完・続·前世で聖女だった私、今は魔力0の無能令嬢と判定されたので自由(腐)を謳歌します 〜壁になり殿方の愛を見守るため、偽装婚約を頑張ります

文字の大きさ
19 / 36

19 いざ神殿へ

しおりを挟む
 数日後。
 その日は朝から亜麻色の髪がルンルンと小躍りしていた。
 表情は淡々としているが翡翠の瞳は爛々と輝き、足取りは今にも空を飛びそうなほど軽い。

「ここが、あの本の舞台……」

 そう呟いて見上げたシルフィアの視線の先には荘厳な白亜の神殿が建っていた。
 大きな広場と中央にある噴水。そして、その先にある白い石段の先。等間隔に並ぶ大木よりも太い円柱の柱が並び、その真ん中にはシルフィアの背丈の二倍の高さはあるかのような大きな両開きの扉がある。

 前世では別の場所にある修道院で生活をして、魔法を学ぶために神殿へ通ったが、それは数年間のみ。しかも、出入りは裏口からだったため、人々が参拝する表側や、神官たちの居住区には立ち入ったことがない。

 そして、現世では魔力測定の儀の時に一度訪れたのみ。

(前世の時は奥にある女性専用の居住地から出ることなく生活しておりましたし、神官の方々の姿を見ることがありませんでしたが……今日はしっかりと神官の方々が愛を育まれる様子をこの目に焼き付けつつ、神殿の壁を調べなければ!)

 期待に心を弾ませるシルフィアの隣には、いつもより眉間のシワを深くしたルーカス。眉目秀麗な外見が不機嫌顔による威圧を増幅させ、参拝の人々が自然と離れていく。

(せっかく師匠と二人っきりの外出なのに、その先が神殿とは! とにかく、さっさと終わらせて別の場所へ……そうだ! このあと、本屋へ……いや、国の書庫へ誘おう! あそこは国の秘蔵書が多く保管してあるし、師匠の好みの本もあるはずだ!)

 どれだけの秘蔵書があろうとシルフィアが求めている本はないのだが、そのことを知らないルーカスの頭は書庫へどうやって行くかで一杯になっていた。そもそも、秘蔵書が保管してある書庫には基本的に関係者以外は入館できないし、入るには面倒な手続きが必要になるのだが、お構いなしらしい。

 二人がそれぞれ別の決意を固めていると神殿の扉が開き、中から数人の神官が出て来た。

 全員が真っ白な法衣を着ているが、その中でも独特な雰囲気をまとった神官に視線が集まる。

 緩く一つ三つ編みにした白銀の髪を背中に揺らしながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らしていく。切れ長の目に収まった灰色の瞳に、筋の通った鼻。柔らかな花弁のような唇が優雅に微笑む。
 絵画から抜け出したような美麗な容姿に参拝に訪れた人が足を止めて、ほぅと息を漏らす。

 羨望の眼差しを浴びながら灰色の瞳がルーカスを見て目を細めた。

「強大な魔力の気配を感じましたが……まさか、大魔導師が神殿に来られるとは。さあ、中へどうぞ」

 穏やかな口調と、おっとりとした動作で神殿の中へ誘導される。
 だが、ルーカスは足を動かさずにジロリと神官を睨んだ。

「誰だ?」

 敵意丸出しで睨む深紅の瞳。
 その気配だけで周囲にいる人々は顔を青くして後ずさるが、神官は涼しい顔でにっこりと受け止め、右手を胸にあてて軽く頭をさげた。

「これは、これは。名乗りが遅れまして、失礼いたしました。この度、神官長に就任いたしましたクレーメンス・アーベレです。お見知りおきを」

 新任の神官長は三十代半ばという話だったが、年齢を感じさせない美しさと、洗練された動きに遠巻きに見ていた人々が再びほぅとため息を落とす。
 ルーカスによってギスギスと荒んでいた空気が一掃され、爽やかな風が吹き抜けていく。

