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ロイ視点〜中編〜
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ロイは久しぶりに王城内を歩いた。体が小さくなったため、歩数が以前の倍は必要で疲れる。
「執務室を謁見の間の近くに移すか……」
効率よく職務をする方法を考えるロイの前に重厚な扉が現れる。扉を守る屈強な兵士が、ロイの姿を確認すると同時に敬礼をした。
ピリピリと空気が緊張する。しかし、ロイはいつもの憮然とした顔で扉を見上げた。
子どもになり背が低くなったせいか、扉がますます高くそびえ立つ。訪れる者を威圧する扉が重くゆっくりと開いた。
天井のステンドグラスから降り注ぐ光。一部の隙もなく装飾された壁。鏡のように磨き上げられた大理石の床。赤い絨毯が敷かれた細長い部屋の一番奥。数段高い所に佇む王座。
この国の顔として完璧に仕上げられた謁見の間。
ロイは堂々と踏み込んだ。雑談していた人々が一斉に静まり、小波のように人々が引く。
自然と現れた道を突き進み、ロイは当然のように王座に腰を下ろした。幼く場違いなはずなのに、威風堂々と見下ろす姿。それは急逝した王の代わりとは思えぬ、真の王の貫禄と風貌。
その光景に、集った人々からは感嘆と敬服のため息が漏れた。
(つまらないな。誰か邪魔をするかと思ったのに)
ロイは無表情のまま貴族たちを眺める。すると、視界の端で黒いモノが動いた。警備が厳重な謁見の間に黒猫が一匹。誰にも気づかれることなく走り去る。
(気配を消して忍び込んでいたのか!)
すぐにでも追いかけたい衝動をロイは必死に堪えた。ここは完璧に対応しなけばいけない場面。落ち度など作れない。
焦るロイの前に若い貴族が一人、進み出てきた。自身に満ち溢れ、勝ち気な顔でこちらを見上げる。
「王位継承、おめでとうございます。ロイロ王。七日後の戴冠式が待ち遠しいですね」
「ロイと呼べ。あと、おまえは誰だ?」
ロイロと呼んだ時点で王家と面識や接点がないことが露見した。少しでも関わりがあれば、ロイをロイロと呼ぶことが禁忌であることは知れている。
しかし、若い貴族は臆することなく優雅に頭を下げた。
「失礼いたしました、ロイ王。私は南東部にあるトマリャツ領を治めております、チラハ・トマリャツです。父の体調が優れないため、代理として参りました」
「あぁ、テラマの息子か」
ロイの脳裏に国内の地図が浮かぶ。
南東部といえば農業が盛んで穀倉地帯。有力貴族に名を連ねても良いほどの財力はあるが、独自の文化と派閥を持っており、先代の王が対応に苦慮していた。
「若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「そうだな。ところで、トマリャツ領はここ数年、気候が悪かったようだな?」
突然の話題にチラハがポカンと言葉を返す。
「いえ。そのようなことは、ございませんが……」
「そうか? ここ数年の作物の献上量が少ないように見えたが?」
チラハが得意気に答える。
「いえ、献上量は変わっておりません。毎年、決められた量の作物を献上しております」
「そうだな。量は変わっていない。では、ここ数年で新たに開墾した土地にできた作物は、どうなっている?」
「な、なんのことでしょう? 開墾など……」
「していない、と? では、私が見た光景は幻だったのかな? 川の一部を削り、用水路を作り、山中に立派な畑を作っていたが」
チラハの表情が笑顔のまま固まった。額からはダラダラと汗が流れる。
「あの治水は見事だった。設計者を王都に呼びたいと思ったが、あの時は旅の途中だったからな」
「し、至急、調べます」
「そうだな。領主が知らないところで開墾がされていたとなったら一大事だ」
「し、失礼いたします」
チラハが逃げ出すように謁見の間を飛び出す。ロイは小声で呟いた。
「トマリャツ領のカセンという三十代の男を探せ。腕の良い治水師だ。見つけたら護衛して、何者かが襲ったら保護という名目で王城に連れてこい」
