【完結】黒猫になった甦りの魔女と子どもになった腹黒な元王子は不処カフェで宝石を待つ

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猫と美少年と……

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 館の屋根裏でヨミは硬直していた。本能的にぶわりと全身の毛が逆立つ。

(普通なら人は屋根裏に入ってこない。なら、この嫌な視線は……)

 ギギギと油が切れた滑車のような動きでヨミは首を動かした。

 暗闇の中に浮かぶ光。それも一つ、二つではない。星のごとく無数の小さな光。

「ニャッ!?」

 ヨミは叫びかけた口を黒い前足で塞いだ。よく見れば、しっかり周りを囲まれている。
 状況を把握したヨミの目が満月のように丸くなった。

「む、むりぃぃぃぃ!!!!!」

 半泣きの声とともに爆発が起きる。周囲にいたネズミは一斉に逃げ出し、ヨミは爆発で抜けた穴から下へと落ちた。

「な、なに!?」

 突然天井が崩れ、天板と木くずが降ってきた。婦人が慌てて廊下に飛び出し、代わりに騒ぎを聞きつけた筋肉ダルマが部屋に飛び込む。

「ゲホッ、ゴホッ。なんだ……?」

 室内を隠していた埃が消えていく。部屋の中心には、積み重なった木くずの上に目を回した黒猫が一匹。

 筋肉ダルマは穴があいた天井を見た。

「猫? 猫一匹で天井が落ちるか? 木が腐ってたのか?」

 首を傾げながら筋肉ダルマがヨミに手を伸ばす。ヨミは暴走した魔力の爆発で気絶しており動かない。

 ゴツい手が無造作にヨミの首根っこを掴もうとしたところで、何かが手を弾いた。

「な、なんだ!?」

 筋肉ダルマが慌ててかまえる。この部屋に入った時は誰もいなかったし、動くモノもなかった。

 警戒しながら顔を上げた筋肉ダルマは、目の前の光景にポカンと口を開けて呆けた。

 艷やかな黒髪の美少年。涼やかな青水晶の瞳は長い睫毛で縁取られ、美少女の見間違えるほど。形がよい鼻と果実のように瑞々しい唇。小さな顔に白磁のような滑らかな肌。
 まるで天空から舞い降りた天使のように中性的で清純な容姿。

 その美しさと驚きに圧され、筋肉ダルマが口ごもりながら叫んだ。

「おっ、おお、おまえ! どど、ど、どっから入りやがった!?」

 少年姿のロイが無言のまま丁寧にヨミを抱き上げる。

「どうしたの? なにかいるの?」

 扇子で口元を隠した婦人が室内を覗く。そこでロイの姿が目に入った。
 婦人は見惚れたように固まり、扇子が手からこぼれ落ちる。それから慌てて扇子を拾い上げ、ホホホと上品に笑った。