「滅多に姿を見せないが、やはり神官長だな」
「大魔導師が相手でも怯まないとは」
「あの微笑みを目にすることができるなんて、なんて素晴らしい日なんでしょう」

 周囲からの賛辞を耳にしながら、思わぬ人物の早い登場にシルフィアの脳内では、ちびシルフィアたちが地上で花火が爆発したかのような騒ぎになっていた。

『まさかの神官長ご本人の登場ですわ!』
『想像以上の麗しいお姿!』
『他の神官方が放っておくわけありません!』
『まさしく本の通り……いえ、それ以上ですわ!』

 キャーキャーと盛り上がる中、ちびシルフィアの一人がその場を制した。

『みなさま! 騒ぐのは、まだ早いですわ! 先にやるべきことをしなければ!』

 その一声に残りのちびシルフィアたちがハッとした顔になる。

『そうですわ!』
『神殿の内部を……神官の方々の生活をこの目に!』
『そして、神殿の壁の観察を!』
『歓喜に浸るのは、その後ですわ!』

 脳内のお祭り騒ぎを制したシルフィアは、そのことを表に出すことなく微笑みを作り、軽く膝を折りながら頭をさげた。

「神官長、自らの出迎えを感謝いたします。私の名は……んぐぅ?」

 素早く黒い手袋に口を塞がれ、翡翠の瞳が隣へ動く。
 そこには深紅の瞳を鋭くしたまま神官長を睨み続けている。

どうしましたほうひまひた?」

 上手く発音できないが意味は伝わったらしくルーカスが神官長を睨んだまま言った。

「大魔導師の婚約者と言えばわかるでしょう。自ら名乗るまでもありません」

 かなり無礼な態度だが、神官長は気にする様子なく、にっこりと微笑んだまま言葉を返した。

「名乗らなくても神殿は万人にその戸を開いております。どのような者であろうと受け入れますので、お入りください」

 そう言って神官長が神殿の中へと足をむける。
 その後ろ姿にウキウキと亜麻色の髪の毛先が小躍りしながら歩き出そうとして、口を塞がれたままなことに気が付いた。

ルカふか?」

 振り返って顔をあげると、騎士団長と対峙した時とは、また違う緊張感をまとったまま警戒している。
 少しの間の後、ルーカスがシルフィアの口から手を離した。

「……いえ、なんでもありません」
「調子が悪いのなら、ここで待っていますか? 私一人で神殿へ参りますから」

 一緒に入らないという選択肢はない。
 そもそも最初は一人で神殿へ行こうとしていたのだが、ルーカスがどうしても一緒に行く、と譲らないため、こうなったのだ。
 心配しているように見えて、実はかなり冷淡な言動をしているシルフィア。
 だが、ルーカスは気にすることなく言った。

「問題ありません。さっさと参拝を終わらせて、次へ行きましょう」
「次、ですか?」

 不思議そうに亜麻色の髪を揺らすシルフィアに深紅の瞳が細くなる。

「王国が管理している書庫へ行こうかと。大量の本が置いてあります」
「大量の……どのような本があるのですか?」
「古今東西から集められたあらゆる本があり、禁書と呼ばれる本まであります。もしかしたら、師匠がお気に召す本があるかもしれません」

 禁書というのは危険な毒や魔法が書かれた本なのだが、シルフィアがそういう方向に考えるはずもなく。
 無表情のまま翡翠の瞳がキラキラと煌めき、声を弾ませた。

「(腐の)禁書!? それはぜひ、行きたいです!」

 その喜びようにルーカスがどことなくホッとしながら細い腰を抱き寄せる。

「では、さっさと参拝を終わらせましょう。あと、あまり自分から離れないようにしてください」

 最後の言葉は周囲に聞こえないようにシルフィアの耳元で囁いた。
 その近さと警戒を含んだ声に普通なら何かを察するところだが、残念なことに神殿の壁を調べることに集中しているシルフィアには届かず。

「そうですね。参拝(と壁を調べること)を早めに終わらせて、次へ行きましょう」

 こうして、またしても微妙なすれ違いのまま二人は神殿へと入っていった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

無能と婚約破棄された公爵令嬢ですが、冷徹皇帝は有能より“無害”を選ぶそうです

鷹 綾
恋愛
「君は普通だ。……いや、普通以下だ」 王太子にそう言われ、婚約を破棄された公爵令嬢フォウ。 王国でも屈指の有能一族に生まれながら、彼女だけは“平凡”。 兄は天才、妹は可憐で才色兼備、両親も社交界の頂点―― そんな家の中で「普通」は“無能”と同義だった。 王太子が選んだのは、有能で華やかな妹。 だがその裏で、兄は教会を敵に回し、父は未亡人の名誉を踏みにじり、母は国家機密を売り、妹は不貞を重ね、そして王太子は――王を越えようとした。 越えた者から崩れていく。 やがて王太子は廃嫡、公爵家は解体。 ただ一人、何も奪わず、何も越えなかったフォウだけが切り離される。 そんな彼女に手を差し伸べたのは、隣国の若き冷徹皇帝。 「有能は制御が難しい。無害のほうが使える」 駒として選ばれたはずの“無能な令嬢”。 けれど―― 越えなかった彼女こそ、最後まで壊れなかった。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

処理中です...