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19 いざ神殿へ
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数日後。
その日は朝から亜麻色の髪がルンルンと小躍りしていた。
表情は淡々としているが翡翠の瞳は爛々と輝き、足取りは今にも空を飛びそうなほど軽い。
「ここが、あの本の舞台……」
そう呟いて見上げたシルフィアの視線の先には荘厳な白亜の神殿が建っていた。
大きな広場と中央にある噴水。そして、その先にある白い石段の先。等間隔に並ぶ大木よりも太い円柱の柱が並び、その真ん中にはシルフィアの背丈の二倍の高さはあるかのような大きな両開きの扉がある。
前世では別の場所にある修道院で生活をして、魔法を学ぶために神殿へ通ったが、それは数年間のみ。しかも、出入りは裏口からだったため、人々が参拝する表側や、神官たちの居住区には立ち入ったことがない。
そして、現世では魔力測定の儀の時に一度訪れたのみ。
(前世の時は奥にある女性専用の居住地から出ることなく生活しておりましたし、神官の方々の姿を見ることがありませんでしたが……今日はしっかりと神官の方々が愛を育まれる様子をこの目に焼き付けつつ、神殿の壁を調べなければ!)
期待に心を弾ませるシルフィアの隣には、いつもより眉間のシワを深くしたルーカス。眉目秀麗な外見が不機嫌顔による威圧を増幅させ、参拝の人々が自然と離れていく。
(せっかく師匠と二人っきりの外出なのに、その先が神殿とは! とにかく、さっさと終わらせて別の場所へ……そうだ! このあと、本屋へ……いや、国の書庫へ誘おう! あそこは国の秘蔵書が多く保管してあるし、師匠の好みの本もあるはずだ!)
どれだけの秘蔵書があろうとシルフィアが求めている本はないのだが、そのことを知らないルーカスの頭は書庫へどうやって行くかで一杯になっていた。そもそも、秘蔵書が保管してある書庫には基本的に関係者以外は入館できないし、入るには面倒な手続きが必要になるのだが、お構いなしらしい。
二人がそれぞれ別の決意を固めていると神殿の扉が開き、中から数人の神官が出て来た。
全員が真っ白な法衣を着ているが、その中でも独特な雰囲気をまとった神官に視線が集まる。
緩く一つ三つ編みにした白銀の髪を背中に揺らしながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らしていく。切れ長の目に収まった灰色の瞳に、筋の通った鼻。柔らかな花弁のような唇が優雅に微笑む。
絵画から抜け出したような美麗な容姿に参拝に訪れた人が足を止めて、ほぅと息を漏らす。
羨望の眼差しを浴びながら灰色の瞳がルーカスを見て目を細めた。
「強大な魔力の気配を感じましたが……まさか、大魔導師が神殿に来られるとは。さあ、中へどうぞ」
穏やかな口調と、おっとりとした動作で神殿の中へ誘導される。
だが、ルーカスは足を動かさずにジロリと神官を睨んだ。
「誰だ?」
敵意丸出しで睨む深紅の瞳。
その気配だけで周囲にいる人々は顔を青くして後ずさるが、神官は涼しい顔でにっこりと受け止め、右手を胸にあてて軽く頭をさげた。
「これは、これは。名乗りが遅れまして、失礼いたしました。この度、神官長に就任いたしましたクレーメンス・アーベレです。お見知りおきを」
新任の神官長は三十代半ばという話だったが、年齢を感じさせない美しさと、洗練された動きに遠巻きに見ていた人々が再びほぅとため息を落とす。
ルーカスによってギスギスと荒んでいた空気が一掃され、爽やかな風が吹き抜けていく。
「滅多に姿を見せないが、やはり神官長だな」
「大魔導師が相手でも怯まないとは」
「あの微笑みを目にすることができるなんて、なんて素晴らしい日なんでしょう」
周囲からの賛辞を耳にしながら、思わぬ人物の早い登場にシルフィアの脳内では、ちびシルフィアたちが地上で花火が爆発したかのような騒ぎになっていた。
『まさかの神官長ご本人の登場ですわ!』
『想像以上の麗しいお姿!』
『他の神官方が放っておくわけありません!』
『まさしく本の通り……いえ、それ以上ですわ!』
キャーキャーと盛り上がる中、ちびシルフィアの一人がその場を制した。
『みなさま! 騒ぐのは、まだ早いですわ! 先にやるべきことをしなければ!』
その一声に残りのちびシルフィアたちがハッとした顔になる。
『そうですわ!』
『神殿の内部を……神官の方々の生活をこの目に!』