「ハッ」
背後から気配が一つ消える。
貴族たちに気づかれることなく指示を終えたロイは優雅に微笑んだ。
「もう挨拶はなしか?」
眉目秀麗で眼福な子どもの笑顔なのに、魔王が死神の鎌を笑顔で振りかざしているような地獄絵図。
微妙な緊張が張り詰める中、王家に友好的な貴族が挨拶を始めた。形式的な賛辞の言葉をロイが素直に受け取る。
こうして挨拶がつつがなく流れ始めたところで、後ろめたいことがある貴族が挨拶に入った。すると、先程のチラハ同様に痛いところを突かれ、逃げるように退室する。
こうして裁判のような挨拶が終わった頃には夜も更けていた。
ロイが執務室に戻り一息ついたところで、ノックの音が響いた。返事をすると、ガーベラが紅茶を持ったメイドとともに現れた。
「お疲れ様でした」
ガーベラが労う横でメイドが紅茶と軽食を並べていく。
レモングラスの爽やかな香りと、焼き立てパンの芳ばしい匂いが鼻をくすぐる。新鮮な生野菜にローストハムもある。
「お披露目の謁見から容赦ありませんね」
「弁解の猶予を与えた。優しいほうだ」
「そうでしょうか? それにしても、よくあれだけのことを事前に調べていましたね」
「あれだけのこと?」
ロイがメイドを下げ、自分でパンに野菜とハムを挟む。
「いろいろと指摘していたでしょう? 例えば、トマリャツ領の農作物の献上量とか。他の領地でも銀の産出量や、税金について。皆、顔を青くしていました」
「あぁ、あの話か。あれらは適当だ」
「適当!?」
「旅の途中で見聞きしたことから推測して、そこを突いた」
呆れて額を押さえるガーベラを前に、ロイが手作りサンドイッチにかぶりつく。
「まったく……上手くいったから良かったものの、下手をしたら失策ですよ。あと密偵に指示を出していたでしょう? どのような指示を出したのです?」
「今回の指摘したことに関わっていた人の保護だ。口封じに殺されてはかなわんからな。あと、優秀な人材はこれを期に王家直属にしようと思う」
「ちゃっかり優秀な人材確保まで計画するなんて」
ガーベラがため息を吐く。
「今後のためだ。そもそも、そんなに心配なら自分でやったらどうだ?」
「自分で? 何をです?」
「内政だ。王になって自分で内政をすればいいだろ」
「女の王なんて前代未聞ですわ。そもそも女が内政に関わるなんて……」
ロイが平然と紅茶を飲む。
「知識がない場合は問題だが、姉上は勉強しているのだろ?」
「な、なんのことです?」
ガーベラが不自然に紺碧の瞳を逸らす。
「秘密裏に内政の勉強と国内の状況の把握をして、王を助けていただろ?」
「…………少しでも助けになれば、と思っただけです」
「だから、王が倒れて亡くなるまでの数日間、突然のことで荒れそうになった内政を落ち着かせることもできた」
「あれは……内政が乱れそうになったので、つい」
「つい、で出来るようなことではない。ところで、私が頼んでいたことは?」
話題が変わったことでガーベラがホッとしたように正面を向いた。
「大量の負の魔力を消費する魔法と、宝石探しですよね? ちゃんとしております」
「なにか進展は?」
「すぐにはありません。魔法の方は王都の書庫で探しているので、そのうち見つかるでしょう。それより、宝石の情報が少なすぎます」
「少ない?」
不思議そうに首を傾げるロイにガーベラの声が荒くなる。
「少ないです! オレンジ色の宝石が付いたブローチか、赤色の宝石の置物か、紫色の宝石が付いたブレスレットか、水色の宝石が付いた櫛を探せって。そのようなモノが、どれだけあると思っているのですか?」
「だから、ちゃんと特徴も伝えただろ。ブローチは期待、置物は怒り、ブレスレットは嫌悪、櫛は驚き。そんな感情が集まる場所にある、と」
ガーベラが怒りを誤魔化すように紅茶を飲む。
「それが、曖昧すぎるんです。そもそも感情が集まる場所って、なんですか?」
「そういう場所だ」
ロイが当然のように言い切る。
「せめて形や大きさを教えてください」
「知らん」
