやむやなまま帰宅の途へ。

 怒り続けているサラを横目に、シルフィアがふとルーカスへ訊ねた。

「そういえば、どうしてルカは騎士団長になろうとしましたの?」

 その問いに、隣に座るルーカスがフッと顔を窓の外へむける。そのまま逃げるように流れる景色を眺めていたが、ジッと見つめてくる翡翠の瞳の気配を感じて、ぼそぼそと話し始めた。

「師匠が貸してくださった本が、その、騎士の話でしたので……騎士がお好きなら、自分も騎士になろうと……」

 最後の方はゴニョゴニョと口ごもりながら黒髪で顔を隠した。
 まったく意味が分からず首を捻るシルフィア。
 だが、この説明だけでピンときたサラが素早く補足した。

「お嬢様は騎士がお好きなわけではなく、気高い騎士道精神に惹かれております。騎士ではなく、その崇高な志がお好きなのです」

 その説明に不機嫌顔が通常のルーカスが目に見えて明るくなる。
 キラキラと深紅の瞳を輝かせて視線をシルフィアへ戻した。

「つまり、騎士ではなく崇高な志を持つ者であるなら……」
「それ以前に、騎士であろうと、大魔導師であろうと、ルカはルカでしょう?」

 その言葉にルーカスから笑みが溢れる。

「それは、つまり自分は自分のままで良いと!」
「はい」

 シルフィアのお墨付きを得たルーカスがグッと握り拳を作る。

(さすが、師匠! 肩書などには惑わされず、自分自身を見てくれていたとは! ならば、あとは師匠好みの騎士道精神とやらを身につけて……)

 決意を新たにしているルーカスの袖で輝くカフスを見たシルフィアが手を伸ばした。

「あとは屋敷に戻るだけですし、そのカフスは今のうちに外しておきましょう(このまま回収すれば、王城の壁を調べに行くための計画が大きく進みますわ!)」

 心の声と期待は表情に出さず、淡々と袖口で揺れる銀色の鎖に触れる。
 だが、そこでルーカスが待ったをかけた。

「あ、その前に」

 そう言うと黒い手が懐から小さな箱を取り出して、蓋を開けた。
 フワフワな布が敷かれた立派なカフスケース。

「外したカフスはこの中に入れてください」

 ルーカスからの予想外の申し出にシルフィアが言葉に詰まりながら訊ねる。

「え? カフスケースなら私の部屋にあるものを使えば……」
「このケースは防火、防水、対魔、など、あらゆる攻撃や衝撃に耐えられる素材で作成しました。この中にあれば、決して傷つけることも紛失することもありません。ですので、この中で保存したいと思います」

 王城の魔導師団に顔を出した時にその場にある素材を失敬して魔法を組み込んで作り上げた即席のカフスケース。
 短時間で作り上げた物だが、売りに出せば屋敷一軒分ぐらいの値が付く超高級な特別品。だが、その価値や貴重性に気づく者はおらず、そのまま話が進んで行く。

 どうしてもカフスを回収したいシルフィアは焦る心を抑えながら、何とか交渉を続ける。

「ただのカフス(本当はルカの魔力を気づかれずに吸い取る魔道具)ですし、そこまでしなくても……それに、このカフスは頑丈にできていますから、そこまでのケースも必要ありませんよ?」
「それは分かっております。ですが、師匠からの贈り物は大事に保管したいのです」

 そう言って後光が差すほどの純粋無垢な笑みが溢れる。
 眉目秀麗な美男子の笑顔なため、普通なら眼福と評価するところ。だが、鉄仮面、表情筋が死んでる美丈夫、不機嫌顔がデフォ、と呼ばれる大魔導師を知っている者からすれば不気味に感じる表情。変な物を食べたか、魔法で頭がイカれたか、天変地異の前触れと恐れ戦き、裸足で逃げ出すだろう。

 しかし、そんなことは知らないシルフィアはカフスがそんなに欲しかったのかと、いろいろ諦めの境地に至った。

「わかりました……」

 亜麻色の髪をしょぼんと垂らしながらも無表情を維持したまま、シルフィアが外したカフスをケースの中へ入れる。

(今度はこのカフスから魔力を回収する方法を考えないといけませんね。もう一つ同じカフスを作って、それとすり替えましょうか……少し時間がかかりますが、それが確実かもしれません)

 俯いたままカフスケースを見つめていると、ルーカスが意を決したように声をかけた。

「それで、あの、カフスの礼というわけではないのですが……その、ずっと屋敷にいてお暇でしたら、行きたい場所を教えてください。そこへ行けるように手配いたしますので」

 その提案に翡翠の瞳がキラッと輝く。

「でしたら、王城へ……」
「王城以外の場所で」

 重なったルーカスの声にちびシルフィアたちが脳内で叫ぶ。

『『『『そこが一番、行きたい場所ですのよぉぉぉぉお!!!!!!!』』』』

 両手を振って不満を全身で表すちびシルフィアたち。
 だが、その中の一人が冷静に言った。

『ですが、これはチャンスですわ』
『チャンス、ですの?』

 冷静なちびシルフィアが頷く。

『そうですわ。王城の壁を調べることはひとまず置いておきまして、他に調べたい壁がありましたでしょう?』
『騎士団の壁は調べましたけど』
『もう一つ、ありませんでした?』