「まあ、まあ、どうしたの? ここは汚いから、こちらへいらっしゃい」

 さすがに筋肉ダルマが慌てて止める。

「ま、待ってくだせえ、姉御! 子どもとはいえ侵入者ですぜ! そんなヤツを……」
「黙りなさい」

 扇子で口元を隠した婦人は口角を上げ、筋肉ダルマに耳打ちした。

「メイドにとっておきの茶を持ってこさせなさい」
「とっておきって、アレっすか?」
「ええ。一番高級な茶をとっても濃くして」
「子どもに、ですか?」

 戸惑う筋肉ダルマを婦人が睨む。

「わかりやした」

 筋肉ダルマが転がるように部屋から出ていったところで、婦人はロイに再び微笑んだ。表面上は穏やかなマダムだが、目の奥は獲物を定めた猛禽類のように鋭い。

「ここは片付けないといけませんから。こちらのお部屋へどうぞ」

 通されたのは表通りに面した二階の応接室。
 広い部屋に豪華な装飾品。ローテーブルを囲むように置かれたソファー。柔らかな日差しがバルコニーのある大きな窓から入る。

「そこのソファーにお掛けになって」

 ロイは勧められるままソファーに腰を下ろした。足はギリギリ届くぐらい。少し揺れたが、腕の中で眠るヨミが起きる気配はない。

 にこやかに微笑む婦人がロイの正面に座る。

「今、お茶を持ってこさせているから。喉は乾いてない?」
「お気遣いなく」

 年齢の割には大人びた雰囲気と、眉一つ動かさず素っ気ない顔。だが、婦人はうっとりと表情を緩めた。

「可愛らしい声ね」
「別に」
「あら、男の子に可愛らしいは駄目だったかしら。とっても良い声って褒めたのよ」

 無表情のままロイは返事をしなかった。ロイの機嫌を損ねたと思ったのか、婦人が慌てて話題を変える。

「どうして、ここに来たの?」
「猫が迷い込んだから、引き取りに来た」

 婦人はロイが大事そうに抱えているヨミに視線を向けた。

「あなたの飼い猫?」
「……いや。飼ってはいない」

 予想外の返事に婦人が困る。

「あら。じゃあ、飼い主ではないのに、どうしてその猫を?」
「私の飼い主だから、かな」

 ロイは優しくヨミの頭に手を添えた。
 汚れを知らない美少年が膝にのせた猫を愛でる姿。まるで絵画を切り抜いたような光景。
 意識が昇天しかけていた婦人は反応が遅れた。

「ま、まあ、面白い冗談ね」

 婦人は笑うが白々しい空気が流れる。そこにノックの音が響いた。

「お茶をお持ちしました」
「遅いわよ。早く入りなさい」

 メイドがティーセットを載せたワゴンを押して部屋に入る。慣れた手付きでテーブルにカップを並べ、ポットの茶を注いだ。

「ありがとう」

 ロイに礼を言われ、メイドは初めて顔を上げた。普段なら軽く会釈をするのだが、メイドはそのまま固まってしまった。顔を真っ赤にしてロイを見つめる。
 動かなくなったメイドに婦人は怒りを抑えて声をかけた。

「客人に失礼ですよ。仕事が終わったら下がりなさい」
「し、失礼しました!」

 メイドが頭を下げて退室する。婦人はすまなそうな表情を作り謝罪した。

「ごめんなさいね、失礼なメイドで。さあ、お茶をどうぞ。遠くから取り寄せた、とても珍しいお茶なのよ」

 紅茶の琥珀色より少し濃いが、見た目は普通の茶。ロイは両手でカップを持ち上げ、匂いを嗅いだ。

「香りがない」
「それがこのお茶の特徴よ。香りがないのに、一口飲むと豊潤な風味が広がるの。そこが美味しいって言う人もいるわ」

 動かないロイに婦人がひと押しする。

「ほら、温かいうちに飲んで。冷める美味しくなくなるわ」

 ロイはゆっくりとカップに口をつけた。

 婦人はロイが茶を飲み込んだところまでしっかりと確認して声をかけた。

「どう? 美味しいでしょう?」

 甘ったるく縋るような声。婦人はソファーから立ち上がると、ロイの隣に腰掛けた。小さなロイの体が揺れる。

「さあ、もっと飲んで」

 勧められるままロイが茶を飲む。その様子に婦人から笑みがこぼれた。しっとりとロイの全身を舐めるように近くで見つめる。特にヨミで隠れている太モモから足先までを何度も。

 その視線を物ともせず、ロイは空になったカップを置いた。

「おかわりは、どう? それとも……」

 婦人がロイに体を寄せる。が、その前にロイはヨミを抱えたまま立ち上がり避けた。

「穴が空いた天井の修理代は、これで十分だろ」

 無表情のままロイがテーブルに銀貨数枚を置く。婦人は驚愕の顔でテーブルの銀貨とロイを交互に見た。

「え? あの、え……?」
「失礼する」
「あ、ちょっ、待って。茶のおかわりは? 欲しくない?」
「いらない」

 立ち去ろうとしているロイに婦人が慌てる。なんとか引き止めたく、話題を求めて周囲を探す。

「あ、あの……そ、そうだわ! 人形を見ない?」
「人形?」
「そう! 見ると幸せになれるという異国の人形があるの。毎日たくさんの人が、その人形を見に来るのよ」
「へぇ」

 ロイが興味を持ったことに婦人が畳みかける。

「普段はガラスケースに入れて展示しているけど、特別にこの部屋で人形を見せてあげるわ」
「特別?」
「そう、特別。あなたにだけ、よ」

 にっこりと婦人が微笑む。特別感を必死にアピールする婦人にロイが無表情のまま頷く。

「なら、見る」
「じゃあ、待ってて」

 婦人は急いで部屋から駆け出した。

「茶が効かないなんて。でも、あんな上玉の子を逃すなんて、ありえないわ」

 ドアの先で婦人が呟いた言葉はヨミの耳にだけ届いた。ロイが再びソファーに腰を下ろす。

「いつまで寝たフリですか?」

 その言葉に黒い耳がピクリと動いた。
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