「では、その宝石を持ってきても、それが所望しているものか分からないのでは?」
ロイはハッとしたように食べる手を止めた。
「……そうなるな」
「いい加減にしてくださいまし!」
ガーベラの怒りが噴出した。
「執務室を謁見の間の近くに移すか……」
効率よく職務をする方法を考えるロイの前に重厚な扉が現れる。扉を守る屈強な兵士が、ロイの姿を確認すると同時に敬礼をした。
ピリピリと空気が緊張する。しかし、ロイはいつもの憮然とした顔で扉を見上げた。
子どもになり背が低くなったせいか、扉がますます高くそびえ立つ。訪れる者を威圧する扉が重くゆっくりと開いた。
天井のステンドグラスから降り注ぐ光。一部の隙もなく装飾された壁。鏡のように磨き上げられた大理石の床。赤い絨毯が敷かれた細長い部屋の一番奥。数段高い所に佇む王座。
この国の顔として完璧に仕上げられた謁見の間。
ロイは堂々と踏み込んだ。雑談していた人々が一斉に静まり、小波のように人々が引く。
自然と現れた道を突き進み、ロイは当然のように王座に腰を下ろした。幼く場違いなはずなのに、威風堂々と見下ろす姿。それは急逝した王の代わりとは思えぬ、真の王の貫禄と風貌。
その光景に、集った人々からは感嘆と敬服のため息が漏れた。
(つまらないな。誰か邪魔をするかと思ったのに)
ロイは無表情のまま貴族たちを眺める。すると、視界の端で黒いモノが動いた。警備が厳重な謁見の間に黒猫が一匹。誰にも気づかれることなく走り去る。
(気配を消して忍び込んでいたのか!)
すぐにでも追いかけたい衝動をロイは必死に堪えた。ここは完璧に対応しなけばいけない場面。落ち度など作れない。
焦るロイの前に若い貴族が一人、進み出てきた。自身に満ち溢れ、勝ち気な顔でこちらを見上げる。
「王位継承、おめでとうございます。ロイロ王。七日後の戴冠式が待ち遠しいですね」
「ロイと呼べ。あと、おまえは誰だ?」
ロイロと呼んだ時点で王家と面識や接点がないことが露見した。少しでも関わりがあれば、ロイをロイロと呼ぶことが禁忌であることは知れている。
しかし、若い貴族は臆することなく優雅に頭を下げた。
「失礼いたしました、ロイ王。私は南東部にあるトマリャツ領を治めております、チラハ・トマリャツです。父の体調が優れないため、代理として参りました」
「あぁ、テラマの息子か」
ロイの脳裏に国内の地図が浮かぶ。
南東部といえば農業が盛んで穀倉地帯。有力貴族に名を連ねても良いほどの財力はあるが、独自の文化と派閥を持っており、先代の王が対応に苦慮していた。
「若輩者ですが、よろしくお願いいたします」
「そうだな。ところで、トマリャツ領はここ数年、気候が悪かったようだな?」
突然の話題にチラハがポカンと言葉を返す。
「いえ。そのようなことは、ございませんが……」
「そうか? ここ数年の作物の献上量が少ないように見えたが?」
チラハが得意気に答える。
「いえ、献上量は変わっておりません。毎年、決められた量の作物を献上しております」
「そうだな。量は変わっていない。では、ここ数年で新たに開墾した土地にできた作物は、どうなっている?」
「な、なんのことでしょう? 開墾など……」
「していない、と? では、私が見た光景は幻だったのかな? 川の一部を削り、用水路を作り、山中に立派な畑を作っていたが」
チラハの表情が笑顔のまま固まった。額からはダラダラと汗が流れる。
「あの治水は見事だった。設計者を王都に呼びたいと思ったが、あの時は旅の途中だったからな」
「し、至急、調べます」
「そうだな。領主が知らないところで開墾がされていたとなったら一大事だ」
「し、失礼いたします」
チラハが逃げ出すように謁見の間を飛び出す。ロイは小声で呟いた。
「トマリャツ領のカセンという三十代の男を探せ。腕の良い治水師だ。見つけたら護衛して、何者かが襲ったら保護という名目で王城に連れてこい」
「ハッ」
背後から気配が一つ消える。
貴族たちに気づかれることなく指示を終えたロイは優雅に微笑んだ。
「もう挨拶はなしか?」