 その問いにちびシルフィアたちがハッとした顔になる。

『あそこですわね!』

 残りのちびシルフィアが一斉に同意する。

『それは最高ですわ!』
『最近、読みました本の舞台へ!』
『ぜひとも参りましょう!』

 脳内で意見が一致したところで顔をあげたシルフィアがルーカスへ言った。

「神殿へ行きたいです」
「え?」

 まったくの予想外の場所にルーカスが固まる。
 王都にある神殿と言えば、広大な土地に歴代の聖女の墓があり、神官長が滞在する神殿の総本部。身分や財産に関係なく参拝する人々を受け入れ、特に貴族は我が子の魔力測定の儀がある時には必ず足を運ぶ。
 ただ、現在の神殿は聖女の生まれ変わりを探している疑惑があり、シルフィアを近づけたくない。だが、願いは叶えたい。
 表情には出さず、うんうんと悩むルーカス。

 しかし、そんな状況を知らないシルフィアはワクワクと期待に胸を膨らませていた。

(騎士とは違う神官たちの恋愛事情。静かな生活の中に垣間見える熱い感情。神へ身も心も捧げる場でありながら、滾る情欲を我慢できず葛藤しながらも、背徳心とともに快楽へと溺れていく。ぜひとも、その光景をこの目に映したい……そして、神殿の壁も分析したいですわ)

 無表情のまま亜麻色の髪の毛先がルンルンと小躍りする。その隣では、無表情のまま険しい空気を漂わせるルーカス。そして、反対側ではすべてを察しながらも微笑みを浮かべたまま黙っているサラ。

 三種三様の混沌カオスな空気が馬車の中に流れる。

 沈黙の時間が続いたが、痺れを切らしたシルフィアがなかなか結論を出せないルーカスを下から覗き込むように迫った。

「ダメ、ですか?」

 おねだりをするようにコテンと首を傾げ、亜麻色の髪がサラリと黒い腕にかかる。

(し、師匠がオレに甘えっ……!?)

 シルフィアとしては返事が遅いので急かしただけなのだが、ルーカスからすれば甘えられているような仕草であり、初めてのことに血が一気にのぼった。
 にやけそうになる口元に力を入れ、黒い手袋で顔を隠したルーカスは目を逸らしながら言った。

「……わ、わかりました。スケジュールを調整しますので、一緒に行きましょう」
「ありがとう、ルカ」

 狭い馬車の中でシルフィアがギュッと体を寄せる。
 その柔らかな感触に黒い手袋の下にある顔が真っ赤になり、プルプルと小さく震えた。

「どうかしました? 馬車酔いしました?」
「い、いえ。自分のことは気にしないでください」

 左手をあげてシルフィアを遠ざけるだけで精一杯のルーカス。
 自分からグイグイ行くのは慣れているが、シルフィアから予想外に近づかれるのは思いの他、衝撃が強かったらしい。自然と窓側へと逃げていく。

「調子が悪いのでしたら、治療魔法をかけますよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですので」

 無意識にルーカスを追い詰めていくシルフィア。
 何も知らずに見れば婚約者がグイグイと大魔導師に迫る仲の良い光景。だが、実際は婚約者である令嬢は恋愛感情が一切なく、大魔導師の一方的な馬鹿デカ片想い矢印が向いているのみ、という絶賛すれ違い中。

 そんな二人をサラは屋敷に到着するまで空気のように存在を消したまま生温かい目で見守った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

無能と婚約破棄された公爵令嬢ですが、冷徹皇帝は有能より“無害”を選ぶそうです

鷹 綾
恋愛
「君は普通だ。……いや、普通以下だ」 王太子にそう言われ、婚約を破棄された公爵令嬢フォウ。 王国でも屈指の有能一族に生まれながら、彼女だけは“平凡”。 兄は天才、妹は可憐で才色兼備、両親も社交界の頂点―― そんな家の中で「普通」は“無能”と同義だった。 王太子が選んだのは、有能で華やかな妹。 だがその裏で、兄は教会を敵に回し、父は未亡人の名誉を踏みにじり、母は国家機密を売り、妹は不貞を重ね、そして王太子は――王を越えようとした。 越えた者から崩れていく。 やがて王太子は廃嫡、公爵家は解体。 ただ一人、何も奪わず、何も越えなかったフォウだけが切り離される。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き冷徹皇帝。 「有能は制御が難しい。無害のほうが使える」 駒として選ばれたはずの“無能な令嬢”。 けれど―― 越えなかった彼女こそ、最後まで壊れなかった。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉

狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。 「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。 フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。 対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。 「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」 聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。 「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」 そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。 イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。 ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼ そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ! イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。 しかし……。 「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」 そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。

処理中です...