『そして、神殿の壁の観察を!』
『歓喜に浸るのは、その後ですわ!』
脳内のお祭り騒ぎを制したシルフィアは、そのことを表に出すことなく微笑みを作り、軽く膝を折りながら頭をさげた。
「神官長、自らの出迎えを感謝いたします。私の名は……んぐぅ?」
素早く黒い手袋に口を塞がれ、翡翠の瞳が隣へ動く。
そこには深紅の瞳を鋭くしたまま神官長を睨み続けている。
「どうしました?」
上手く発音できないが意味は伝わったらしくルーカスが神官長を睨んだまま言った。
「大魔導師の婚約者と言えばわかるでしょう。自ら名乗るまでもありません」
かなり無礼な態度だが、神官長は気にする様子なく、にっこりと微笑んだまま言葉を返した。
「名乗らなくても神殿は万人にその戸を開いております。どのような者であろうと受け入れますので、お入りください」
そう言って神官長が神殿の中へと足をむける。
その後ろ姿にウキウキと亜麻色の髪の毛先が小躍りしながら歩き出そうとして、口を塞がれたままなことに気が付いた。
「ルカ?」
振り返って顔をあげると、騎士団長と対峙した時とは、また違う緊張感をまとったまま警戒している。
少しの間の後、ルーカスがシルフィアの口から手を離した。
「……いえ、なんでもありません」
「調子が悪いのなら、ここで待っていますか? 私一人で神殿へ参りますから」
一緒に入らないという選択肢はない。
そもそも最初は一人で神殿へ行こうとしていたのだが、ルーカスがどうしても一緒に行く、と譲らないため、こうなったのだ。
心配しているように見えて、実はかなり冷淡な言動をしているシルフィア。
だが、ルーカスは気にすることなく言った。
「問題ありません。さっさと参拝を終わらせて、次へ行きましょう」
「次、ですか?」
不思議そうに亜麻色の髪を揺らすシルフィアに深紅の瞳が細くなる。
「王国が管理している書庫へ行こうかと。大量の本が置いてあります」
「大量の……どのような本があるのですか?」
「古今東西から集められたあらゆる本があり、禁書と呼ばれる本まであります。もしかしたら、師匠がお気に召す本があるかもしれません」
禁書というのは危険な毒や魔法が書かれた本なのだが、シルフィアがそういう方向に考えるはずもなく。
無表情のまま翡翠の瞳がキラキラと煌めき、声を弾ませた。
「(腐の)禁書!? それはぜひ、行きたいです!」
その喜びようにルーカスがどことなくホッとしながら細い腰を抱き寄せる。
「では、さっさと参拝を終わらせましょう。あと、あまり自分から離れないようにしてください」
最後の言葉は周囲に聞こえないようにシルフィアの耳元で囁いた。
その近さと警戒を含んだ声に普通なら何かを察するところだが、残念なことに神殿の壁を調べることに集中しているシルフィアには届かず。
「そうですね。参拝(と壁を調べること)を早めに終わらせて、次へ行きましょう」
こうして、またしても微妙なすれ違いのまま二人は神殿へと入っていった。
その日は朝から亜麻色の髪がルンルンと小躍りしていた。
表情は淡々としているが翡翠の瞳は爛々と輝き、足取りは今にも空を飛びそうなほど軽い。
「ここが、あの本の舞台……」
そう呟いて見上げたシルフィアの視線の先には荘厳な白亜の神殿が建っていた。
大きな広場と中央にある噴水。そして、その先にある白い石段の先。等間隔に並ぶ大木よりも太い円柱の柱が並び、その真ん中にはシルフィアの背丈の二倍の高さはあるかのような大きな両開きの扉がある。
前世では別の場所にある修道院で生活をして、魔法を学ぶために神殿へ通ったが、それは数年間のみ。しかも、出入りは裏口からだったため、人々が参拝する表側や、神官たちの居住区には立ち入ったことがない。
そして、現世では魔力測定の儀の時に一度訪れたのみ。
(前世の時は奥にある女性専用の居住地から出ることなく生活しておりましたし、神官の方々の姿を見ることがありませんでしたが……今日はしっかりと神官の方々が愛を育まれる様子をこの目に焼き付けつつ、神殿の壁を調べなければ!)
期待に心を弾ませるシルフィアの隣には、いつもより眉間のシワを深くしたルーカス。眉目秀麗な外見が不機嫌顔による威圧を増幅させ、参拝の人々が自然と離れていく。
(せっかく師匠と二人っきりの外出なのに、その先が神殿とは! とにかく、さっさと終わらせて別の場所へ……そうだ! このあと、本屋へ……いや、国の書庫へ誘おう! あそこは国の秘蔵書が多く保管してあるし、師匠の好みの本もあるはずだ!)