眉目秀麗で眼福な子どもの笑顔なのに、魔王が死神の鎌を笑顔で振りかざしているような地獄絵図。
微妙な緊張が張り詰める中、王家に友好的な貴族が挨拶を始めた。形式的な賛辞の言葉をロイが素直に受け取る。
こうして挨拶がつつがなく流れ始めたところで、後ろめたいことがある貴族が挨拶に入った。すると、先程のチラハ同様に痛いところを突かれ、逃げるように退室する。
こうして裁判のような挨拶が終わった頃には夜も更けていた。
ロイが執務室に戻り一息ついたところで、ノックの音が響いた。返事をすると、ガーベラが紅茶を持ったメイドとともに現れた。
「お疲れ様でした」
ガーベラが労う横でメイドが紅茶と軽食を並べていく。
レモングラスの爽やかな香りと、焼き立てパンの芳ばしい匂いが鼻をくすぐる。新鮮な生野菜にローストハムもある。
「お披露目の謁見から容赦ありませんね」
「弁解の猶予を与えた。優しいほうだ」
「そうでしょうか? それにしても、よくあれだけのことを事前に調べていましたね」
「あれだけのこと?」
ロイがメイドを下げ、自分でパンに野菜とハムを挟む。
「いろいろと指摘していたでしょう? 例えば、トマリャツ領の農作物の献上量とか。他の領地でも銀の産出量や、税金について。皆、顔を青くしていました」
「あぁ、あの話か。あれらは適当だ」
「適当!?」
「旅の途中で見聞きしたことから推測して、そこを突いた」
呆れて額を押さえるガーベラを前に、ロイが手作りサンドイッチにかぶりつく。
「まったく……上手くいったから良かったものの、下手をしたら失策ですよ。あと密偵に指示を出していたでしょう? どのような指示を出したのです?」
「今回の指摘したことに関わっていた人の保護だ。口封じに殺されてはかなわんからな。あと、優秀な人材はこれを期に王家直属にしようと思う」
「ちゃっかり優秀な人材確保まで計画するなんて」
ガーベラがため息を吐く。
「今後のためだ。そもそも、そんなに心配なら自分でやったらどうだ?」
「自分で? 何をです?」
「内政だ。王になって自分で内政をすればいいだろ」
「女の王なんて前代未聞ですわ。そもそも女が内政に関わるなんて……」
ロイが平然と紅茶を飲む。
「知識がない場合は問題だが、姉上は勉強しているのだろ?」
「な、なんのことです?」
ガーベラが不自然に紺碧の瞳を逸らす。
「秘密裏に内政の勉強と国内の状況の把握をして、王を助けていただろ?」
「…………少しでも助けになれば、と思っただけです」
「だから、王が倒れて亡くなるまでの数日間、突然のことで荒れそうになった内政を落ち着かせることもできた」
「あれは……内政が乱れそうになったので、つい」
「つい、で出来るようなことではない。ところで、私が頼んでいたことは?」
話題が変わったことでガーベラがホッとしたように正面を向いた。
「大量の負の魔力を消費する魔法と、宝石探しですよね? ちゃんとしております」
「なにか進展は?」
「すぐにはありません。魔法の方は王都の書庫で探しているので、そのうち見つかるでしょう。それより、宝石の情報が少なすぎます」
「少ない?」
不思議そうに首を傾げるロイにガーベラの声が荒くなる。
「少ないです! オレンジ色の宝石が付いたブローチか、赤色の宝石の置物か、紫色の宝石が付いたブレスレットか、水色の宝石が付いた櫛を探せって。そのようなモノが、どれだけあると思っているのですか?」
「だから、ちゃんと特徴も伝えただろ。ブローチは期待、置物は怒り、ブレスレットは嫌悪、櫛は驚き。そんな感情が集まる場所にある、と」
ガーベラが怒りを誤魔化すように紅茶を飲む。
「それが、曖昧すぎるんです。そもそも感情が集まる場所って、なんですか?」
「そういう場所だ」
ロイが当然のように言い切る。
「せめて形や大きさを教えてください」
「知らん」
「では、その宝石を持ってきても、それが所望しているものか分からないのでは?」
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