どれだけの秘蔵書があろうとシルフィアが求めている本はないのだが、そのことを知らないルーカスの頭は書庫へどうやって行くかで一杯になっていた。そもそも、秘蔵書が保管してある書庫には基本的に関係者以外は入館できないし、入るには面倒な手続きが必要になるのだが、お構いなしらしい。
二人がそれぞれ別の決意を固めていると神殿の扉が開き、中から数人の神官が出て来た。
全員が真っ白な法衣を着ているが、その中でも独特な雰囲気をまとった神官に視線が集まる。
緩く一つ三つ編みにした白銀の髪を背中に揺らしながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らしていく。切れ長の目に収まった灰色の瞳に、筋の通った鼻。柔らかな花弁のような唇が優雅に微笑む。
絵画から抜け出したような美麗な容姿に参拝に訪れた人が足を止めて、ほぅと息を漏らす。
羨望の眼差しを浴びながら灰色の瞳がルーカスを見て目を細めた。
「強大な魔力の気配を感じましたが……まさか、大魔導師が神殿に来られるとは。さあ、中へどうぞ」
穏やかな口調と、おっとりとした動作で神殿の中へ誘導される。
だが、ルーカスは足を動かさずにジロリと神官を睨んだ。
「誰だ?」
敵意丸出しで睨む深紅の瞳。
その気配だけで周囲にいる人々は顔を青くして後ずさるが、神官は涼しい顔でにっこりと受け止め、右手を胸にあてて軽く頭をさげた。
「これは、これは。名乗りが遅れまして、失礼いたしました。この度、神官長に就任いたしましたクレーメンス・アーベレです。お見知りおきを」
新任の神官長は三十代半ばという話だったが、年齢を感じさせない美しさと、洗練された動きに遠巻きに見ていた人々が再びほぅとため息を落とす。
ルーカスによってギスギスと荒んでいた空気が一掃され、爽やかな風が吹き抜けていく。
「滅多に姿を見せないが、やはり神官長だな」
「大魔導師が相手でも怯まないとは」
「あの微笑みを目にすることができるなんて、なんて素晴らしい日なんでしょう」
周囲からの賛辞を耳にしながら、思わぬ人物の早い登場にシルフィアの脳内では、ちびシルフィアたちが地上で花火が爆発したかのような騒ぎになっていた。
『まさかの神官長ご本人の登場ですわ!』
『想像以上の麗しいお姿!』
『他の神官方が放っておくわけありません!』
『まさしく本の通り……いえ、それ以上ですわ!』
キャーキャーと盛り上がる中、ちびシルフィアの一人がその場を制した。
『みなさま! 騒ぐのは、まだ早いですわ! 先にやるべきことをしなければ!』
その一声に残りのちびシルフィアたちがハッとした顔になる。
『そうですわ!』
『神殿の内部を……神官の方々の生活をこの目に!』
『そして、神殿の壁の観察を!』
『歓喜に浸るのは、その後ですわ!』
脳内のお祭り騒ぎを制したシルフィアは、そのことを表に出すことなく微笑みを作り、軽く膝を折りながら頭をさげた。
「神官長、自らの出迎えを感謝いたします。私の名は……んぐぅ?」
素早く黒い手袋に口を塞がれ、翡翠の瞳が隣へ動く。
そこには深紅の瞳を鋭くしたまま神官長を睨み続けている。
「どうしました?」
上手く発音できないが意味は伝わったらしくルーカスが神官長を睨んだまま言った。
「大魔導師の婚約者と言えばわかるでしょう。自ら名乗るまでもありません」
かなり無礼な態度だが、神官長は気にする様子なく、にっこりと微笑んだまま言葉を返した。
「名乗らなくても神殿は万人にその戸を開いております。どのような者であろうと受け入れますので、お入りください」
そう言って神官長が神殿の中へと足をむける。
その後ろ姿にウキウキと亜麻色の髪の毛先が小躍りしながら歩き出そうとして、口を塞がれたままなことに気が付いた。
「ルカ?」
振り返って顔をあげると、騎士団長と対峙した時とは、また違う緊張感をまとったまま警戒している。
少しの間の後、ルーカスがシルフィアの口から手を離した。
「……いえ、なんでもありません」
「調子が悪いのなら、ここで待っていますか? 私一人で神殿へ参りますから」
一緒に入らないという選択肢はない。
そもそも最初は一人で神殿へ行こうとしていたのだが、ルーカスがどうしても一緒に行く、と譲らないため、こうなったのだ。
心配しているように見えて、実はかなり冷淡な言動をしているシルフィア。
だが、ルーカスは気にすることなく言った。
「問題ありません。さっさと参拝を終わらせて、次へ行きましょう」
「次、ですか?」
不思議そうに亜麻色の髪を揺らすシルフィアに深紅の瞳が細くなる。
「王国が管理している書庫へ行こうかと。大量の本が置いてあります」
「大量の……どのような本があるのですか?」
「古今東西から集められたあらゆる本があり、禁書と呼ばれる本まであります。もしかしたら、師匠がお気に召す本があるかもしれません」
禁書というのは危険な毒や魔法が書かれた本なのだが、シルフィアがそういう方向に考えるはずもなく。
無表情のまま翡翠の瞳がキラキラと煌めき、声を弾ませた。
「(腐の)禁書!? それはぜひ、行きたいです!」
その喜びようにルーカスがどことなくホッとしながら細い腰を抱き寄せる。
「では、さっさと参拝を終わらせましょう。あと、あまり自分から離れないようにしてください」
最後の言葉は周囲に聞こえないようにシルフィアの耳元で囁いた。
その近さと警戒を含んだ声に普通なら何かを察するところだが、残念なことに神殿の壁を調べることに集中しているシルフィアには届かず。
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